第29話 侍はお姉さまで絶頂する

 閉店後のコーンカフェ。

 他の元アイドルたちは帰宅し、セシリア、ママ、サクラの三人でクローズ作業を行なっていた。


「今日も忙しかったですね、ママ」


 テーブルをダスターで拭きながら、セシリアがママに話しかける。


「あんたさあ、そろそろアイドルバトルだってのに店に入ってて大丈夫なのかい?」


 レジ締めをしているママが心配そうに顔を上げる。


「大丈夫ですよ! モリーさんの所で調整はバッチリだってお墨付きをいただいてますし、何より普通に普段通りに生活していた方がリズムが崩れませんから」


 むっきりとモリー・マッスルのポーズをキメる。

 かわいい。と思ってしまうママの欲目である。


「そういうもんかねえ? まあ応援してるからがんばんなよ」


 ごまかすように視線をレジに戻す。


「ありがとうございます!」


「しかし本当にアイドルバトルに出場できるとはね」


 レジに明日の釣り銭分を残し、売上をケースにしまうと、それを持って金庫に向かう途中で足を止め、テーブルを拭くセシリアの臀部を眺めながら感慨深げにつぶやく。

 そんなママの言葉に、セシリアはテーブルを拭く手を止めて振り返る。


「ふふふ。はじめてあった時は帰らされそうになりましたね。あの時帰らなくてよかったです」


 テーブルに軽く寄りかかり、卓面に両手を置いて、ゆったりとママを見ている。


「そりゃあたしのセリフだね。あんたが帰らなくてよかったよ。ほんとにここまで成長するとはねえ」


「ほんとだよね。こんなにセシリアが綺麗になるなんて思ってなかったもん」


 ママがしげしげとセシリアを眺めていると、いつの間にかキッチンの片付けを終えたサクラも隣にやってきて、同意しながらママに倣って上から下までセシリアを眺める。


「最近、全身から光を放ってない? 電球でも仕込んでんの?」


 それは年末歌合戦の大トリ。


「そうだねえ。所作から香りが立ってるものねえ。どこかで燻製でもされてるのかい?」


 それは家系ラーメンのチャーシュー。


「ほら褒めると、はにかんだ笑顔ですうぐ人懐っこさ出してくる!」


 ここで冷たそうに見える欠点は裏返って長所になる。

 親子が言うように、出会った時から全てが磨かれ洗練されていた。


「ママ! サクラさんまで! またそんなにほめてきて! もうっ……私特製のオムレツ食べます?」


「バカだねあんた。店の材料使ったオムライス出されてもあたしは嬉しかないよ! ただのまかないじゃないか」


「毎日食べてるもんね」


 確かに。と三人で笑いあっている所。

 店の扉が悲鳴をあげて大きく開き、そこへスライディング土下座で飛び込んでくる人影。


「セシリアお姉様に! お詫びに参ったのです!」


 詫びてるのは見たらわかる。

 詫びているのはレディー・ムサシ。

 セシリアもサクラも呆気にとられている中、ママだけは土下座するムサシにツカツカと近づき、手に持ったハリセンでムサシの頭を思い切り叩いた。


 いい音がした。


「閉店だよ! 帰んな!」


 怒号と共に手に持つハリセンは、最近、三銃士を叩くたびに手につく油が嫌になったため店に常備するようになったものである。

 すでに打面が若干黄ばんでいる。

 叩かれた事に驚き顔を上げるムサシ。

 肩にハリセン担いだママの顔を見つめる。


「ママ! いい所にいらっしゃった! 拙者今から切腹して詫びるので、介錯をお願いするのです!」


 顔をあげるも、なお土下座した状態でムサシが物騒な事を叫んでいる。


「いやだよ。店が汚れるじゃないか。死にたきゃスラムにでも行って勝手に死にな」


 ママは冷静にそれを拒否する。


「ちょっとママ! なんて事を? ムサシさんもちょっとまって! 私は貴女が何を謝っているのかわからないの」


