第30話 決戦前夜

 『オーディン』の事務所内。

 ソファに座ったジョージ・P。


「ついに明日ですね」


 正面に座っているセシリアに向かうような自分の内部に向かうような。

 そんな大きさで呟く。


「はい」


 対してセシリアの声は固く。強い。


「気合、はいってますね」


 緊張。

 それを気合と表現する。


「……ちょっとはいりすぎかもしれません。きっと緊張してます」


 セシリア本人もそれをわかっている。

 自分の体に認識させるように言葉を正す。


「それは仕方ないですよ。今は固くなっていても、本番までにほぐれればいいんですから」


「ほぐれますか?」


 ほんとですかあ?


「ほぐれますよ。セシリアさんってオーディションとかでもはじまるまでは緊張してますけど、はじまってからはスッと抜けてるじゃないですか? 今回もきっとそうなると俺は思ってますよ」


 決して長い期間ではないが、ずっと見続けてきた自社のアイドル。

 それくらいの事はわかります。

 と言外に伝えてくる。


「自分では気づいてませんでしたけど。でも……言われてみると、確かにそれは……そうかもしれません」


「でしょう? だからきっとセシリアさんの緊張はいい緊張で、それがきっと必要なんですよ」


 必要。

 セシリアの緊張までも認めてくれるその言葉が腑に落ちる。


「必要な緊張か……そっか、そうですね。ジョージ・Pありがとうございます!」


「いえいえ、これもPの役割ですからね。さてPの役割といえばのステータスチェックも行っておきましょうか」


「はい! お願いします! ステータスオープン!」


 その声からは少し肩の力が抜けていた。


—————————————————————

名前:セシリア・ローズ

職業:アイドル

ウェポン:ファンサ(+81491)

スキル:布教、なれ果てからの喝采、ファンファンネル

SING:★ ★ ★ ★ ☆

DANCE:★ ★ ★ ★ ☆

BEAUTY:★ ★ ★ ★ ★

BATTLE:★ ★ ★

自己肯定:HALF

—————————————————————


 ジョージ・Pは手元のパネルを見ながら感嘆する。


「また成長しましたね」


「ありがとうございます!」


 シンプルな褒め言葉にシンプルにお礼が出る。


「自己肯定の&HALFがとれてるのは疑う心がなくなったって事でしょうか?」


「だと、思います。最近、というより前にジョージ・Pに褒めてもらった時から少なくとも自分を疑う気持ちが消えました。自分でいいのか? 自分はやれているのか? 自分は期待されるに値するのか? そんな気持ちが全部消えました。逆に、自分がいいと言ってくれる人間に応えようと。自分がやれていると思うまでやろうと。自分が期待されている以上に魅せようと。そんな風に思えるようになりました」


「それでもHALFなんですね」


 まだ全てを認められていない。

 白星がそれを物語っている。


「どうしても足りてないって気持ちは消えないです。なんというか。どうにも半分くらい足りてないというか……よくわからないんですよね」


 自分でも自分を認められるようになってきたと。

 セシリア本人もそう思っている。

 でもこのHALFはそれとは違うと感じている。


「……セシリアさんらしい向上心と捉えるべきでしょうかね?」


「向上心か……そうかもしれませんね」


 向上心。

 しっくりとくる言葉ではないが、それをここで考えても結論の出る問題ではない。


「どうであれ、このステータスであれば決勝戦までは問題ないと思ってます」


 ジョージ・Pもセシリアの態度からそれを感じて、一旦この話題から離れる。

 いう通り、このステータスでも決勝まで進む事に問題はないからだ。


「決勝戦……やっぱり先輩が上がってきますよね?」


 問題は。


「……と、思います。サリー・プライドは全盛期のモリー・マッスルに何もさせなかった実力者。彼女の能力にブランクはそれほど関係しませんし、むしろ女優として大成したいま、さらに強化されている可能性が高いです」


