第12話

「残念ながら、マリアントは悪い獣人に攫われてしまいましてな……」


そう切り出したのはアールグレイ・ダイモンド侯爵。疲れ切った顔をしながら、娘見たさに尋ねてきたアッサム・ハイデリッヒ侯爵に向けてそう告げた。


「ぐぬぬ……やはり獣人!私の嫁を攫うとはなんたる暴挙!いまいましい!やはり獣人なんぞ全て首輪をつけてしまえばいいのだ!」


ハイデリッヒはその醜い顔をゆがませていた。

この国では一応は獣人への人権は認めていた。しかしその身分は低く、肉体労働に従事していたり、女性は愛玩用として不遇に扱われることも多い。難癖をつけられ奴隷に落とされることも多いのだ。

ハイデリッヒは言う首輪、というのは奴隷になる際に施される首への奴隷紋と呼ばれる魔法の印のことであろう。そもそもジロたちは獣人ではなく魔物である。だがそんなことは知らぬ二人は話し続けていた。


「ハイデリッヒ殿の見初められたのは、ロズエリアではなく妹のマリアントでしょう。ロズエリアは残念ながら皇太子様へ嫁ぐことがきまっておりますので、マリアントであれば本当に光栄なことでしたが……残念なことですな……」

「そうであったか……あいわかった!この件はワシがしっかりと解決してみせようぞ!」


ハイデリッヒは拳を握り締め、鼻息荒くダイモンドに宣言した。


「おお!さすがはハイデリッヒ殿!娘を救い出した暁には……よろしくお願いします」

「まかせておけ!ダイモンド殿は軍を預かる身……私兵は雇えませんし、お嬢様を助けようとさぞや苦労されたのでしょう!かならずワシが……お助けしますよ!そして……ぐふっぐふふふふ!」


口に手を添え、醜く笑うハイデリッヒ。ダイモンドとは違い、抱える私兵の数は多い。きっと持てる力を総動員してあの森へ突撃するのであろう。ハイデリッヒとはそういう男だ。

それでこの男の力が少しでもそがれれば……その反面、万が一にも無事マリアントを持ち帰ることになればそれはそれ……精々利用させてもらおう。そうダイモンドは画策する。


その後、この二人は王家に対する不平不満を肴に、時間の許す限り酒とつまみを胃に流し込んでいくのであった。


◆◇◆◇◆


「そこにカーテンみたいに作ってほしいです」

「うむ。こんな感じで良いかのう?」

「すごい!モモさん最高です!」


私は今、洞窟の少し離れた川の横でみんなそろって作業していた。


最初はレオの土魔法で川の横に穴を掘る。ジロとコガネさん、クロがどんどん石を運んでは深く掘った地面に置いて行く。丁度60センチぐらいにしたところで穴の縁にも手ごろな石を並べてもらった。

そしてレオが強い魔力をこめて土を操作すると、石の隙間を綺麗に埋める固いセメントのようなものに変化していた。何それ凄い。


その後は川から水を流す道を作る。穴の中には川の水がジャブジャブと流れ込んできた。そして程よい量になると、用意していた板を川の入り口付近にはめると、川からの流れは止まる。

そしてモモさんにお願いしてその場を囲むように木がにょきにょき。細い木が密度高めでのびると、枝と枝が絡み合った完全な壁へと変わっていく。おしゃれ。入り口部分に開けた穴には、木の弦を伸ばしてもらった。暖簾みたい。

さらに暖簾もどきの内側に、衝立のように木の壁を伸ばしてもらった。


クロが風魔法で切り出した木の板を、その水の周りに並べる。切断面がつるつるでほんと綺麗に研磨したようだった。それが水が入っていない床にバシバシとならべられ、そしてその上には厚手に編んでもらった布を敷く。


そして遂に完成。もちろん作っていたのはお風呂である。


こっちで生活するようになって、3~5日おきぐらいに川に入って体を清めていた。しかし男性陣も増えたのでいっそ露天風呂的なものを作ってみようかと相談していたのだ。こんな大規模になるとは思ってなかったのだが……


完成したお風呂の水にジロが手を付けると、そこからゴウゴウと音を立てて炎が上がった。すぐに水全体から湯気があがる。


「これぐらいでいい?」


そういうジロの言葉に私は水に指をいれ、満面の笑みでジロにサムズアップした。


「では、ワラワたちからじゃの!オスどもはさっさと出るのじゃ!」


そう言って少し興奮したモモさんが男性陣を追い出し、すぐに身に纏っていた着物のような服をぬぐと、ざぶんと湯に飛び込んで恍惚の表情を浮かべていた。ちょっと色っぽすぎて困る。

私も、隠れるようにいそいそと服を脱ぐと、軽く手でかけ湯をしてから中に入る……あたたかなお湯がこんなにも気持ちが良いものか……思わず涙が出てきた。この世界で初めての湯舟。

貴族であった屋敷には多分あったかもしれない。でも私はそれを知らない。実に12年以上ぶりでの入浴に流れる涙を、両手で湯をすくってかけ流し誤魔化した。


「はー気持ちいいー」

「ほんにのう」


縁の岩にもたれ掛かりながら、モモさんと温かさを堪能した私は、思わず「これでお盆にのせたジュースでもあれば最高だよね」と口走ってしまった。モモさんの耳がぴくりと動く。


「コガネ!酒じゃ!酒がのみたい!」

「あっちょっと……」


私がモモさんの口をふさごうと手を上げたのだが、外からは「今もっていってやろう」という返事が返ってきたので、慌てて少し浮かせていた体を湯に深く沈ませた。

そして数分後、入り口から見えなくなっている衝立横に、お盆として使っている丸く整えられた板の上に置かれた状態で、飲み物を入れる器が二つと果物がはいった篭が置かれた。こちら側には入ってこない配慮が嬉しい。


モモさんがざぶんと音を立てて上がると、そのお盆を嬉しそうにもって湯に戻ってきた。お盆をそっと浮かべ、自分の分であろうお酒をちびちびと飲み始め、また艶っぽいため息をついていた。

私も果汁は入っているであろうその器を傾け飲み始める。中にはコガネさんが作ったであろう氷が浮かんでいた。幸せ。

そして私がふいに動いた小波で、バランスを崩したお盆が傾き、果物がお湯に落ちたところで、私だけあせって大騒ぎしたところまでがテンプレのようだった。今後のことも考え、お湯に浮かべる用のお盆か何かが必要か、と思案することになった。


その後、男性陣が入れ替わりで入ると、ワイワイガヤガヤと騒いでいたが、最後はジロがどこまで我慢できるかと温度を上げ、最終的にのぼせたレオを見てコガネさんが湯を氷に変えてまたひと騒ぎ、と色々あったようだ。

その頃には、私は温まった体で布団に入り夢の中にいたようで、翌日モモさんからその話をきいて、朝からひとり大笑いしていた。


実家の呪縛が解けた私は、幸せな毎日を噛み締めていた。

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