第16話 Versus・後編

「うわ。ひどすぎでしょ」


 校庭に着いた唯斗ゆいとはヤコウ魔獣によって壊された風景を見て、悲痛の声を漏らした。


 校門から生徒玄関にかけてある、学園自慢の花壇は踏み潰され、跡形も無い。

 中央で綺麗な放物線を描いていた噴水も、空に向かって一直線に水飛沫を上げて地面に大きな水たまりを作る機械に成り下がってしまった。

 また氷雨ひさめの働きによって、避難を呼びかける校内放送が流れているものの、辺りには今も逃げ惑う人々で場は混乱していた。


「こうならないよう、常に警戒は怠っていなかったのだが、それも今となっては言い訳に過ぎないな。ここは素直に我々、生徒会の非を認め、まずは救助に努めよう。

 ──さて。対策治療課。少しいいか」


 ほまれは一呼吸置くと、後ろを振り返って挑戦的な眼差しで彼等を見つめた。


「何ですか。こんな大変な時に」


 怪訝そうな顔をする唯斗は、彼女をジッと見つめ返す。

 すると、誉は反抗期の子供を相手にするかのように、どこか微笑ましそうな表情をしながら唯斗を宥めた。


「そう突っかかるな。こういった困難に見舞われた時こそ、共に戦おうじゃないか。

 ──但し、あくまで勝負として」


 ニヤッとした誉を見て彼女が言いたいことを瞬時に理解したなぎさは、片手を腰に当てて溜め息をついた。

 唯斗は、まだそこまでの考えに至っていなかったようで相変わらず警戒する姿勢を取っている。


「勝利の条件は、根源となっているヤコウ魔獣を治療した者が所属するチームとする。

 尚、同時攻撃などによって両者の決着が付かない場合は、司令部の現場検証をもって勝敗を付ける。これで、どうだ」


 腕組みをした誉は、唯斗達を試すような視線で見つめてきた。

 しかし、それを跳ね除けるように唯斗は、また1歩彼女の前に進み、表情を強張らせながらも堂々と宣言した。


「いいよ。先に言っとくけど、終わってから『今のは無し! もう1回!』って、ギャンギャン泣いても知らないからね」


「……フッ。笑わせてくれるな。そっちこそ今の発言、後悔するなよ」


 2人は互いに睨み付けると、唯斗は威嚇するような声を漏らし、誉は余裕の笑みを浮かべていた。

 さらに周辺には誉が炎魔法を得意とし、敵対心を燃やしているからなのか、ジリジリとした熱気を感じる。

 このままでは相手のペースに持っていかれる。そう思った唯斗は、誉から目を離さずに後退して、凪に話しかけた。

 

「凪。絶対に勝とうね。打倒、生徒会。律ちゃんを取り戻すんだ。エイ・エイ・オ〜!」


 唯斗は凪と共に気合いを入れるのかと思ったが、くるりと体の向きを変えると、その場から一目散に駆け出した。

 その様子を眺めていた凪は額に滲む汗を片手で拭って、ハァとため息をつくと、無言で彼の後を着いていった。

 どんどん小さくなっていく彼等の後ろ姿を眺める誉。ついに腕組みを解くと、隣を見た。


「私達も負けていられないな」


 誉は言い終わると同時に背中に仕舞っていた長杖を取り出して、強く握る。


「えぇ。彼等の負け惜しみは後でたっぷりと聞かせて貰うとして、ここからは俺達の強さを見せつけましょう」


 同じように長杖を手にした一騎いつきは、いつでも攻撃出来る姿勢に切り替える。

 そして、誉は杖先を今も暴れているヤコウ魔獣がいる方向に振り翳し、狙いを定めるようにピタッと止めて、声を張り上げた。


「只今より、貴様らを排除する」


 そう宣言した誉は、かつて唯斗がショッピングエリアで戦っていた時のように、2人で長杖の先を空に突き出すように掲げた。

 そして、軽くアイコンタクトをした2人は前を見据えながら、同時に告げる。


「「──幻想治療魔法、発動。

 『Absolute obedience-絶対服従-』」」


 誉と一騎の言葉と魔法が響いた瞬間、杖先から平行に広がった光は、時間を止めた。

 草木が風に靡くことは無く、逃げ惑っていた者もその場で固まる。無論、ヤコウ魔獣も動きを止めていた。

 その中で唯一、対象外の空からやって来た烏が近くの切り株に停まる。カァカァと鳴いてから暫くして異変に気づいたのか、直ぐに何処へ飛んで行ってしまった。


 (これ、一体どうなってるの?)