「あ! いま! 能力のヒント出しましたね!? だめ! だめですよ!」


 ジョージ・Pの言葉から敏感にヒントの匂いを感じとり、必死でそれを止める。


「いやいや! 出してませんって! というかむしろヒントというか相手の能力を知ってて説明して対策しない陣営なんてないですよ?」


 全てを知っているジョージ・Pがついているのだ。

 普通は全ての能力に対して対策をとる。


「ぶぶーだめですー! サリー先輩とは正々堂々フラットな状態で勝ちたいんです!」


 しかしセシリアは徹底的にフェアな勝負にこだわった。

 ポッとでアイドルの自分の能力などサリーは知るはずもない。だったら自分もサリーの能力を知るべきではない。

 そう言い張るのである。


「そんな事言ってもサリー・プライドは、セシリアさんのいない事務所にきて敵情視察して帰るような事してるんですよ? セシリアさんもそれくらい狡猾であるべきですって」


 なんとかセシリア有利に進めたい思いから余計な言葉が漏れる。


「サリー先輩がここにきてたんですか!?」


「……っあ」


 ジョージ・Pらしくない素直な表情。


「なんですかそのマズいみたいな顔はぁ?」


 いつも隙のない笑顔が貼り付いている事務所社長の素直な表情にセシリアの悪戯心に火が灯る。


「いえいえ全くマズくないですよ」


 すぐに貼りついた笑顔に戻す。


「んー怪しいなあ。さてはサリー先輩の色仕掛けで私の情報漏らしましたねえ?」


 が。

 悪戯心は止まらない。


「そ、そんな事! 俺がするわけないじゃないですか!」


 取り繕った笑顔はすぐに崩れる。

 さすがにハニートラップを疑われては明日のアイドルバトルに影響が出てしまう。


「ふふふ。そんなにムキにならなくても大丈夫です。冗談ですから。私はジョージ・Pがそんな事をしない人間だって信用してますよ」


 そんな慌てた様子を見て、セシリアはスッと引く。


「ふー。もうやめてくださいよ。対戦前日にこんな事で揉めたらと思ってヒヤヒヤしました」


 冗談だと言われ一安心する。

 そんなジョージ・Pにセシリアは今までの様子から、サリー・プライドに対して思っていた事を口にする。


「たぶん、サリー先輩が来たのは敵情視察なんかじゃないですよ」


「ん? でも本人がそう言ってましたよ?」


 女の言葉をこんなにも素直に捉えるジョージ・P。

 セシリアの言葉ならその裏にある真意まで察してくれるこの男がポンコツになってしまう理由も大体わかっている。


「でも、私のことなんてこれぽちも聞かなかったでしょう?」


「そうですね」


 そうでしょうね。

 と首肯。


「サリー先輩はきっとジョージ・Pに会いに来たんですよ」


「はい?」


 こんなおとぼけフェイスのジョージ・Pは滅多に見れない。


「楽屋挨拶の時もきっとそう」


「いやいや、待ってください」


 とぼけてばかりじゃいられない。

 必死で言葉を止めようとするが、セシリアは止まらない。


「私、思うんですよ。サリー先輩がジョージ・Pを見る目とジョージ・Pがサリー先輩を見る目が似てるなって。それに気づいた時にこの二人はお互いを思いあっているって気づいたんです」


 楽屋での二人の会話に置き去りにされている間。

 実はセシリアはずっと二人を見ていた。

 敵対的な言葉のやりとりではあるが、目には優しさがこもっていた。

 ちなみに自分を見る目はガチだった。


「それは勘違いですよ。俺はサリー・プライドの事を見捨てた元プロデューサーで、彼女は俺を捨てて事務所を移籍したアイドル。そういう関係です」


「それは表面の話でしょう? 私は表の事情しか知らないですけど、ジョージ・Pが所属しているアイドルを見捨てることなんてないと思うんです。ジョージ・Pは担当アイドルを見捨てたり、切り捨てたりします?」


 答えは。

 知っていて聞いている。


「女神に誓ってしませんね。俺がアイドルをプロデュースするからにはその女性の人生に最後まで付き合う覚悟でやってますから!」


「ですよね。コーンカフェの活動なんかを見ると絶対に担当アイドルを裏切ったり見捨てたりなんてしない人間だってわかりますもん」


「なんですか? 今日は俺を褒めるターンですか? ちょっとでもセシリアさんの事を誉めさせてくださいよ」


「ふふふ、だーめです」


 お口の前で作るバツマーク。

 自社のアイドルながら可愛すぎると見とれてしまう。

 そのままたっぷり十秒ほど見とれてから、ふとジョージ・Pは気づいた。


「って! 明日の対策を立ててるんですよ! 俺の話をしてる場合じゃありません!」


 そこからセシリアの睡眠時間までたっぷりと対戦相手の対策を立てたのだった。

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