第7話 春から夏へ


 シャーロットは春の間、何度も畑まで行っては魔法で耕作を手伝った。

 最初は驚いていた農民たちも、今ではすっかり慣れたもの。

 シャーロットが村落の方へ行くと、「おーい、みんな! 奥様が来てくださったぞ!」と声を張り上げて、歓迎してくれる。

 同時に農民らに残っていた不信感も、日を追うごとに減っていった。


 シャーロット自身は正直に言うと、土で汚れながら働き続ける自分がよく理解できない。

 彼女は汚いものは嫌いだったはずだ。

 額に汗してまで魔法を使うなんて、論外だったはずだ。

 それでも農民たちが屈託のない笑顔で「ありがとう。助かった」と言うのを聞くと、気持ちがぱっと明るくなってしまうのだ。

 それは、王都にいた頃にお気に入りのドレスや宝石を手に入れた時よりもずっと大きな喜びだった。


 それで今では、スカートの土汚れを防ぐためにエプロンをして、毎日せっせと魔法で畑を耕している。

 雨が降って農作業が休みの日は、物足りなくて館の廊下をうろうろしてしまうほどだ。

 そして、そんな日はフェイリムとティララが館に遊びに来るようになった。

 シャーロットはティララに刺繍を教えてやる。フェイリムはオーウェンとメリッサを手伝って、館の掃除や修繕をする。

 おかげで館の雨漏りはずいぶん減った。もうそこらじゅうが水たまりだらけということはない。


 作業が一段落つくと皆でハーブティを飲んで、甘みの少ない素朴な焼き菓子を食べる。

 平民や使用人と一緒に食卓を囲むなど、以前のシャーロットからすると信じられない出来事だった。







 エゼルは今でも塞ぎ込んでいる。昼近くまで起き上がろうとせず、あまり食事も取らない。痩せて顔色が悪くなってしまった。

 シャーロットが「お体に悪いですわ。召し上がって」と部屋までパンを持って行っても、首を振るばかりだ。


 頑固なまでに殻に閉じこもるエゼルをどう扱っていいのか分からず、シャーロットは何もできないでいた。







 やがて早春から春の盛りになり、春まき小麦の種まきの季節になった。

 種まきは魔法でやるわけにはいかない。

 シャーロットは四苦八苦しながら作業をやった。自分の手のろさにイライラしたが、農民たちは気にしていなかった。


「奥様は生まれて始めて種まきをするんでしょう。じゃあ上出来、上出来」


 そんな事を言ってのんびり笑うのである。

 するとシャーロットも気持ちが軽くなって、また種まきに取り組むのだった。







 自分がまいた種が芽を出した時、シャーロットは感動してしまった。

 小さくて硬いばかりの種もみが、こうしてきちんと芽吹いている。不思議でもあり、大げさに言えば奇跡のようにすら思えた。


「今年はいい芽が出たね。奥様がしっかり耕してくれたおかげだよ!」


 フェイリムが言う。

 彼の横では、畑の脇に掘った水路に水が流れている。小麦は湿気に弱いので、水はけをよくしてやる必要があるのだ。

 魔法でよく耕した土は、しっかりと返されて乾燥が進んだ。おかげで芽は病気にかかることもなく、すくすくと育っている。


 次第に夏へと向かう気候の中、小麦も他の作物も旺盛に成長している。

 農民たちは作物に気を配って、よく手入れしている。

 シャーロットは初めて見る農村の春、生命の力強さに圧倒される思いだった。







 ある初夏の雨の日のこと。

 いつも通り遊びに来たフェイリムとティララとティータイムにしようとしたところで、メリッサが「しまったわ」と呟いた。


「どうしたの?」


 シャーロットが聞くと、メリッサは眉を寄せた。


「申し訳ありません。ハーブティー用のカモミールを切らしていました。昨日、お料理でうっかり多めに使ってしまったんです」


「あら、そう。別にいいわよ、1日くらいお茶がなくたって」


 シャーロットが軽く言えば、メリッサは首を傾げる。


「……奥様は、変わりましたね」


「はぁ? 何よ、急に」


「いいえ、何でも。では、明日雨が上がったら調達しに行ってきます」


「調達? カモミールはどこから持ってくるの?」


「すぐそこの森に自生していますよ。いつもちょくちょく、摘んできています」


「あたしも森で、いろんなハーブや木の実を取ってくるんだよ! きのこも!」


 ティララが口を挟んだ。シャーロットはうなずく。


「面白そうね。ねえメリッサ、明日、私が森に行ってくるわ。あなたは他の仕事をしていなさい。いい?」


「奥様1人で行くのですか? カモミールは確かに、森の浅い部分にたくさん生えていますが……」


「カモミールなら私も分かるわよ。王都のお屋敷の薬草園にあったもの。ティララでも行ける所なら、1人で行っても問題ないでしょ。生えている場所だけ教えなさい」


「はぁ……」


 メリッサも暇ではない。このオンボロ屋敷は広く、すっかり掃除と修繕をしてしまいたいと彼女は考えている。

 執事のオーウェンがいるとはいえ、炊事などはメリッサ1人の仕事だ。森まで行って帰ってくる時間は、正直に言えば惜しかった。


「分かりました。後で簡単に地図を書きます。ただし決して、森の奥までは行かないで下さい。迷ったら大変ですよ」


「分かってるわよ。子供扱いしないでちょうだい」


「奥様、取ってくるのはハーブだけにしといた方がいいよ。きのこは毒があるやつもいっぱいあるから」


 と、フェイリム。彼はもっと小さい頃、森で毒きのこをつまみ食いして死にかけた過去がある。


「分かってると言ったでしょう!」


 シャーロットはわざと不機嫌な声を出し、すぐにこらえきれなくなって笑った。他の皆も釣られて笑い出す。

 しとしとと降り続く雨に負けない明るさが、屋敷を満たしていた。

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