恋の魔法は使えないけれど、枯れた遺跡を復活させる魔法は任せてください!

日埜和なこ

第1章 婚約破棄で気付いたつまらない世界を捨てて、私は新しい世界へと嫁ぎます!

第1話 始まってもいない恋に破れても、悲しくなるものなのね。

 こんな惨めなことってあるかしら。

 学園の裏にある美しいガラス張りのサンルームで、私は見てはいけないものを目撃していしまった。よりにもよって、私の婚約者であるオーランド伯爵様のご長男フェリクス様が、級友のダイアナと仲睦まじく抱きしめ合っているだなんて。

 ここは、私のお気に入りの場所だってフェリクス様にも教えていたのに。ダイアナだって、私が毎日ここに立ち寄るのを知っているのに。──どうして二人はここにいるの?


 合わさる唇を見て、私の胸の奥に黒い靄が広がった。

 いつから、二人はそういう仲になっていたの。

 口に出せない疑問が、ぐるぐると体の中を巡っていくような感覚が襲ってきた。


 見ていられない。この場にいたくない。

 植木にスカートの裾が触れたことも気付かず、きびすを返して逃げ出していた。だから、ダイアナが勝ち誇ったような笑みを浮かべていたことにも、一切気付いていなかったわ。

 だって、一刻も早くこの場から立ち去りたい一心だったの。

 

 恋は物語の中のことで、身近にあるものだなんて思いもしていなかった。まさか、自分の婚約者が誰かと恋仲になるなんて誰が想像するというの。

 旦那様になる方と恋をするのは結婚をしてからだとばかり思っていた私が、いけないのかしら。でも、恋をする暇なんてなかったのよ。淑女教育に魔法の鍛錬に。

 どうすれば、フェリクス様と恋することが出来たのかなんて、分からない。


 あぁ、涙が止まらない。

 こんな顔を見たら、周りからどう思われるのかしら。

 涙をハンカチで押さえながら、木陰のベンチで自問自答を繰り返していると、よく磨かれた革靴の先が視界に入った。


「リリーステラ様、こちらにおられましたか」

「……アルフレッド?」


 顔を上げると、青みがかった銀の髪を揺らした私の従者アルフレッドが優しく微笑んでいた。

 彼はアルフレッド・バークレー、我が家の家令であるバークレー子爵の長男で、私の五つ年上になる。幼い頃から一緒に育ってきた兄のようで幼馴染のような存在でもある。

 彼を見たとたんに、拭ったばかりの頬を再び涙が伝い落ちた。


「どこか、痛むのですか?」


 服が汚れるのも構わず、私の前に跪いたアルフレッドは「失礼します」と言って、私の手を取った。

 白い手袋に覆われた指先が優しく気遣いながら触れてくると、さらに涙があふれてくる。

 

 私、婚約者を奪われたの。愛されなかったの。

 魅力がないのかしら。

 毎晩お手入れも欠かさなかった自慢の赤毛だけど、フェリクス様は、金の髪の方がお好きだったのかしら。

 お父様に似たアメジスト色の瞳は、冷たく見えるのかしら。青空のような明るい瞳だったら、フェリクス様は私を見つめて下さったの。


 私には魅力がないのかしら。

 そう聞いたら、アルフレッドは何て答えるんだろう。


「脈が少し早いですね」

 

 さらに、首筋、頬、額と大きな手が優しく触れて良く。


「微熱もあるようですね。お屋敷を出る時に、体調に気付けず申し訳ありませんでした」

「……アルフレッド……あのね……」

 

 私の婚約者には、好きな人がいるみたい。

 言いかけて、そんなこと言ったところで、アルフレッドを困らせるだけよね。


「はい、リリーステラ様」

「……屋敷に、戻ります」

「かしこまりました」

 

 こんな顔、誰にも見られたくない。


「失礼します、お嬢様」

「……え?」

 

 突然、地面が遠ざかった。

 気付けば、私はアルフレッドの太い腕に抱え上げられていた。


「こうすれば、皆様にお顔を見られることもないでしょう。居心地が悪いとは思いますが、馬車までご辛抱下さい」

 

 優しい声音に、涙が止まらなくなる。

 アルフレッドの胸を濡らしながら、私は小さく頷き、嗚咽を堪えて「ありがとう」と呟いた。

 大きな手に包まれる安心感で、散り散りになっていた私の心を、どうにか繋ぎ止めることが出来た。それでも、悲しいことには変わりなく、涙が止まることはなかった。

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