第2章 ふたりきりのギルド
第6話 バルザの評価とリディアの期待
バルザは先に立って『ウワバミ亭』を出ると、小さな西門からをくぐってサランゼンスの街をあとにした。
なだらかな原っぱを抜け、薄暗い森へ足を進める。
この辺りのモンスターであればレベルも低いので、彼にとっては酔っ払って相手するくらいがちょうどいい。
そう思っていたら予想どおり、しばらく進んだところで、激しい羽音と共にその一団がやってきた。
(五匹か……)
バルザが敵を捉え、走り出す。
すると、その時にはすでに、
『
と、魔法が彼を包んでいた。
(早いな……)
そこから先も、あっという間だった。
あまりにあっけないので「雑魚では腕前を計りきれない」と思い直したバルザだったが、同時に、今までに感じたことのない爽快感を味わっていた。
だが、今までと何が違うのか、バルザには理解できなかった。
自分のやったことは、これまでと変わらなかったはずだ。
味方の前に立って敵との間で壁になり、敵の注意を引くために常に動いて剣を振るう。
たったそれだけのことなのに、全然違ったのだ。
この精霊師と組むのも悪くないかもしれない。
そう思えた。
リドは、灰に姿を変えていく敵の死骸から資源が現れないかとしゃがみ込んでいたが、バルザの視線に気づいて顔を上げた。
「どうだった?」
一時間ほど時計を巻き戻そう。
リディアはドキドキしながら彼のあとをついてサランゼンスの街を歩いていた。
胸の高鳴りは、これから向かう腕試しの戦闘に対する緊張ではない。
前を行くバルザは、今は身長が同じくらいになっているけれど、自分と違って重装備なのに身軽に歩いている。
その大きな背中。
ほれぼれしてしまう。
思わずスキップしそうになるのを、グッと抑える。
村では女らしくいることが処世術だった。少しでも愛らしく、気遣いができることが結婚への近道で、村人の女性ならそれが全てだった。
冒険者として村を出ていた期間は、その気質が邪魔をすることもあった。
もじもじしている間に仲間が傷ついていく。守ってくれる人はいない。生まれてからの十六年間の常識をひっくり返す一年だった。
(どうしよう、考えてみたら一年しか実地訓練してないし、その後の一年は村暮らし。戦闘なんて、できるかな……)
首の後ろに嫌な汗が流れる。
囲壁をくぐって原っぱに出ると、いよいよ不安が募ってきた。
(ええい、ままよ! 当たって砕けろ!)
リディアは気合いを入れ直した。
ここで失望させるわけにはいかない。「すごい」とまではいかなくても、「こいつと組んでもいいかもな」くらいには思ってもらわなければ。
(家に戻ってからも鈍らないように近場のモンスターを倒してきたじゃない。きっと大丈夫!)
リディアは深呼吸して、精霊の宿るアクセサリーたちに語りかけた。
『私の人生最大のピンチでチャンスなの。みんな、力を貸して』
それぞれの精霊が次々に応えてくれた。
水晶の首飾りからは水の精霊。
羽根の耳飾りからは風の精霊。
火打石のナイフからは火の精霊。
葡萄の蔓のベルトからは大地の精霊。
『
リディアの願いを聞き届け、全ての精霊が自分の領域を探索し始める。
すぐに風の精霊が耳打ちしてきた。
(
リディアはバルザの背中に火の精霊を走らせた。
『
巨大な針とノコギリのような足を持つ
それでも動きが機敏で必ず集団で現れるので、駆け出しの冒険者にとっては良い腕試し相手になる。
バルザはもちろん素早く対応した。身を翻し、敵と正面対峙する。大体のモンスターは手前から攻撃するものだ。彼はその筋力で大盾を振るう。
(うわぁー! 本物! かっこいぃ!)
リディアは自分を敵の攻撃から守ってくれているバルザに感動しながら、なんとか正気を保っていた。落ち着いてみれば、これくらいは軽い仕事だ。
(今は私の力だけで敵を倒して見せて、使える奴だってとこを見せたいけど、こういう補助もできますよって、アピールするところじゃないでしょうか)
リディアは祈るような気持ちでバルザの背中を見た。彼の甲冑や盾に攻撃が当たるたび、敵の針や足に火花が散ってダメージを与えている。
バルザは〝リド〟が倒すのを待っている。
素早い敵相手には、風の精霊にお願いするものだ。精霊と心を通わせ、彼らに何をして欲しいのかイメージを伝え、共有させるのが精霊師の闘い方だ。
『駆けて競え羊を震わせ、木々へ走れ!