 一方、唯斗は地面を蹴った足を浮かせ、前傾姿勢のまま動けずにいた。それだけで無い。今まで、どうやって体を動かしていたのか何度考えても分からないのだ。


 (……思考が、奪われていく。それだけは、分かる、が、どう、すれば、いい)


 同じくして動けなくなった凪は、何とか魔法を使えないかと魔力を集中させるが、溜まる前に空中に分散されてしまう。

 

「無駄な抵抗はよせ。お前、死ぬぞ」


 いつの間にか彼の背後を取っていた一騎が鋭い声で告げた。

 真剣な声色で告げられた言葉は、彼等の行動を萎縮させる以前に、脳にやけに響き、体を動かす信号を送ることは不可能に等しい。

 すると、共に背後にいた誉が、さも当たり前かのように淡々と告げた。


「一騎が言っていることは一応、的を得ているから聞いておいた方がいいぞ。

 まあ、そもそも実際に私達に反抗するような行動を検知した瞬間、その者の心臓が吹き飛ぶからな」


 その言葉は今後の身の振り方を考える上では重要な情報であり、唯斗と凪にとっては余りにも残酷だった。


 誉と一騎に歯向かったら、死ぬ。


 正確には誉と一騎の魔力を合算し、それを上回る者しか動くことは許されず、少しでも反抗すれば心臓を爆散させるという魔法だが、彼女らが語った言葉だけで死に直結することを連想させるには十分だった。


 すっかり戦意喪失した凪の側に一騎は冷ややかな目つきで近付いてくる。そして、耳元に自身の唇を近付け、小さく何かを呟いた。

 その瞬間、凪の瞼がピクリと動き、心を大きく揺さぶられる。しかし、心は動いても体は相変わらず動くことは出来ない。

 また、誉も唯斗の横を通り過ぎようとした時、今度は唯斗と凪に聞こえるような声量で、はっきりと告げた。


「残念だったな。勝利は私達が頂く」


 すれ違った瞬間、僅かに見えた笑みは唯斗らにとっては、只々ただただ薄気味悪いものだった。


 そのまま彼女達が悠々と闊歩していった先には、今にも動き出しそうな2体のヤコウ魔獣の姿があった。

 馬のように四足の脚を持ち、空中で前脚を上げて止まっている姿は実に滑稽だが、これが動き出して垂直に振り落とされれば、ただでは済まないだろう。


 そして凪の推測が正しければ、このどちらかが大量発生の根源だ。


 誉は、とある1体の前で立ち止まった。それは隣にいるヤコウ魔獣よりも明らかに体を震わせていて、放たれる邪は劣ることを知らない。

 しかし、誉は怪物の前にしても臆すること無く、朗らかな顔で告げた。


「ほんっっっとうに弱いな、貴様は。まさか、これがヤコウ魔獣の悍ましい力だと言いたいのか。それとも、この程度で学園が揺らぐとでも思ったか?

 ならば今、貴様が置かれている状況を見てみろ。あぁ、すまない。十分に見れる程、動けなかったな。

 ……どうした? 悔しいなら私を攻撃してみろ。ほら」


 誉は両手を広げても尚、挑発するような言葉を次々と投げかける。

 いよいよ怒りが頂点に達したヤコウ魔獣は、雄叫びを上げながら、勢いよく前脚を振り下ろした。が、彼女の頭上でその動きはピタリと止まった。


 一瞬、巨大な心臓がドクンと鳴り、ヤコウ魔獣の体温は異常な変動を繰り返す。まるで灼熱の太陽に焼かれ、真冬の海で溺れているかのような感覚が交互に押し寄せる。

 どのくらい続いたのだろう。ついに体の機能は壊れて、耐え切れなくなった体は突如、心臓部を中心に十字の形に爆散した。


 飛び散る様子は未成年が使う魔法にしては、余りにもグロテスクな光景であった。ただ、その体から出るのが血液では無く、魔力が籠った黒い残滓だったことが罪悪感を消す唯一の救いだった。


