第3章 あなたを知って、もっと好きになる
第11話 彼のつらい過去
リドは興奮していた。
初心者向けのダンジョンに突如現れた、格上のベヒモスを倒せたから。それも、バルザとの見事な共闘によって。
(緊張したけど、私もやればできるじゃん!)
いま、リドはそのバルザと二人で、サランゼンスで一番の食堂で夕食を楽しんでいた。
「うーん、おっいしーい!」
と、思わず声が溢れてしまう。
(そして二人での食事、しあわせー!)
こっちは知られてはいけないので、しっかり胸の内にしまいこむ。
「ベヒモスを一人で討伐はポイント高いよ、バルザ」
「俺だけで倒したことになるのか? お前も戦ったのに」
バルザは冒険者ギルド本部が主催する〝ギルドランキング〟に、まったく疎いようだった。
「俺は補助魔法しか発動してないから。アシストポイントはもらってるけど。そんなことより、ほら、ギルドランクも一気に上昇!」
リドはランキングを表示したアイフォを見せつけたが、バルザはそれを指で押しやった。
そこへ、大きな肉と葡萄酒の追加がテーブルに運ばれる。
「これは、まぁ悪くないけどな」
と、酒が並々注がれたカップを手に取って。
ベヒモスの皮は貴重な資源だ。持ち込んだ皮なめし屋は、かなりな額を積んでくれた。
「聞こうと思ったんだ」と、バルザは目の前の皿を適当にどかして前のめりになった。「お前、いったい何してたんだ? ずいぶん戦いやすかった」
「そうだよね、今後の作戦のためにも、ちゃんとお互いのことを把握しておかないとね」
リドはなめらかに捲し立ててしまった。若干バルザが引いているのはわかったのだが、止めることはできなかった。
(私、頑張ったの、聞いて欲しい!)
そういう気持ちだった。
「まず火の精霊を細かく分散して隅々まで明るくしたでしょ。それから大地と風の精霊に整地してもらって」
「整地?」
「バルザみたいに硬い靴を履いてる人は凸凹に弱いからまっすぐに整えて、小石の一つも残さないように全部奥に押し流したの。それから防御力上昇のために風の精霊を甲冑の表面に滑らせて、治癒のための水の精霊も準備万端で待たせてたんだよ!」
(これはいける! 月間ナンバーワン冒険者いける! 女の子に戻れる!)
「お、おう……」
(あれ! さらに引いてる! なんで!)
一気に不安になり、縮こまって肉を頬張った。リドの顔は百面相のようにくるくると忙しない。
一方のバルザも、数秒おきに辺りを気にするようなそぶりを見せている。
「三毛猫会なら、東の高難易度ダンジョンに遠征中だからここには来ないよ」
リドはバルザの気が散っている理由を予想してみた。
ところが、言われた方の表情は、悲しそうに曇った……ように見えて、慌てて慰めの言葉を探す。
「ごめん、無神経だった……」
素直に謝る以外、浮かばなかった。
「お前、変だな……」
バルザも困惑しているようだ。じっと見つめてくる。
「え、どこが? どういうふうに? 普通の男子ですけど?」
リドは姿勢を正した。冷や汗が止まらない。
しかし、違った。
「俺みたいなもんに、謝るなんて……誰もいなかった。お前は変わってる。なんでだ」
そう言ったバルザがあまりにも寂しそうで、リドは思わず「好きだから」と言いそうになった。
(違う違う! そーゆーのじゃない!)