風の精霊が起こした小さな雷は、一匹のメガビーにヒットすると次々渡って全ての敵を撃破した。
(やった!)
リディアは思わずぴょんと跳ねた。
バルザに振り向かれていたら、気味悪がられただろう。長身の男がくねくねと喜んでいるのだから。
リディアは自然な動作で、倒した敵から資源が現れないか素早くチェックした。
資源収集も冒険者の大切な仕事だ。それらを売買して資金を得るので、冒険者は商人でもある。ダンジョン攻略やモンスター討伐による治安維持より、資源売却の楽しさに目覚める者もいるほどだ。
(糖蜜の結晶か。大したことないな……)
死んだモンスターはすぐに灰になる。拾い上げた資源を腰の袋にしまっていると、バルザの足がすぐそこにあった。
「どうだった?」
びりっと緊張が走る。
(お願いお願い、いいよって言って……)
リディアは笑顔の裏で破裂しそうだ。
バルザが答える——……。
「まあ、しばらく組んでやってもいいが……」
(うそ! ほんとう! やった! ……ん? が?)
「……が?」
聞き返すと、バルザは不貞腐れたように付け加えてきた。
「ギルド申請とかはお前がやっとけよ。そういう面倒臭いことはよくわかんねーから」
(そんなの全然やりまーす。簡単でーす)
「了解。これからよろしく」
リディアは喜びが溢れないように注意しながら立ち上がると、右手を差し出した。
握り返してきたバルザの手の大きさや力強さに感動で涙が込み上げてきそうになったが、なんとか堪えた。
(これ、私、大丈夫かな……。精神がもつか心配になってきた)
まさかこのときバルザが、「スカした色男め」などと、内心悪態をついていたとは、リディアは知るよしもなかった。
日も傾き出していたので、二人は夜に宿屋で合流することにして、街に戻るといったん別れた。ギルド登録には時間がかかる。
リディアは一人になるなり、あることに思い至った。
(私の腕を確かめるためとはいえ、さっきのバルザ、いっさい攻撃しなかった……。去年までの成績でいえば、バルザの撃破数ってかなりすごかったのに……)
歩いているうちに次々と考えが浮かんでくる。
(盾戦士にジョブチェンして、完全に徹しちゃってるのね。ナンバーワン冒険者になってもらうには撃破数も重要だし、もうちょっと攻撃型に戻ってもらえないかなぁ……)
両手で大楯を抑える姿勢や敵に対する動きを見て、この四年間、数字から想像するしかなかったバルザの戦い方を確認できた。
(っていうか、バルザがあんまり強いから、仲間に「手を出すな」とか言われてたのよ! きっと、絶対! あいつらめ……絶対ぎゃふんと言わせてやるんだから)
そう息を巻いて、冒険者ギルド本部に向かう。
そこでやっと、自分の置かれた状況を思い出した。
「そうか、ギルド登録の前に、リドの冒険者登録しなくちゃだ」
そう思って登録カウンターを見ると、長蛇の列ができていた。ここ数年の冒険者になりたいという若者の急増に対して、窓口が少なすぎるのだ。
いくら血気盛んな冒険者たちでも、屈強な先輩冒険者である誘導係には逆らえず整列させられる。
「変わってないなぁ……。これだから野良冒険者が増えちゃうんだよ。バルザもきっとこういう、並んだり待ったりするの嫌いなんだな」
やれやれと思いながらもぼんやり並んでいると、なにやら感じる気配。
左斜め後ろ。
敵……? なんだ?
こっそりうかがうと、隣の列の女性三人組がこちらを見てはヒソヒソ話ししている。
(やだな……やぼったいブスとか言われてんのかな……どうせ田舎者ですよ)
卑屈なため息一つ。
そして重要なことを思い出す。
(私いま、男じゃん!)
改めて彼女たちを見ると、その視線には別の意味があるようだった。
微笑んで小さく手を振ると、「あっ」と声を漏らして、三人ともが赤くなって盛り上がっている。
(私もあんな感じかな……本当に、気持ち悪がられないように気をつけなきゃなぁ……)
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