第12話 休学明け(1)


 ハーヴィエル月――前世の六月くらいが気候も夏に向け緩やかに温かさを増していく。

 前世の日本と違って湿度も高いわけでもなく梅雨があるわけでもない。

 台風も来ないし、中央部の強みよね。

 復学してからは平和な日々。

 まあ、元々私は留学生の中でも地味で目立たないタイプだし。

 

「あら?」

 

 でも気持ち制服を着用している女生徒が増えた気がする。

 と、思ったらユーフィアの周りに集まっているので、サービール王国の貴族令嬢がユーフィアに取り入るために制服を着るようになったのか。


「きゃ!?」


 ぼーっと歩いて席に向かおうとしたら、途中にいた女生徒に足をかけられた。

 一瞬気のせいかと思ったけれど、ばっちり見てしまったし目が合ったのよね。

 ガターンやらドシーンやら私が机にぶつかって床に倒れた音が教室に響く。

 注目が集まると、笑みを浮かべていた女生徒が驚いた表情をしてしゃがみ込んできた。

 

「大丈夫ですか!? フィエラシーラ姫!机の脚に、躓いてしまわれましたの!?」

「え……ええ……」

「長期間お休みでしたもの、まだお体が本調子ではないのでしょう。お気をつけくださいませ」

「……あ、ありがとうございます……」

 

 悪びれもなくそうおっしゃる、その胆力たるや。

 小国とはいえ、私一国の王女なんだけれど?

 

「フィエラ、大丈夫!? 怪我は!?」

「ええ、大丈夫です。多分、机の脚に躓いてしまったのね」

「本当に?」

 

 ユーフィアはギロリ、と私を転ばせた女生徒を睨みつける。

 あれ、この反応……この女生徒が私を転ばせる理由があるということなのかしら?

 サービール王国の王女であるユーフィアに睨まれた女生徒は、一瞬で縮みあがった。

 自国の王女……『救国の聖女』とまで呼ばれるユーフィアに睨まれたらそうなるよね。

 

「本当に大丈夫ですよ。ずっと自宅で研究ばかりやっていたから、少し体が訛っていたんだと思いますわ。最近ずっと微熱もあったし、涙で前がぼやけていたし。寝込んでいたあとだから目算を誤ったのよ」

「そう?本当に?無理しなくていいのですのよ?今日は帰ります?」

「いえ……医務室に行ってきますわ。膝を少し擦りむいてしまいましたから」

「わたくしが一緒に行きますわ」

「大丈夫です。ユーフィアはちゃんと授業を受けてくださいませ」

 

 とユーフィアに軽い断りを入れて、立ち上がる。

 けれど、ユーフィアは「いいえ、一緒に行きます」と私の腕を持ち、ぐいぐい引っ張って教室を出た。

 取り巻きの貴族令嬢たちもついて来ようとしたけれど、ユーフィアがにっこりと微笑んで「皆様は授業をちゃんと受けてくださいませね」とぶっとい釘を刺す。


「絶対に足をかけられましたわね?」

「ええ、まあ。でも、なんで攻撃されたのかしら?」

「はあ……。今までも結構嫌味を言われていたでしょう?」

「そうだったかしら?」

 

 のんきなんだから、と溜息を吐くユーフィア。

 全然興味なくって……え?私嫌味言われてた?

 思い返しても「どれだ?」と本気でわからない。

 

「わたくしと仲がいいだけでなく、大国フラーシュの王太子、ニグム様に求婚されている話が広まったんですわ」

「ええ……!? なんで!?」

「そりゃあ、二ヵ月も休学しているのにニグム様が毎日せっせと手紙を書いていたんですもの。あなたが休んでいる間、留学生との交流会が頻繁に行われていましたのよ。フラーシュ王国の王族はハーレムで何人もの妻を娶りますから、教養不足の玉の輿狙いが集中しているのですわ。ああいう者たちにとってはハーレム妻は時々夫の相手をする以外、贅沢してのんびりできる帰省先なのです」

 

 ああ、なるほど。

 でも、そういうのって人権のほとんど認められていない南部の貴族令嬢のための救済処置でもある。

 他国の貴族令嬢がハーレム妻になって快適にのんびり暮らせるかしら?

 

「つまり、私は嫉妬の対象になっていたということ?」

「そうですわ。といっても、あんな姑息なやり方は貴族として恥ずかしいですわ。この国の貴族が本当にごめんなさい。あの女生徒には必ずわからせてやりますわ」

「……ほどほどにね?」

 

 笑顔が怖い。

 私に足かけした程度で、学園追放までされそう。

 ほどほどにしてあげてほしい。

 ユーフィアが一言苦言を呈しただけで、一気にハブられて卒業まで孤立してしまうだろう。

 最悪婚約者がいれば婚約破棄になるし、婚約者がいなければ婚約者が決まらなくなる。

 学園でそんなことになれば家にも伝わるし、そんなことになっている娘は家からも冷遇される。

 この国はフラーシュ王国よりマシだけれど、女性の立場が弱いのはどこも一緒。

 まあ、王族に睨まれれば男も女も関係ないだろうけれど。

 

「では、わたくし教室に戻りますわね。ノート取っておきますから」

「ありがとう、ユーフィア」

「親友!ですから、当然ですわ!」

 

 ドヤァ、と胸を張るユーフィア。

 私の親友、可愛いね。

 医務室の先生に膝の治癒をしてもらうが、一国のお姫様なので大事を取ってベッドに案内される。

 私の背後霊よろしくこっそりついてきたコキアとハゼランがベッドを整えてくれた。

 二人の表情は無表情、キレ気味。


「仮にも一国の王女に対して無礼極まりないですね」

「ユーフィアがやる気満々だから二人はなにもしないでね」

「本日は帰寮なさいますか?」

「治癒してもらったし大丈夫よ。それに、二ヵ月間引きこもっていたんだから少し動かなければもっと弱ってしまうわ」

「かしこまりました。ご無理だけはなさらないでくださいませね」

「ええ」

 

 治癒、は水の幻魔石から作られた祝石ルーナだ。

 水の幻魔石思っていたいたけれど、あれが祝石ルーナなのよね。

 自分の常識って意外とずれてるんだなー、と思いながらベッドの中で二ヵ月でまとめた研究ノートを読み直す。

 なにか新しいヒントがあるかなーと……あ、これ……水と土の幻魔石を同じ紙で包んで土に入れ、水をかけてみる――微熱でふらふらしながら走り書きしてあるの、記憶にないけれど面白そうな試み。

 帰ったらやってみよう。


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