と、気を取り直す。
「自分が悪かったら謝るよ。あたりまえじゃん。なにかしてもらったら、お礼を言うし」
にこっと笑ったが、バルザは訝しんだ表情だ。
「不本意なことでも、礼を言うのか?」
「相手が、俺を思ってやってくれたことなら、一応」
「嫌なら嫌って言えよ、そんなもん、我慢すんな」
そう言ってバルザは酒をあおった。
リドは会話の着地点が見えなくて不安になってきた。
でもそれよりも、どうして誰もバルザに謝ってくれなかったのだろうと思ったら、それはとても奇妙だし、不思議だし、何より失礼だし……と、疑問だらけで頭がクラクラしてきた。
「その便利なやつ見てんなら、知ってるだろ。俺がどこで生まれたか」
と、バルザはアイフォを顎でしゃくった。
無知なリドに答えを教えてくれるようだ。
だけどそれくらい知っている。バルザこそ知らないが、同じ村の出身なのだから。
「マルダ村だろ?」
「マルダ村イグアラ地区、だ」
それが何を意味しているのか、リドはピンときていない。
バルザはため息混じりに〝正解〟を伝えた。
「墓守の、被差別地区だよ」
「……!」
言葉を失ったリドに、バルザは続けた。
「俺たちは代々、その辺り一帯の墓守をしてる。学校ってやつにも行ったことがないから、俺はほとんど字が読めない」
リドは心が痛んだ。アイフォの操作ができないのも当然だ。きっといままで、グレンがそれを補ってくれていたのだ。
「冒険者になって、金を稼いで、少しでも兄弟を楽させてやりたいが、このザマだ……」
どうしてこのことを知らずに暮らしてこられたのだろうか。
リドは……リディアは、自分自身に愕然となった。
知らなかったで済まされるのだろうか。彼が一番苦しんでいただろう幼少期に、すぐそばにいたのに。
「知らなかった……そんなつらい思いを……」
「つらいのは、弟や妹が嫌な目に遭うかもしれないってことだ。俺はどうってことない。親もクソだけど……小さいあいつらのことを思うと……」
子供の頃の、彼の姿を思い出す。そこにはいつも弟妹がいた。ただの仲良し兄弟だと思っていたけれど、違ったのだ。自分の手で守るために、片時も離れないために、側にいさせたのだろう。
「グレンはいつだって、正しかった。こんな俺にも優しく対等に接してくれた。あいつに従ってればなんとかなるかと思ったのに……ダメにしちまった……」
物思いに耽るバルザ。
遠くを見つめる瞳。
胸がきゅっと締め付けられる。
可哀想で、悲しくて、でもなにより、かっこいい。
(顔かっこよすぎる……ヨダレが止まらない。可哀想でかわいい……待って! 男の子って結構大変かも!)
自身の身体的な異変に気がつきリドは慌てた。
(待って、これどうしたらいいの? え? え?)
「話が逸れたな。とにかく、だからお前は変わってるって思ったんだ。グレン以上にな」
そう言って「はは」と小さく笑うバルザもまた男前なのだが、リドはそれどころではない。
「あ、ああ、はは……」
と、軽く笑って返すが、パニックだ。
(ちょっと待って、ちょっと待って、ちょっと待って……)
こういうときは、全然関係ない〝お堅いこと〟を考えるといいっていわないっけ?
(最近の冒険者事情といえばやっぱり、簡単に考えて初心者がダンジョンの奥までどんどん入っていってしまうことだよねぇ……)
などと、時事ネタを頭の片隅で考えてやり過ごす。
それが功を奏してきたところで、リドはバルザに思いの丈を伝えた。
「か、軽く話してるけど、大変なことじゃないか。俺の家も、墓守の近くにあったけど、俺の両親は彼らのこと何も言わなかった。それで、俺は……知らなかった。ごめん」
しかしその謝罪は、バルザの傷口に塩を塗ってしまったようだ。
「お前の両親は、きっと俺たちみたいな人間は〝いないもの〟としてたんだろう」
彼はフンと鼻を鳴らした。
酒が入っているせいもあるだろう。
「よっぽど厄介だ」
と、人の親でもお構いなしだ。
「じゃあ! 今度家に帰ったら、俺が根性叩き直す!」
リドは気迫に満ちていたが、バルザは不貞腐れたままだ。
「死体触ってる連中は神に嫌われてるんだ。仕方ないだろ」
「そんな神様しったこっちゃねーよ!」
「おいやめろ、大声出すな」
バルザにたしなめられ、リドは浮いた腰を椅子に戻した。完全に酔っていて、理性がどこかへ行ってしまったようだ。
悔しくて、泣き出しそうだった。体の異変もすっかりおさまっていた。
「バルザはバルザだよ。墓守でも、冒険者でも、盾を持ってても剣を持ってても、何も持ってなくても。バルザだよ」
想いが溢れてうまく言葉にできない。
それでもリドは続けた。
「あなたはいい人だし、優しいし、強いし、正直だし。私はグレンよりあなたを選ぶ。なにがあっても……」
リドの声は、食堂の喧騒に紛れてしまう。
バルザも答えず酒を飲んでいる。
物陰からこそこそとバルザを見つめていた日々が走馬灯のように蘇った。
生まれた場所なんて関係ない。心から彼を愛しいと思っている。
(三毛猫会の連中を見返すくらいじゃダメよ……世界に知らしめるの。バルザはかっこいいんだから……悪口言った奴ら全員、思い知らせてやるんだから!)
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