第37話 攻撃


 王妃様がちらちら私たちの席の方と頻繁に見てくるのもなんだか可愛い。

 立場がどのような状況下はわからないけれど、間もなくたっぷりと太った女性が陛下の隣にドスン、と座る。

 その横からもう一人、奇麗な女性が入って陛下の後ろの席に座った。

 つまり、今国王陛下の両隣には大層うふくよかな女性と王妃様が固め、もう一人がその斜め横の席に座っている状況。

 なんとなく見た限り、ニグム様のお母様とムジュタヒド様のお母様、ムーダ様のお母様、かしら?

 自信満々な感じのふくよかな女性が私の方を見て睨みつけるので、彼女がムーダ様のお母様なのかなぁ、とぼんやり思っていると、審判が「ニグムで殿下、ムーダ殿下の入場です!」と叫ぶ。

 入場口から入ってきた両殿下を見下ろす。

 颯爽と入ってきたニグム様と、歩幅と体の重さからかゆっくりと入ってくる小柄でふくよかな王子。

 一目であのふくよかな女性と親子とわかる。

 うん、やはりあのふくよかな女性がムーダ様のお母様みたい。

 ニグム様は私を見上げると目許を緩め、父王の方を見ると厳しい表情。

 目の前のムーダ様など眼中になさそう。

 

「この決闘はムーダよりニグムへ申し込まれた、次の王位を定めるものである! 決闘の内容は我が国の守護獣、フラーシュ様へ捧げられる! 正々堂々、剣の実力を示し国を守る力を証明するのだ!」

 

 国王陛下がそう宣言して、二人の王子が真ん中の方に移動していく。

 ああ、ドキドキしてきた。

 確かに見た感じニグム様の方が優勢らしいのはわかるのだけれどでも……。

 

「あ、あの、フィエラシーラ姫様」

「え? なあに? ラフィーフ」

「ムーダ様のお母様、ララバ様よりお花の贈り物をお預かりしたのですが……」

「まあ、お花?」

 

 お花かぁ。

 お花自体は好きなんだけれど、花粉症持ちの私は迂闊にお花にも近づけないんだけれど……でもまあ、今は水の祝石ルーナがあるから、花粉からは守るからな。

 それでも一応、なにがあるかはわからない。

 コキアに視線で合図する。

 

「お預かりいたします。どちらに置いてあるのですか?」

「あ、こちらに――」

「お邪魔いたしますわ」

「ララバ様!?」

「えっ」

 

 コキアとハゼラン、スティールの護衛騎士もギョッとする。

 ラフィーフの肩を押して、無理やり入ってきたのは先ほどまで隣の観覧席にいたふくよかな女性が入ってきた。

 入ってきた瞬間、あまりの匂いに眩暈がする。

 

「あ……!?」

「姉様!?」

 

 まずい、なにか――涙や鼻水が出てきた。

 驚いて祝石ルーナを確認すると、光を失い元の歪んだ形の水の幻魔石に戻っている。

 これは……ララバ妃が身に着けている生花の花粉だ。

 っていうか、なに、あれ!?

 ブタクサの花じゃないのおおおお!?

 なんで王妃様が野草花を花の首飾りにして身に着けているの!?

 

「ひ、う、は、はッ……はっくしょん! はくしょん! はくしょ! くっしょ……はああくしょん!」

「姉様!? どうしたのですか!? 大丈夫ですか!?」

「ニグム殿下の婚約者様はフラーシュ様のご加護をいただいておられるとお聞きしましたので、ご挨拶をと思いましたの。ですが、なんだか体調が悪そうですわねぇ? いったいどうなさったの?」

「ッッッ……!」

 

 首を傾げ、心配そうな声色で近づいてくる。

 でも、目が非常に楽しそう。

 それも間もなく涙で見えなくなる。

 ハゼランがすぐにタオルを持って来て、私に渡してくれた。

 祝石ルーナの効力が完全に切れて、花粉が体の中に入って大暴れする感覚に立っていられなくなる。

 

「す、すてぃー、る、ごめ、なさ……ららばひへの、たいおうもねがいひま……」

「はい、大丈夫です。お任せください。……ララバ妃、こちらでお話させていただいても?」

「あら、なぜ? わたくしはフラーシュ様のご加護を与えられたフィエラシーラ姫様とお近づきになりたいのですわ」

 

 そう言って、一歩、近づいてくる。

 スティールが私を庇うように立つので、護衛騎士もスティールとララバ妃の前に立つ。

 タオルで顔を覆い、コキアがすぐに予備の祝石ルーナを持ってきてくれる。

 けれど、もう花粉は体に入ってしまっているんだよねぇぇぇ!

 

『フィエラシーラ姫! どないしたんや!? 大丈夫かいな!?』

「ッ! フラーシュ様……二、ニグム様、は……」

 

 目の前に飛んできたフラーシュ様。

 涙で見えづらい中、闘技場の中央部には剣の折れたニグム様をがむしゃらな剣技で追い詰めるムーダ様の姿。

 私が席を立っている間になにが起きて――まさか!?

 

「わ、わたしのせい……」

『姫さんのせいっちゅーか、姫さんの様子がおかしくて見てたらニグムの剣が一撃受け止めたら折れたっちゅーか……ここまでわかりやすく小汚い手ぇ使われるとは思わなかったっちゅーかぁ! こんな汚い決闘、わいは認めへんで! 姫さん、国王に決闘の中止、やり直しを要求するんや! わいの要求やで!』

「わ、わかりました……」

 

 この場でフラーシュ様の言葉を伝えることができるのは私だけ。

 一気に体調まで悪くなってきているけれど、このままではニグム様が危険。

 やるしかない。

 椅子から立ち上がり、胸のポケットから風の祝石ルーナを取り出す。

 まだ試したことがないけれど、これで――!

 

「新たなる祝石ルーナよ。私の中のアレルゲンを包み込み、沈静化して!」


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