第9話 ふたり初めてのダンジョン(1)
「そんなことわざわざ言う失礼な人の意見なんて忘れたほうがいいよ! 確かにいわゆるレア装備とは違うけど、ギルド本部からじゃなきゃ発注できない王国直属の職人が作ってるから品質は一級品だし、
一息に言い切ると、バルザは喜ぶどころか引いていた。
「お、おう……」
気づいたリドはぎこちない笑顔を作る。
「さ、そんなこといいからダンジョン行こー」
と、ぎくしゃくガタピシ歩き出す。
心のうちではかなり怒りながら。
(ギルメンくそ女共、あたしのバルザに悪口ばっかり言ってたんだ。けなしたり無視したりしてたんだ! 最低!)
リドの中で『可哀想なバルザ物語』が始まってしまった。
そしてあまりにも自分で繰り広げる脳内物語に没頭してしまったため、ダンジョン攻略の定石がすっかり抜け落ちしてしまっていた。
この二人なら、体力のあるバルザが先を歩いて安全確認をすべきである。
それなのに、怒りまかせのリドがずんずん前を行っていたのだ。
バルザがどう思っていたかはわからないが、少なくともリドはこの時点で、「どうせ弱い敵しか出てこないだろう」と、たかをくくっていた。
それに、洞窟の中は先人たちが壁面に設置していってくれた発光石のランプが明るくて、まっすぐな坂をただ降り続けているだけになっていたのだ。
ようやく曲がり角に差し掛かったところで、外の陽光が完全に絶たれ、薄暗くなって初めて、リドは〝どんなダンジョンでも油断するべからず〟という講師の教えを思い出した。
そのときにはもう、濃い瘴気溜まりに足を突っ込んでいた。
「しまった」
と、思うのが早いか、リドは後方に放り出されていた。
さっきまで退屈そうに大きな足音を響かせていたバルザに、腕を掴まれ後ろへ引っ張られたのだ。
彼に助けてもらったという感動は、前後不覚になるほどの勢いで地面を転がったせいで吹き飛んだ。
クラクラする頭をおさえて立ち上がると、バルザの背中。その向こうになにかがいて、彼はそれと格闘している。
暗くて見えない。
いくら浄化が済んだダンジョンとはいえ、隙あらば瘴気が溜まってモンスターを生み出してしまう。
とにかく明かりをつけなければと、リドは前方に注目したまま腰のナイフに手を伸ばす。が、空を切った。
(火打石のナイフがっ……どこ!)
転がったときに落としてしまったのだ。
火の精霊がいなければ、この暗闇を制することはできない。
リドは地面を這いつくばる。
戦闘のことを忘れたわけではないけれど、ナイフがなければ話にならないので必死だ。
しかし手のひらサイズの小刀は、そう簡単には見つからない。
「回復!」
その背中に、バルザの大声が浴びせられた。
「待って無理!」
「無理じゃねーだろ!」
バルザの怒声にリドの肩が跳ねた。
目に涙が溜まってくる。
それでも歯を食いしばり、大きく息を吸って立ち上がった。
『もう無理! 全部吹き飛ばして! ここから出して!
リドの混乱に呼応した風の精霊が、瞬く間に巨大な渦となった。
台風のような風は、瘴気とモンスターは洞窟の奥へ、リドとバルザは入り口の方へと吹き飛ばす。あまりにも強くて、壁のランプまでもぎ取ってしまった。
二人は土埃だらけで地面に倒れた。
咳き込みながらも先に身を起こしたのは、もちろんバルザだ。
ヘルメットを外し、頭を振って砂をふるう。それから甲冑の胸を叩いて中に入った土を落とした。
「お前、どういう魔法だよ……」
半分以上も押し戻された長い下り坂と、未だ地面にうずくまる、この騒ぎの元凶を交互に見ている。
リドものっそりと起き上がった。
「……ちょっと、パニクって……」
バルザは外した籠手を地面に叩きつけた。金属と石のぶつかる乾いた音に、
「そんな奴とやってけるかっ」
と、吐き捨てるセリフが重なる。
リドは泣き出したいほど落ち込んだが、しかし伏せた視線の先に探していたものを見つけて、一気に息を吹き返した。
ナイフがキラッと光ったのだ。
「あった!」
「うわ、なんだよ急に……」
リドは火打石のナイフを握りしめると、バルザに向き直って頭を下げた。
「本当にごめん! ちょっと焦っちゃったけどもう大丈夫だから、もう一回チャンスください!」
必死の思いで視線を上げると、見つめるバルザの表情は……、困惑していた。悲しいともとれる瞳だった。
(あれ? 怒ってない……?)
リドは何かを直感したが、それを深く考えるより早く、バルザは目を逸らした。
「……もう一回だけな」
彼はそれだけ言うと、ひとつひとつ丁寧に装備を外しては砂を払い始めた。
「ありがとう。次は絶対大丈夫」
リドも改めて装備の確認をした。今度は全て揃っている。
バルザの準備が整ったのを見て、リドは手にした火打石のナイフを掲げ精霊を呼び起こした。
『
囁きに応え、小さな火の粉がバルザの前に次々と集まった。拳ほどの大きさの炎になると、彼の動きに合わせて空中を漂い、移動する。
二人は揺れる炎の明かりを頼りに、再び坂を降り始めた。
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