 誉が慣れたように服に付着した残滓をサッと払えば、鈍く煌めいた物は新たな光を求めるように天に昇っていった。

 それと同時に奴の隣にいた、もう1体と小型で複数いたヤコウ魔獣も粒子となり、まるで幻だったかのように消えていた。


 一騎は、いつでも彼女をサポート出来るように密かに溜めていた魔力を少しずつ鎮めていく。

 誉も目線はヤコウ魔獣がいた方向に向けたまま、広げていた手を下ろすと体を脱力させた。その様子を見ていた一騎は、彼女の隣に歩みを進める。


「誉様。今の内に被害場所の確認と修復を済ませましょう」


 誉は感傷に浸るように目を閉じる。名ばかりのお悔やみの言葉と少しの感謝を込めて。

 数十秒間に渡る彼女なりの黙祷を終えると、ゆっくりと目を開けた。

 

「あぁ。そうだな。

 ──律。君も協力してくれないか」


 大声で呼ばれた相手は、止まった世界の中で音も無く現れた。

 勿論、魔法の効力は効いたままだ。それでも律が動ける理由。


 それは、神倉律が特別な少女であるからだ。


「……承知いたしました」


 急に呼ばれたにも関わらず、落ち着いた雰囲気を纏う律は相変わらず堅苦しい返事を返す。

 その言葉を聞いた一騎は自身の端末を取り出し、律に近付いた。


「情報も共有してくれ。今後に活かす」


 知らない訳が無いだろう、と言わんばかりに言葉で催促された律は、渋々所持していた端末を取り出すと、数回タップしてから送信ボタンを押した。瞬時に一騎の端末が震え、送信された内容をスクロールして確認する。

