咲く花、縁結び
さこここ
咲は可愛い
カリカリ、ぺらぺら。
静寂の中に本をめくる音と、シャーペンで文字を書く音しか聞こえてこない。少し前まで蝉の大合唱が聞こえていたのに、こうまで急に静かになると何だか物足りない気もする。
私こと涼森花は今、マンションの一室でお勉強会をしている。お勉強会、というからにはもちろん私以外にも参加者がいる。この部屋の持ち主だ。
参加者は高校2年生へと進級した私、花の可愛い後輩。
艶のある黒髪が美しい、日焼けを知らないような白い肌を持つ後輩、名前は咲。
ついさっき、下校中に告白されて私がOKして付き合う事になった彼女。それが私の隣で一緒に勉強している咲。
「咲の頬っぺたってなんでこんなにスベスベなの?」
つん、と咲の頬っぺたを指先で軽く押すと指先はぷにっとした柔らかい感触を覚える。
ぷに。
ぷに、ぷに。
「ちょ、くすぐったいですよ!」
彼女の忍耐の限界に達したのか、不意に指を掴まれた。
咲の頬っぺたの感触が良すぎたせいで危うく飽きるまで人差し指でぷにぷにし続けただろう。危なかった。
そのまま指を掴まれたままなので何かあるのだろうかと顔をあげると、至近距離から真っ黒で今にも吸い込まれてしまいそうな綺麗な瞳が私をのぞき込んでいた。
「先輩?」
「咲のいい匂いを堪能していた。」
ぺちっ、とおでこに軽い衝撃。どうやらでこぴんをくらったみたい。
さすがの私も咲の瞳が綺麗で見惚れてました、なんて歯が浮くキザなセリフを言えるようなお口は持ち合わせていない。咲は香水をつけていないはずなのに何故か良い匂いがする。
「すぅーーー……イタッ」
「もうっ、暑いんですから急に抱き着いてこないでください」
私も暑い。9月も中頃に差し掛かったとはいえ、じっとりとした暑さが私達のやる気を奪い去ってゆく。私がソファの横からもたれかかるように咲に抱き着いたからか、咲はため息をつくと勉強の手を完全に止め、私と一緒にソファに倒れ込む。
咲の首筋に顔をうずめるように身体の位置を調整すると、ソファに咲の黒髪と私の少し色素の薄い髪が広がって、混ざる。そうして咲が呼吸をするたび胸が少し圧迫される。咲はどんな表情をしているんだろう。気になる。でも今はいいや。咲の全部を感じるために、私は瞼を閉じる。
どれくらいの時間が経っただろうか。寝ていたような、そうでないような私の意識は、この暑苦しい状況に清涼感をもたらしてくれる咲の声によって覚醒した。
「暑いです先輩」
「んーーーーー、私も」
暑い暑い、お互いにそういいつつお互いを離さないところに愛を感じてしまう。エアコンはもちろん動いているけど体温の高い女の子どうしがくっつくと全く意味をなさない。
そういえば――――。
「そういえばさぁ」
「はい?」
咲の不思議そうな声が私の疑問を加速させる。そうだ、これを聞いてなかった。
「そういえば、なんで私と付き合おうって思ったの?」
「それってこの状況で聞くことですか?」
咲の告白をOKして、そのままの流れで私のマンションに連れ込んで咲の希望で突発的なお勉強会を開催した。そうして今の今に至るまで私は、「何で好きになったの?」とか「何で付き合おうと思ったの?」とかのお決まりの質問はしてこなかった。
「…………っ」
私が息を吸い込むと、咲の胸が圧迫されて多分息苦しいんだろうな、と思いつつ咲が理由を口にするまで咲の背中に回した手にギュッと力を入れることにした。
「んぅっ……」
少しくぐもった声が聞こえた。
吸って、吐いて。ただ私が呼吸をしているだけで咲の息は自然と荒くなっていくから、なんだか悪い事をしている気分。
そうして少し時間が経過しただろうか。咲の脳に回る酸素が薄くなったのか彼女はぼー、っとしたような表情で実は、と話を始めてくれた。
「最初は興味本位だったのだと思います。先輩は覚えていないかもしれませんが、入学式の日私が道に迷っていたところを先輩に案内してもらった事があるんです。」
(そんな事あったっけ?)
