第38話 勝利


 ランク4の風の幻魔石をもらった時に、命令を大量に書き込んだ紙で包んで何度も付与を行った結果つい昨日、付与が成功してできた新作祝石ルーナ

 まだ試したことがないので効果のほどはわからないけれど、体の中に入り込んだアレルゲンそのものを風のバリアで包み排出へ誘導するよう効果を付与した。

 体がスーッと楽になる。

 一緒に包んだモデラデという香辛料の原材料のハーブが、抗アレルゲン物質だとわかって包んでみたけれどそれも正解だったみたい。

 これなら食物アレルギーにも効果が期待できそう。

 って、考えている場合ではないわ!

 

「ニグム様! 私は大丈夫です! ですから、勝ってくださいませね!?」

 

 私の様子を心配してくれるのはとても嬉しいけれど、それであなたが負けて私が喜ぶわけがない。

 そう叫んだ瞬間、ニグム様の口元が弧を描く。

 この距離なのに、はっきりそう見えた。

 剣の柄でムーダ様の手首をたたき上げ、剣を手放させる。

 回転しながら落ちてきたムーダ様の件の柄を左手でキャッチし、バランスを崩して座り込んだムーダ様に剣先を突きつけた。

 私が声をかけてから、ほんの二秒ほどの出来事。

 そして、決着。

 あまりにもあっさりと勝利した姿に私もスティールもララバ妃も口をあんぐり開けてしまう。

 闘技場自体が水を打ったように静まり返り、審判がハッと我に返って「勝者、ニグム殿下!」と宣言する。

 その宣言に、観客が割れんばかりの歓声と称賛の声を捧げ、国王陛下も「王太子の座はニグムに決まった!」と宣誓した。

 安堵しつつ、振り返る。

 

「クッ、こ、のぉぉお! フン! 失礼するわ!」

「きゃ!」

 

 ラフィーフの肩にわざとぶつかって百様の観覧席から出て行くララバ妃。

 ああ、やっぱり私を花粉で揺さぶって、ニグム様に隙を作るのが目的だったのね。

 驚いていると、ムジュタヒド様と国王陛下の斜め後ろに座っていた側室の女性が入れ替わって入ってきた。

 

「ラフィーフ! 大丈夫ですか!?」

「は、はい、お母様。私はなにもされておりません。ですがフィエラシーラ姫様が……」

「私は大丈夫ですけれど……え? お母様……?」

「あ、はい。私の母、メジューリュです」

「初めまして、第三妃メジューリュと申します。ムジュタヒドとラフィーフの母ですわ」

「ふぁ……!?」

 

 ムジュタヒド様のお母様なのかなア、と思っていたら、ラフィーフのお母様でもあると?

 え? 待って? それじゃあラフィーフはムジュタヒド様とご兄妹ということ?

 ん? 第二王子のムジュタヒド様と兄妹ということは――

 

「「ラフィーフは姫だったのですか!?」」

 

 私とスティールの声が被る。

 それに対してラフィーフは、慌てながら「そうですが、王女は母の実家に預けて育てられるので、使用人と変わらないので」と言い訳してきた。

 な、なるほど?

 そういえばニグム様も「異母妹がいる」とおっしゃっていた。

 それがラフィーフだったのか。

 いや! 説明しておいてほしい!

 

「あ、ではニグム様が言っていた、バナナにアレルギーがある異母妹というのも……」

「は、はい! 私です!」

 

 ラフィーフも食べられない果物があると言っていたものね。

 そ、そういうことかー!

 今ここで繋がるとはー!

 

「確か、この国の成人の儀の時にバナナを食べなければいけないのに、バナナアレルギーが出てどうしよう、という話をお聞きしました」

「はい、そうなのです。アレルギーで死ぬこともあると聞いているのですが、もう来月には成人の儀で――」

 

 そう言って涙を滲ませ肩を震わせるラフィーフ。

 もう時間がない。

 成人の儀の時に、死ぬかもしれない恐怖。

 ああ、ものすごく気持ちがわかる。

 アレルギーに怯える姿が、自分と重なった。

 

「ラフィーフ、もう少し研究は必要だけれど……風の幻魔石による抗アレルギー効果付与の祝石ルーナが実用性のあるものだとわかったわ。今から作って付与が間に合うかわからないけれど、やるだけやってみましょう。その祝石ルーナを身に着けて食べたらきっと大丈夫」

「ほ、本当ですか!?」

「ええ、今の私のように複数の祝石ルーナを使えば、一日くらい大丈夫のはずよ。……若干使用実験に協力してもらう形になるかもしれないけれど」

「は、はい! バナナが食べられるのでしたら、なんでもいたします!」

 

 私の手を握り、泣きそうな表情で嬉しそうに「ありがとうございます。ありがとうございます……」とお礼を言ってくるラフィーフ。

 まだ完全に喜ぶには早い気もするけれど……。

 

「フィエラシーラ姫様、ラフィーフがバナナを食べられるのですか!?」

「まさか、本当に!?」

「え? ええ。さきほどララバ妃がブタクサの花冠を身に着けておられましたが、今はいくつかの祝石ルーナで抑え込めております。ラフィーフ王女の症状も恐らくできるのではないかと思いますので……」

「ああ……なんという奇跡! 素晴らしい! さすがはフラーシュ様の加護を与えられし我が国繁栄を齎すお方……!」

「信じられない、こんな奇跡があるなんて……! ああ、ラフィーフ、ラフィーフ……! こんな体に産んでしまった母を許して……黄金の果実を食べられない、可哀想な子として産んでしまって……。でも、そうなのね、ちゃんとあなたはおとなになれるのね……!」

「ううう、は、はい! はい、お母様……! 私、大人になれるんですね……お母様……!」

 

 涙を流して抱き合う母娘、そしてお二人を抱き締めるムジュタヒド様。

 駆け込んできたニグム様が「フィエラ、勝利を君に……は? どうした?」ときょとん顔になるのも無理のない状況。

 

「君の体調は大丈夫なのか?」

「はい、祝石ルーナで完全防備になりました」

「……ちゃんと俺が勝ったところは――」

「もちろん見ておりました。すごく、かっこよかったです」

「なら、いい」

 

 そう言いながらも、プイ、と顔を背けるニグム様。

 フラーシュ様が私の耳元で『あとで甘やかしてやらなな?』とおっしゃるので「そうですね」と返しておいた。


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