 土下座するムサシのかたわらにかがみ込むセシリア。

 コーンカフェの制服はミニスカートであり、かがむ事で太ももが露わになる。

 太ももとムサシの視線の高さがほぼ同じになり、その視線がスカートの中とセシリアの顔を行ったり来たりしている事にセシリアは気づかない。


「命の恩人たるセシリアお姉様の覇道を邪魔する路傍の石はもう死して詫びるしかないのです!」


 さすがに謝罪をしている時にはきちりとセシリアの目を見つめている。


「ごめんなさい。ムサシさん、説明されてもちょっと意味がわからないわ」


「ほんと意味わかんないよねえ」


 セシリアとサクラで顔を見合わせる。


「あー。セシリア。あたしにはわかったよ」


「わかるの!? ママ!」


「さすがママ!」


 さすママ。


「そのノリやめな!」


 さすママはお嫌らしい。

 へへへと笑う実の娘とかわいい従業員を少し睨んでから話を続ける。


「あーんと。多分ね。この娘はセシリアと同タイミングでアイドルバトルに出場する事を詫びてるんだよ。海ではじめてあった時もそこらへん気にしてたしね」


 あの日、同じようなフォローをしてやった事をママは思い出していた。


「そうなのです! ママのいう通りなのです! アイドルバトル優勝はお姉様の夢だと聞いていたのに! 今年出場したらどうしても邪魔する形になってしまうからと! 今年は出たくないとドンに何度も嘆願したのですが! ぷろもーしょんの都合上でない選択肢はないなどと言うのです。会社の人間はどいつもこいつもびじねすびじねすと世迷言を言ってくるのです。最終手段でアイドルバトルに出すくらいなら、くっ……ころせっっ! を持ち出したのですが、それを動画に撮って配信する始末……」


「あーそれ見たわー。リアル侍をくっころさせてみた。ってやつでしょ?」


「……恥ずかしい。くっ……ころせ」


 再生回数が結構回っているのである。

 『クルーズ』ではムサシに関して少し変わったプロモーションをとっているらしく、それも彼女の人気を博す一因となっているようだった。


「今の土下座とくっころも動画撮っていい? こないだ三馬鹿が機材持ってきてくれたのがまだあるのよ。リアル侍が土下座してくっころしてる件。ってタイトルでよくない?」


「……くっ、動画は、事務所に怒られるので勘弁してほしいのですよ」


「バカだねえあんたら」


 呆れるママ。

 その横からセシリアが土下座するムサシの肩に手をかける。


「ムサシさん、まずは土下座をやめて。ね」


 その声におずおずと腰を上げるムサシ。

 それににっこりと微笑みかけるセシリア。


「……お姉様」


「私、ムサシさんに謝られる理由がわからない位にアイドルバトルに関して怒ってないの。むしろムサシさんと一緒に切磋琢磨できて嬉しいくらいよ」


「ぐうう、お姉様ぁ……」


 切長の目から、ぼろぼろと大粒の涙が溢れる。


「泣かないでムサシさん。ほら立ち上がって、綺麗な着物が汚れてしまうわ」


 セシリアは立ち上がり、大きく手を広げて泣いてるムサシを迎え入れる。


「ほら、おいで」


「お姉様、ああお姉様、お姉様!」


 五七五のリズムで、静かに立ち上がり、誘われるように、聖母セシリアに抱きつくムサシ。


「もうムサシさんは甘えん坊ね」


 抱きついてきたムサシを抱きしめ頭を撫でる。


「お姉様の温もりが、お姉様の匂いが、全てが拙者を狂わせるのですううううう! はあああああああ」


 もう。

 ムサシ絶頂である。


「ママ、この流れ、意味わかる?」


「さあねえ。日の国の風習なんじゃないかい?」


 日の国に対して誤解が生まれた夜だった。

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