 その後、誉も律の元に合流し、何度か、やり取りを重ねる。方針も固まったようで暫くして3人は歩き出した。


 しかし、時は止まったままだ。


 唯斗と凪は薄れていく意識の中、反抗する術も思い付かず、律が遠ざかっていく姿を見届けることしか出来なかった。


*****


「ぐ、や゛、じ、い゛ーーー」


 やっと動けるようになった唯斗は、お世辞にも可愛いとは言えない声で泣き喚いていた。

 その傍らで凪は、動けることを確かめるように腕や肩、脚を回しつつ、顔には苛立ちを滲ませていた。

 そんな2人を見た誉は、思わずニヤニヤとした様子で笑うと、わざとらしくコホン、と咳払いをして言った。


「だから言ったじゃないか。後悔するなよ、と。それでは、約束通りに律は私の……」


「これは、これは。話を聞いて駆けつけてみれば、随分と派手に暴れてくれたな。君達は」


 コツン、コツン、と杖で規則的な音を鳴らし、近付いてくる声。のんびりとしているが、言葉の端々には威厳を感じさせる。

 振り返るとそこには、彼女自身よりも大きな三角形の帽子を被り、真っ黒なローブを羽織る魔女。不知火しらぬい あかしが立っていた。


「灯お婆様」


 大きく目を見開きながら灯の名前を呟いた彼女には一切目もくれず、ゆったりとした歩みは律の目の前で止まった。


「神倉律、大事はないか」


「は、はい。私は殆ど治療には関わっていないので。今回の件に関しては対策治療課というより、会長と副会長のお手柄ですから」


「そうか……君」 


 鋭く呼ばれた声に悲痛な面持ちであった誉はビクリと肩を震わせて、表情を引き締める。


「この場を治めてくれたこと、感謝する。が、律の件に関して。今日の所は勘弁してくれ」


「し、しかし、あれは書類も交わした正式な決闘で」


「そんな学校の紙切れ1枚、我の権力と比べたらどうってこと無い。

 ──本当は君も分かっているだろう。彼女が、神倉律が如何いかに稀有であり、重要な存在であるかを」


 この国の頂点に立つ者として、灯はその力を見せつける。しかし、あくまで平和的解決を望むように丁寧に説いてくる彼女には、誉も簡単には引き下がれない。


「えぇ。理解しているからこそ、律は生徒会に、学園に必要だと言っているのです。

 それに手本となる大魔法使いの私が居る。だから、ここを選んだ方が良いに決まっています」


 誉は頭に思い付く限りの理由を並べて、彼女に必死に対抗するが、灯は至って冷静な態度で反論をぶつけてきた。


「いや。それは違うな。きょくには同世代である唯斗や凪もいる。実戦経験も山のように積めるだろう。ここよりは、よっぽどマシだ。

 それ故。いい加減、律のことは諦めろ。君はもう充分、律が居なくても強い。一騎もいるだろ」


「そんな事ない!」


 誉は即座に灯が言ってきた言葉を強く否定した。少し震える声を隠すように、彼女は言葉を続ける。


「だって、灯お婆様は一度も私の名前を呼んでくれたことが無いじゃないですか。未来から来たとしても、私は貴方の身内だというのに。

 やっぱり、貴方は私を認めてはいない」


 とめどない感情と静かに語られる言葉、何より、誉のゆらゆらと燃える炎の奥から覗く冷徹な目は、灯が紡ぐ言葉を動揺させた。


「それは……」


「もういいです。必ず、私は貴方に認めて貰えるような魔女になります」


 灯の話を遮った誉は、ずっと2人のことを傍観していた唯斗達がいる方向に目を向けた。


「対策治療課。また改めて、勝負をしよう」


「う、うん」


「それでは。私は修復作業がありますので、お先に失礼いたします」


 灯に目を向けたまま、スッと姿勢を正して45度のお辞儀をする。直ぐに顔を上げた誉は校舎の方へと向かって歩いていく。一騎も、後を追いかけるように共にその場から立ち去った。


 嵐は去り、再び校庭に平穏が戻る。と言っても、所々ところどころはヤコウ魔獣によって壊されたままだ。


 これから、生徒会とトウキョウ魔法統制局の司令部を中心に生徒総出で修復作業が始まるが、そう時間は掛からないだろう。

 何故なら、ここは魔法育成に特化した学園。時間遡行は使えなくとも、彼等にはそれに匹敵する魔法がある。


 だからこそ、早くこの場を後にすべきなのだが、唯斗は目に涙を浮かべて、ズビズビと鼻を啜っていた。


「唯斗。いつまで泣いてる。ここは他の奴らに任せて、帰るぞ。君達には報告書を書いて貰わなければならないからな」


 面倒くさそうに話しかけた灯に対して、唯斗は励ましの言葉を貰った! と元気に変えて、涙を両手でゴシゴシと拭き取ると「よし、帰ろう」と言ってきた。

 凪はそれを見て安堵する一方、1つの懸念点が浮かんでいた。


「どーせ、お前のことだから『完敗して悔しいからリベンジしたい! それじゃあ特訓だ!』なんて言い出したりして……」


「さっすが、凪。分かってる〜。だって、嫌でしょ。このまま負けっぱなしなんて。

 だ・か・ら、僕たちは、もっっっと強くなる!」


 唯斗は最後に言った言葉と同時に拳を空高く突き出した。さっき言った僕には恐らく凪のことも含まれているのだろう、と思いつつ、律はその様子を眺めながら、口を開いた。


「あの。私でよければ特訓、いくらでも付き合いますよ」


 律からの魅力的な提案に唯斗は一瞬、目を輝かせた。


「ありがと。勿論、凪もやるよね?」


 少し上目遣いで、ねだるように見つめられた凪は気まずそうにそっぽを向いて「ハァー」と息を吐いた。


「……しゃーねーな。ま、俺もあんなにボロ負けしていい気はしてない。それに、アイツに言われたことも地味にムカつくし。

 やるよ。その、特訓ってヤツ」


 珍しく、やる気を見せた凪は、ゆっくり手を上げると唯斗が空に突き出していた拳にゴツンと合わせた。

 同時に顔を見合わせた唯斗の顔は嬉しそうに破顔していた。


「じゃあ、決まり。皆んなで本部に帰ったら、可愛い特訓スタートだ〜」


「えっ。可愛い特訓って一体何ですか⁈」


 唯斗の掛け声で本部に戻った対策治療課の面々は早速、天衣唯斗プレゼンツの可愛い特訓トレーニングを始めた。

 のだが、よっぽど悔しかったらしく、律が退社しても唯斗と凪だけで秘密の特訓は続いたのだった。







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※作者からのお知らせ

 第二章終了に伴い、設定の見直し及び加筆修正作業を行ないます。改訂版としてタイトルを変更し、執筆予定です。

 尚、現タイトルで公開済みの物を新タイトルに移行が完了次第、こちらは非公開となります。

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