私が疑問に思っていると、咲は「先輩は覚えていらっしゃらないとは思っていましたが」とため息交じりに言う。うーん、思い出せない。
「私の両親はいわゆるお金持ちです」
「嫌味かコラ」
「事実ですよ先輩」
はて、身代金要求とかした方が良いのだろうか。
「これまで両親が決めた相手と付き合い両親が認めた相手と仲良くしていた、いわゆる箱入り娘だった私にとって自由とはすなわち憧れ、でした。」
話をしているうちに脳に酸素が行きわたるようになったのか、不意に私の背中に咲の手が回され、力いっぱい抱きしめられた。
「ぐえっ……」
「私は貴女のような自由な存在にたぶらかされてしまった、という事です」
艶やか。今の彼女の声色はどこか大人の色香が混じっていてとんでもない魅力を感じてしまった。仮に私が男だったら今すぐベッドに押し倒してしまっていたに違いない。
今まで周りに流されてばかりいた私は趣味と言えるものがほぼない。あるとしたら釣りくらいだったけど、気がついたら何だかよく分からないとんでもない大物を釣り上げてしまった気分だ。
彼女が言うには初めて自由を教えてくれた人が私で、そんな自由に憧れたんだとか。何よりも自由を愛する咲だからこそ、私を観察するために近付いて来たんだとか。
「いや、それでいきなり告白ってどうなのよ」
「いいじゃありませんか、女の子同士でも恋愛は自由、なんですよ?」
いかん、咲ってば見た目より力が強い。今も徐々に私の肋骨が咲の細い腕によって締め付けられている。身体に力が入らなくなるほど私がぐったりした時、咲が身体の上下を入れ替え、私の上に覆いかぶさるようにしてきた。
顔が近い。
咲の瞳に吸い込まれてしまったかのように私の視線は固定されてしまった。
そうして2人の距離が縮まり――
「だから、これからもよろしくお願いしますね」
「んんっ!?」
――2人の距離は0になった。
最初は触れるだけのキスだった。
私も酸素が足りなくて少し意識がぼーっとしてきていたところにキスをされた鱚……それは魚か。
互いが互いを求めあっていく。
処理が追い付かない。脳が足りない酸素を使ってフル回転している。そっか、私って人生初めてのキスしちゃったのか。
「ぷはっ。先輩、これからも私と付き合ってくれますか?」
お互いの唾液が口から垂れているのもお構いなく咲は少し危険な香りを孕む笑顔で私に尋ねてくる。恐らく私がここで断っても彼女はにこやかに送り出してくれるだろう。そうして次の日、学校で顔を合わせてもただの先輩後輩の関係に戻っているに違いない。
(私以外の人ともこうしてキス、するのかな……)
私と別れて少し経ったある日、咲が知らない人に笑顔を向けているところを想像した。胸の奥がなんだかざわついた。なんだかちょっと嫌だ、と思った。
だけど、それは少しだけ退屈だと思っている自分が居た。咲の知らない顔を見てみたいと思っている自分が居た。咲と色んな体験をしてみたいと思っている自分が居た。
(ああ、そっか。私は咲の事がとっくに好きになっていたんだ。)
自分の思いを自覚した。
衝撃だった。
「う、うん。よろしく……」
顔が熱くなっていく。今の私の顔を咲に見られたくない。顔を横に背けようとすると、咲の手が私の顎に伸びて来て、クイと咲の顔が良く見えるよう元の位置に戻された。
「ふふっ、先輩の顔赤くなってますよ?」
「うるさい」
私は今まで何にも縛られず生きていたのに、いつの間にか彼女に捕まってしまったみたいだ。
だけど、魅力的な彼女の言葉に頷いてしまった私は悪くない。そう思う。
だって私達は自由なのだから。
咲く花、縁結び さこここ @sakokoko
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