第二章

第9話 生徒のお呼び出し

「ただいま〜。はぁー疲れた。やっぱり会議って、つまんない」


「お疲れ様です。唯斗ゆいと


「そっちもお疲れ〜って、また敬語使ってる。言ったじゃん。タメ語でいいよーって」


 唯斗は勢いよく開いた扉を前を向いたまま後ろ手で閉めながら、プクッと両頬を膨らませて抗議をする。


「すみません。まだ、慣れなくて」


 椅子に座るりつはしゅんとした顔で謝りの言葉を述べた。


 律の体調も順調に回復し、対策治療課で正式に働き始めてから、およそ1カ月が過ぎた。

 すっかり仕事にも慣れてきた律は即戦力として重宝され、忙しくも充実した日々を送っている。


「別に。本人がらくな方で話せばいいんじゃねぇの」


 相変わらずツンツンした態度のなぎさは今日の分の報告書を記入しながら、興味が無さそうな声色で喋る。


「それもそっかー。僕も今の僕が好きだから、このままで生きてるしね。

 でも、いつか聞きたいな。律ちゃんのタメ語で話すとこ。だって、その方が心からの友達って感じじゃん」


「そう、なのかな」


 律がぼそっと呟いた言葉に即座に反応し、唯斗がアッと口に出した瞬間、彼の執務机に置いてある受話器が鳴り響いた。


「唯斗。内線」


「も〜う。今いい所だったのに。はいはい」


 唯斗は仕方なく受話器を取って耳に当てると、感情が感じられない程の棒読みで話し始める。


「こちら対策治療課です。ご用件をどうぞー」


 軽く相槌をしながら律を一瞥した唯斗は再び数字が書かれた本体に視線を戻し、考える間も無く了承するような返事を返すと「はい。どうもー」と言って受話器を置いた。


「何の用だって?」


 聞き耳を立てながらも気にしない様子でペンを動かしていた凪は書類を書き上げ、隣の空箱に入れる。

 そして唯斗は彼の問いかけに対して、違う方向を見て淡々と答えた。


「律ちゃんにお客様だってー。ということで、隣の部屋に通しておいたから対応、宜しくね」


 ウインクをされ、共に告げられた名前を聞いて律は報告書作成の為に動いていた手をぴたりと止めてしまう。


 (……流石に、ここにいるのバレたか)


 寧ろ、よく持った方だ。と開き直った律はペンを置いて勢いよく椅子から立ち上がった。


 早速、研修中に唯斗に教えて貰ったことを実践すべく来客用のお茶の準備を始める。

 ティーポットを用意し、必要な分のティーカップを並べる。すると様子を見に来た唯斗がガチャ、と扉を開けた。


「もうすぐ来ると思うけど準備、大丈夫そうだね」


 テーブルの上にセットされた物を見て安堵の表情を見せた唯斗は「何かあったら呼んでね」と言い、姿を消す。


 準備が終わり、暫くソファに座っていると、扉をノックする音が聴こえた。


「失礼するよ」


 どうぞ、と言う前に問答無用で開かれた先には凛々しい顔で立つ女性の姿があった。

 そして、こちらに目をくれることなく彼女は歩みを進める。


 トウキョウ魔法育成学園の制服を完璧に着こなす彼女の胸元には学園のトップを示す証が部屋の明かりを反射して輝く。

 そのまま目線を上げれば誰かさんに似た真っ赤な瞳が律を射貫き、腰まで伸びる長髪はポニーテールにされているが、大きな黒のリボンが付くヘアゴムの効果でより可憐な印象を与えるだろう。


「そこ。座っても良いか」


 ソファーの付近まで来た女性は確認するように問いかけると、律も慌てた様子で席に案内する。


「は、はい。どうぞ、お掛け下さい」


 失礼、と言ってスカートの裾を手で抑えながらソファーに座った彼女はこちらを見て、ニコッと微笑みかける。


「まず私に言いたいことは?」


「……お久しぶりです。不知火しらぬい生徒会長」


 トウキョウ魔法育成学園高等部生徒会会長、不知火しらぬい ほまれ。圧倒的な実力を誇る彼女は『炎天えんてんの女王』と呼ばれている。

 また1年次から生徒会選挙に立候補し見事、生徒会長となった誉は最後の選挙でも生徒会長の座を譲ることは無かった。


 その秘訣こそ、彼女の瞳に宿る静かに燃え盛る情熱。これを目の当たりにすれば、誰もがその強烈な光に目を背けたくなるだろう。

 しかし最後には、彼女が持つ不思議な引力に惹かれてしまう。生徒会に集まったメンバーはある意味、不知火 誉の被害者だ。

 火傷だけでは済まず、灰になってしまったとしても彼女の元に居たいと思ってしまう。それほどまでに鮮烈な炎。


 そして律も例に漏れず、誉の虜になった1人であった。


「挨拶も無く、突然姿を消してしまったこと何とお詫びすれば良いのか。

 誠に申し訳ございませんでした」


 その場にスッと立ち上がり、頭が膝に付きそうな角度まで体を曲げて思い付く限りの謝罪の言葉を述べる。

 律にとっては永遠にも感じる時間の中、それでも律は勇気を振り絞って恐る恐る顔を上げると、誉は真剣な表情で彼女を見ていた。


「学園長から聞いて正直驚いたよ。真面目に生徒会書記としての責務を全うし、成績においても非常に優秀な律が退学を選ぶなんて。

 いや。選んだのではなく不知火総統制官の権力によって、か。

 ……やはり、あかしお婆様は本当に日本を救うおつもりなのか」


 最後に小声で呟かれた言葉は上手く聞き取れなかったが、誉が明らかに動揺していることは律にも分かった。


「とにかく。今日は律にどうしても聞きたいことがあって来たんだ。小鳥遊たかなしとは最近、連絡を取っているか」


 久しぶりに聞いた友人の名前に懐かしさを覚えながら、律は素直に答える。


「いえ。そもそも最近まで新人研修で忙しくて、家族にも連絡出来てなかったくらいですから」


 答えを聞いた誉は眉を下げて「そうか」と呟くと、驚きの事実を口にした。


「──実は先日、小鳥遊たかなしが自主退学したんだ」


 誉が聞きたいこと。それは律が生徒会を通じて知り合い、互いの秘密を分かち合った友人『小鳥遊たかなし くるい』についてだった。

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