第4話 だれ?①

 最近では、働く女性の間でなら短い髪の人もいることは知ってたし、見たこともある。

 でも令嬢と呼ばれる女性で首筋が見えるほど髪を短くするのは、年配の方や生まれつき髪が薄い方がかつらをかぶる為だ。――それが私にとっての認識だったわけなんだけど……。


「お姉様、目を開けてもいいわよ」


 セビーに茶目っ気たっぷりに許可され、恐々こわごわと目を開けてみる。目をつむったまま手を引かれて歩くのが少し怖かったものの、連れていかれたのは広間の大きな鏡の前だった。


「えっ?」


 思わず首をかしげると、鏡の中の女の子も首をかしげる。

 正直な話、これ誰? って感じ。


「ロキシー、かわいい!」


 ニーナが手を叩きながら嬉しそうに褒めてくれるけど、え? これ私なの?


「さすがセビーよねぇ、タチアナ様。すごいすごい! おとぎ話の魔法使いみたい」


 驚く程髪を切られたから変わったんだろうなくらいの気持ちではいたけれど、これは予想外だ。だって、ニーナの提案でノリノリになったお母様が口紅を引いてくれただけ。服だって変わってない。

 なのに大きな鏡にうつる自分の姿は、まるで別人だったんだもの。


 コンプレックスだった大きな鼻は目立たないし、セビーがコテでセットしてくれた前髪のおかげか、ありきたりな茶色の目がとても柔らかな雰囲気になってる。厚いだけの唇だと思っていたそれは、今はとても魅力的チャームポイントに見えた。


 さらにはしゃぎまくっている継母たちに言われるまま着替えまですると、古典的クラシカルなのがむしろしゃれている赤い服に身を包んだ、とても洗練された女性になっていた。

 他人事みたいだって?

 だって、とても自分だとは信じられないのよ。本当に魔法にかけられたみたい!


「私に赤い服なんて、絶対似合わないと思ってた……」


 ぽつりと呟くと、継母が驚いたように目を丸くする。


「まあ、ロクサーヌってば。あなたはアンヌマリー様にそっくりなのよ。彼女の服が似合わないはずないわ!」

「え、これお母様の、ですか?」

 実の母のものが残ってたということ?


「そうよ。彼女のものは何一つ処分させなかったもの」


 なぜ? と不思議に思う私に、継母はいたずらっぽく笑った。


 なんと彼女は、私の実の母の「ファン」なのだそうだ。


「前の奥様のことは肖像画でしか知らないけれど、私と正反対のアンヌマリー様は、アクセサリーも服も、本の趣味だって本当に素敵でね。私が旦那様に一目ぼれしたのは事実だけど、共通の趣味がアンヌマリー様の話だったのよ。全然話が尽きなかったわ」


 そ、それもどうなのかしら。幸せそうだったからいいんだろうけど、意外な夫婦のきずなを垣間見た気がするわ。実は継母が一目ぼれしたのって、お父様よりもアンヌマリー母様の方だったってオチではないわよね?


「ロクサーヌはアンヌマリー様そっくりだったから、大きくなるのが本当に楽しみだったのよ。今なんてほんと、生き写しだもの。旦那様に見せたかったわ」

「生みのお母様も大きかったんですね」


 お母様の服は胸元が余るのが気になるものの、袖も裾も誂えたみたいにぴったりだ。むしろお母様のほうが背が高かったかも?


「そうそう。肖像画では調整してあったけど、本当は旦那様と肩を並べられたらしいわ。かっこよかったでしょうねぇ。あなたのお兄様に気を使って表では話さないようにしてたから、こうして話せるのが嬉しいわ」


 ああ。私にとってはタチアナ母様は実母同然だけど、お兄様にとっては違ったものね。色々気遣ってくれてたんだ……。


 こんな風に服の状態がいいのも、私が成人した時のために手入れをしてきたのしたと自慢げに話す継母に、私は自然と笑顔がこぼれた。本当に嬉しい。


 一緒にクローゼットを見ていたニーナもニコニコしながらずっと褒めてくれるから、根が単純な私はどんどん気分が上がっていくのを感じる。


「ロキシー、本当に素敵。ほら見て、このドレスなんかも絶対似合うわ。タイトなデザインなのに裾が凝ってる。これを着たらきっと赤いバラの精霊みたいにみえるわね。卒業記念の舞踏会用に少しお直しするといいんじゃないかしら」

「そうね」


 パートナー不在だし参加もしたくなかったけど、それはセビーに頼めばいいかも。


 でもセビーに髪を切ってくれたお礼を言って、パートナーの話をしようとしていた私は、上機嫌なニーナの次の言葉に思わず固まった。


「明日のお仕事もきっとばっちりね! こんな素敵な女性に観光案内してもらえるなんて、幸運なお客様だわ」


(なんてことなの。すっかり忘れてた!)

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