旧)第1話 バルザ 追放と出会い

「単刀直入に言おう。バルザ……ギルドを、やめてくれないか」


 そのセリフを、バルザは自分でも驚くほど平常心で受け止めた。


 追放を告げたグレンの方が、眉を下げて苦しそうにしている。いつもは優しく涼しげな表情を崩さない男なのに。


「そうか」

「っ……。他に言うことはないのかよ」


 常にしかめっ面の大男が、気の抜けた返事をしたので、切り出したグレンの方が驚いた。彼の方がまだ話し合いの余地があると思っていたのだ。


「いや、お前はいつだって正しい。だからこれも仕方ないことだ。ありがとな、いままで」


 バルザが背を向けると、グレンもそれ以上は追ってこなかった。


 少ない荷物をまとめ、ギルドメンバーで暮らしていた家を出た。


 馬を走らせ森を抜けると、繁華街の最奥にひっそり佇むいきつけの酒場に潜り込む。二階と三階が宿になっていて、いかがわしいことばかり起こる場所だ。金さえあればどれだけ長居しても文句を言われない。


 他に行く当てがなく、彼はそのまま二日間飲み続けた。


 酒をあおるたびにグレンの言葉が鮮明に蘇る。言えなかった思いも同時に溢れ出す。


『お前とは長い付き合いだし、俺は一緒にやっていきたいと思ってる』


(……本当か?)


『でも、俺たちだけの問題じゃないだろ。ほかのメンバーともうまくやってもらわないと……。みんな、お前を怖がってる』


(どうせ俺はお前と違って人付き合いも悪いし、図体もデカけりゃ、顔も怖ぇもんな)


『もうすぐ年間ランクの足切りだ。最高の状態にしておきたいんだよ』


「うるせえ!」


 酒気で現実と回想の境界があいまいになったバルザが思わず声を上げると、隣の席で談笑していた中年男性二人がそっと背を向けて小声になった。彼らも冒険者だろうに、二人がかりでも反抗できないほどバルザは威圧感がある。まだ二十歳だというのに。


『他のメンバーと話し合って欲しい。みんなの要望をよく聞いて、ちゃんと言うことを聞いてくれないか。それができないなら、単刀直入に言おう。バルザ……』


「くそ……」


 悪態ついて、一気に葡萄酒を飲み干した。


 口が悪いのも怖がられる要因だ。だが我慢すれば、どこかで爆発してしまう。その我慢が大きいほど、爆発だって大きくなる。そのことはバルザ自身が一番よくわかっていた。


「どうせ俺は、グレンみたいに、優しくも正しくも、かっこよくもねーんだ……。怖がられて、嫌われて死ぬのが落ちだ……」

「そんなこと、ないんじゃないかな」


 四人掛けの机に突っ伏していたバルザは、緩慢な動作で声の方へ視線をやった。


 薄桃色の髪をしたグレンが立っている。


 いや、酔っ払って彼の幻影を重ねただけだ。男はグレンより小柄で、どんぐりみたいに丸い目をしている。


 服装を見るに冒険者。それも魔導士系だ。


「何だてめえ」


 いかに酒に強いバルザでも、所持金が尽きるまで飲めば舌が回らなくなる。それでも舐められないために威嚇するのが、彼に染みついた処世術だ。


「やだなぁ、そんな怖い顔しないで。俺はあんたの味方だよ」


 怪しい男に微笑んで覗き込まれ、バルザはさらに顔をしかめた。


「嫌われて死ぬだけなんてこと、ないと思いますよ。バルザさん」

「俺の名前なんで知ってんだ」


 会話になったのを許可と取ったのか、男はさっと正面の椅子に座った。


「俺の名前はリド。あんたの名前を知ってるのはもちろん、上位ランカーギルド〝三毛猫会〟のバルザは有名人だからだよ」


 リドはキラキラした目でニコッと笑ってそう言った。すらりと背が高く、グレンのような爽やかさを持つ相手に、バルザはガードを固くした。


「ふん」と、鼻で笑って身を起こす。「体力しか取り柄のない能無し盾役が有名なわけねーよ。他の連中と、そいつらをまとめるギルドマスターのグレンが優秀だったんだよ」

「能無しだなんて」

「ちょうど」と、バルザは強くリドの言葉を遮った。「クビになったとこだ……」


 声が尻すぼみになったのは、自分の不甲斐なさを再認識したからだ。


 どうしていつもうまくできないのか。どうして彼のようにできないのか。幼い頃から優等生だったグレンの、自分を見る哀れみの目が忘れられない。


「それも知ってるよ」

「……は?」


 絶望の沼に身を沈めていたバルザは、リドの明るい声色に心底呆れた。


「クビになったって聞いたから。誘いに来たんだ」

「なにに?」と、聞こうとしたバルザの右手を、リドの両手ががっちりと掴んだ。

「俺と、ギルド作りましょう」

「は?」


 ついに酔いが覚めてしまった。


 気味が悪くて腕を引っ込めると、それはいとも簡単に振りほどくことができた。


「よわ……」


 思わず漏らすと、リドは拗ねたように椅子にもたれて腕組みした。


「力は弱いかもしれないけど、魔法はピカイチだよ」

「だせえ言い方……」


 軽くあしらって早く消えてもらおうとバルザも腕組みして身を引いた。だがリドは意に介さない様子で続ける。


「俺は精霊師だから」

「だからなんだよ」

「回復も攻撃もできるってこと」


 バルザは、目の前でニコニコしている相手に笑ってしまいそうになった。初見の印象は清廉潔白なグレンと重なっていたのに、いまは子犬のように思える。


「そんなに自信があるなら、その辺のモンスターで腕前見せてみろよ」

「もちろん。それで納得したら俺と組んでくれるよね」

「はいはい」


 バルザは先に立って、小さな西門から囲壁を出た。なだらかな原っぱを抜け薄暗い森へ足を進める。この辺りのモンスターであればレベルも低く、バルザにとっては酔っ払って相手するくらいがちょうどいい。


 大雀蜂メガビーだったら、このリドとやらの腕を確かめるのにもってこいだろう。しばらく歩くと思ったとおり、激しい羽音と共にその一団はやってきた。


(五匹か……)


反射せよリフレクション!』


 バルザが敵を捉え、走り出した時にはすでに魔法が彼を包んでいた。


(早いな……)


 そこからはあっという間だった。


 雑魚では計りきれないと思い直しつつ、バルザは今までに感じたことのない爽快感を味わっていた。


 動きは以前と変わらなかったはず。味方の前に立ち、敵との間で壁になり、敵の注意を引くために常に動いて剣を振るう。


 何が違ったのか、バルザには理解できなかった。


 ただリドという、この精霊師と組むのも悪くないかもしれないと、そう思えた。


 だから、灰に姿を変えていく敵の死骸から資源が現れないかとしゃがみ込んでいるリドが、「どうだった?」と見上げてきた時も、素直に答えることができた。


「まあ、しばらく組んでやってもいいが……」

「……が?」

「ギルド申請とかはお前がやっとけよ。そういう面倒臭いことはよくわかんねーから」

「了解。これからよろしく」


 リドは微笑んで立ち上がると、握手を求めてきた。


(スカした色男め)


 内心悪態をつきながら、バルザはしかたなくその手を握り返した。


 

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