ざまあされた廃嫡王太子と悪役令嬢の夫妻が田舎村で生きる力を取り戻すまで

灰猫さんきち

第1話 事の始まり


 街道の上を馬車がゴトゴトと音を立てて進んでいく。

 舗装された石畳の道はとっくに終わって、今は踏み固められた粗末な土の道になっている。おかげでしばしば、ガタンと傾いたりわだちにはまりかけて止まったりする。

 シャーロットは揺れる馬車の窓から、深い常緑樹の森とその奥にそびえる山脈を見て、深いため息をついた。

 今は早春。未だ溶けない雪のかたまりがあちこちに残っている。


「どうして侯爵令嬢たる私が、こんな片田舎の領地に押し込められないといけないのかしら。納得がいかないわ。

 ねえ、聞いてらっしゃる? エゼル様」


 シャーロットの隣に座る青年が、億劫そうに目を開ける。

 彼は衣装こそ豪華だったが、まだ若いのに覇気のない表情が、奇妙に草臥くたびれた雰囲気を醸し出していた。


「聞いているよ。もう何度も聞いた。僕たちは王宮での立場争いに負けて、このシリト村の領主にさせられた。体のいい追放だ。

 分かりきったことじゃないか……。諦めて運命を受け入れよう、シャル」


 そう言ってまた目を閉じてしまった。

 シャーロットは不満を込めてまた何度も文句を言ったが、もはやエゼルは聞こうともしない。

 彼女は特大のため息を吐いて、ここに至るまでの経緯を思い出した――







 シャーロットは名門貴族、デルウィン侯爵家の生まれで、今年18歳になる。 

 シャーロットはストロベリーブロンドに水色の目をした、とても可愛らしい少女。何一つ不自由することなく甘やかされて育った。

 そんな彼女には、幼い頃に決められた婚約者がいる。

 ソラリウム王国の第一王子、エゼルウルフ王太子である。年は同い年の18歳。

 2人の仲は可も不可もなく。特別に絆が深いわけではないが、喧嘩をするほどでもない。

 当人たちも周囲の大人たちも、彼らが未来の国王と王妃であると信じて疑っていなかった。


 エゼルには弟王子がいた。名をデルバイスといい、兄よりも文武ともに優れた素質を示していた。

 だが、安定期にあるソラリウム王国は、長子相続の慣例を破ってまで優秀な弟を取り立てようとはしなかった。


 転機となったのは、デルバイスが自らの未来の妻としてセレアナという少女を連れてきたこと。

 セレアナは莫大な魔力量を誇る「水の聖女」だった。

 ソラリウム王国では、高い魔法の素質と自然の化身たる精霊と交信する能力を持つ女性を「聖女」と呼ぶ。

 聖女は国を支える逸材とされ、1世代に1人いればいいくらいの貴重な存在。

 平民として暮らしていたセレアナの才能を見出し、自らの伴侶と決めたデルバイスの功績は大きく評価された。前例と慣習をひっくり返すほどに。


 シャーロットも多くの貴族と同様に、魔力の素質を持つ。けれども精霊との交信能力はない。

 魔力自体もごく平凡な量で、自慢できるようなものではなかった。


 貴族から平民まで、皆の心がデルバイスとセレアナに傾きかけたところで、決定的な出来事があった。

 自分の立場を危ぶんだシャーロットが、セレアナの命を狙ったというのである。

 シャーロットは罪を否定した。


「私がやったのは、せいぜいが嫌がらせ程度のことですわ! 勉学用の教科書を隠したり、舞踏会のドレスを汚したり、子供のいたずらのようなものです。平民ごときが大きな顔をするのが許せなかったのです。

 でも、命を狙うなんてしていません! 階段から突き落としたのではなく、廊下でちょっとドレスの裾を踏んでやっただけですの!」


 彼女の弁解はセレアナに味方する人々の怒りを買った。言い訳にしても幼稚すぎる、と。

 たとえ命を狙ったのが本当に誤解だったとしても、こんな女を未来の王妃に据えるなど、国の恥である。

 対してセレアナはこう言った。


「シャーロット様のなさったことは、私、ちっとも気にしていません。教科書がなくても勉強はできます。ドレスが汚れてしまっても、工夫次第できれいな装いができるんですよ。ましてや私の命を狙うなど、シャーロット様がそんなことをするわけありません」


 セレアナの微笑みに皆が熱狂し、シャーロットへの風当たりは強くなる一方だった。

 エゼル王太子が無気力で、事態の解決を行おうとしなかったのも酷評された。怠慢な性質は国王にふさわしくないと。

 シャーロットの実家であるデルウィン侯爵家でさえ庇えないほど、事態は悪化した。

 もしくは侯爵家は、娘1人を切り捨てることで家を守る道を選んだのかもしれない。

 王宮では貴族たちが第一王子派と第二王子派に分かれて争い、ほどなく決着がついた。第二王子派が当然のように勝利したのだ。


 結果。


 第一王子は王太子の資格を剥奪されて、辺境の地に領地を与えられ、移動を命じられて。

 シャーロットは元・王太子と強制的に婚姻の儀を上げさせられた上で、妻として彼に同行することとなった。


 やっかい者2人がまとめて王都を追放されたのである。


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