From Arcadia with LOVE ~アルカディアより、愛を込めて~

樋川カイト

第1話

 数百年ぶりに目覚めたら、当たり前のように数百年の月日が経っていた。

 その世界で、俺は一人の少女と向き合っていた。

 ほとんどの記憶を忘れたまま……。


 ────

「はぁ、やっと買えた……」

 重い荷物を両手で抱えて、俺は一人小さくため息をついた。

 微かに記憶に残っている地球の重力よりも軽いコロニーの人工重力じゃなかったら、きっとこんなに大きくて重い物を生身で持ち上げる事なんてできなかっただろうな。

 そんな事をしみじみと思って気持ちを紛らわせても、重い物は重い。

 周りを悠然と走り去っていくフローターバイクを恨めしそうに見つめても荷物が軽くなる訳ではないし、徒歩で買い物に来てしまった俺には歩く以外の選択肢もない。

 諦めて黙々と歩き続けていると、遠くから声が聞こえてきた。

「まったく、コールドマンも大変だな。時代遅れなばっかりに、残飯漁りのカラスなんてやらなくちゃ生きていけないんだからな」

「おいおい、止めとけって。古代の野蛮人に聞かれたら、何をされるか分からないぜ」

 そんな事を言って笑い合う男たちは、これ見よがしに俺の隣をフローターバイクで颯爽と走り去っていった。

 通り過ぎていった後も、彼らは俺が見えなくなるまで振り向きながら笑う。

「……聞こえてるっての」

 遠くなっていく背中に向かって文句を言いながらも、それ以上は何も言えない。

 彼らの言っている事は全部本当だし、文句を言ったところで何かが変わる訳じゃない。

 俺はコールドマンで、間違いなくカラスだ。

 唯一言い返すべきことは、カラスが残飯漁りなんかじゃないって事だけ。

 一般的な認識はそうかもしれないが、カラスだって立派な仕事だ。

「……いけない、急がないと」

 そんな事よりも、俺は早くこの荷物を持って帰らないと。

 そうしないと、怒鳴られるどころじゃ済まないかもしれない。

 慌てたように歩を速めて10分くらい。

 やっとの思いで、俺は目的の場所までたどり着く事ができた。

「ふぅ、ただいま」

「遅いっ! たかがモーター一個買うのに、どれだけかかってるのよ!」

 扉を開けて中に入ると、すでにスペースウェアを着こんでいる少女に思い切り怒鳴られた。

 まぁ、今日はスパナが飛んでこなかっただけいくらかマシだろう。

 モーターを近くの棚の上に置いて、俺は少女──ミーアに反論する。

「仕方ないだろ、近くの店が品切れだったんだから。渡された予算で買える物を探すのに、苦労したんだよ」

「あら、それはご苦労様。じゃあ、こっちをちょっと手伝って」

 僕の反論を適当にあしらったミーアは、機械の陰から顔だけを出して僕を呼ぶ。

 それに素直に応じてしまうのは、きっと僕の気が弱いからだけじゃないだろう。

 だって、下手に抵抗すれば痛い目に遭うのは目に見えている。

 出会ったばかりの時に嫌になるほど体に覚えさせられれば、誰だって素直になるってものだ。

 言われるがままミーアの近くまで行くと、真剣にパーツを組み上げる彼女を眺める。

 赤茶色のロングヘアーに、それに相対すような青い瞳。

 身体にピッチリと張り付いたスペースウェアは彼女の女性として恵まれた体型を隠す事なく周囲に見せつけ、整った顔立ちと合わせればそこらのアイドルよりも可愛らしいだろう。

 それでも、暴力的な性格がその全てを台無しにしているのだが……。

「なによ? 何か用?」

「いや、別に……」

 そうやってジロジロと眺めていると、彼女は不機嫌さを隠す事もなくこちらを振り向く。

 その手に握られたスパナを見てビクッと身体を震わせた俺は、慌てて彼女から視線を逸らす。

 そんな俺の様子を不思議そうに眺めたミーアだったけど、すぐに興味を失ったのかまた目の前のパーツに視線を戻す。

「なにもないなら、サッサと手伝って」

「はいはい」

 こういう所も、女性としてマイナスだよなぁ。

 なんて失礼な事を考えながら、俺は彼女の指示に従って作業を手伝う。

「リック、それ取って」

「それってどれだよ?」

 曖昧な指示にもめげずに手伝っていると、しばらくして彼女は大きく伸びをして後ろに倒れ込んだ。

「できたーっ!」

「うわっ!?」

 叫びながら倒れ込んでくる彼女を慌てて受け止めると、ミーアは俺の懐にすっぽりと収まる。

「急に倒れてきたら危ないだろ」

「良いじゃない、ちゃんと受け止めてくれたんだし。そんな事より、できたわよ」

「できたって、何が?」

「新しいアームよ。これでジャンク集めがはかどるわ」

 俺の胸元にもたれたまま、ミーアはキラキラとした瞳で俺を見上げてくる。

 その顔は、まるで新しいオモチャを手に入れた子どものように無邪気だった。

 そんな彼女の姿に一瞬だけドキッとさせられる。

 それでも、そんな事を彼女に悟られるのが恥ずかしくて、俺は慌てて彼女に声をかける。

「……ほら、早く起きて」

「えぇーっ。まだ良いでしょ」

 駄々をこねるミーアの肩を掴んで強引に引きはがすと、彼女は頬を膨らませて俺を見つめてくる。

「まったく、けち臭いわね」

「仕方ないだろ。重いんだから」

 言ってしまってから、俺は自分の失言に気が付く。

 慌てて口を塞ぐも、すでに吐いてしまった言葉を取り消すことはできない。

「重い、ですって……?」

「いや、違うんだ。それは言葉の綾で……」

「問答無用ッ!」

 スパナでの一撃を脳天に喰らって、俺の目の前にはチカチカと星が散った。

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