第51話 地上編・腐りはてた玉座

一旦閑章として、シレーネとジョンが拠点に帰還するまでの話や、帰還してからのお話。


そして、地上ではどういうことが起こっていたのか、今どういう状況なのかを、様々な視点から書いていきます。


正直地上の話は、時系列的にはむちゃくちゃです。

そのため話数の後に『○話 地上編』といった形で地上編と入っている話は、第16話〜最新話までのどこかで起こった話なんだな、ぐらいに捉えておいてください。




〜〜〜〜〜〜〜〜




 ジョン・ドゥという、1人の突出した個人の出現によって、地上のダンジョン界隈は大きく揺らぎ、新しい動きが生まれようとしていた。


 そして体が新しい組織を生み出すとき、同時に行われるのは古くなった組織の排除であるのもまた、世の常である。



******




「くそ、なんでわしがこんな目に……!」


 そうぶつくさと言いながらパソコンを操作し、これまでの連絡の記録や、自分の不正の記録などを必死に削除しているのは、湯浅遠道ゆあさとおみちという、ダンジョン協会の幹部の1人である。


 冷や汗を流しながら必死になってパソコンを操作している彼の隣では、室内に備え付けの電話がずっとコールを鳴らし続けていた。


 それすらも無視して彼が必死になって情報を削除し続けているのは、暴かれることは有りえないとたかをくくっていた彼の悪事が、暴かれかねない出来事があったからだ。


 それは数日前に遡る。

 その日彼は、普段からよく付き合いのある、というのが生易しい程度にはズブズブの関係だったダンジョンエースという探索者事務所の所長に、1つの頼みごとをされたのだ


 それは、『ジョン・ドゥが上層に出てきたときに捕縛するから、その際の違法行為については握りつぶしてほしい』という内容の依頼だった。


 ジョン・ドゥ、と言えば、ちょうど世間を騒がせている人物だ。

 何やら今現在のダンジョン攻略の最前線である深層を踏破し、さらにその先に数十層もある階層を突破してその先にある異世界に足を踏み入れたとかいうダンジョン配信者。


 おおかたまた話題になりたい配信者がホラを吹いているんだろう。

 長年の楽な不正生活で鈍りきった彼の勘は、この世には時折触れてはならないものがあるということを完全に忘れていた。


 そのため、特に考えることもなく、また適度に自分に賄賂を送ってくれるダンジョンエースの依頼ならばと軽く許可を出したのである。


 出してしまったのである。


 そもそも、探索者組合の幹部も兼任する彼は、これまでもその権力を利用して色々と不正なことをやり続けてきた。


 例えばズブズブの関係であるダンジョンエースについて苦情や調査を訴える声があっても、それを幹部権限で握りつぶすように指示をしたり。

 あるいは自ら主体となってダンジョン協会から探索者組合に向けて発注した仕事の金を、中抜きして利益を得たり。


 そういう不正ごとには、数え切れないぐらいに手を染めていた。

 そしてこれまで、それを咎められたことが無かった。

 

 それは彼がダンジョン探索の初期に色々と政治家などに働きかけ、幹部の中でもトップクラスのポストを用意してもらったからだ。

 故に、彼のように性根の腐った他の幹部たちは彼に追従するように利益を貪り、ごく一部清廉潔白な意志を持った者たちは、ダンジョン協会長や探索者組合長など、ごく一部の腐っていない大樹の下にすがりついて、なんとかダンジョン探索を破綻させないために活動し続けることしか出来なかった。


 これまでは。


 だから今回も、自分が許可を出し、国内の探索者事務所やギルドの中では突出した勢力を誇るダンジョンエースが実際に動くならば、出来ないことはない。

 全てが思い通りに行く。


 そんな思い違いをしてしまった。


 全てが崩れたその瞬間は、自分の権力の強さを見るのが好きな湯浅も見ていた。


 配信映像の中で、ダンジョンエースの魔法使い部隊に包囲されるジョン・ドゥを名乗る馬鹿な人物。


 そんなことを名乗っておきながら、群衆の目の前に姿をさらせばどうなるかわからないはずも無いだろうに。


 否、わからない者たちが多数いるからこそ、自分たちが利益を貪ることが出来ているのだ、と湯浅は笑みを深め、就業時間であるにも関わらず、酒を飲みながら見ていた湯浅は、次の瞬間に配信越しに響いた雄叫びに、飲んでいた酒を落としてしまった。


 そして画面の中では、彼が武力として頼っていたダンジョンエース腕利きの魔法使い部隊の魔法が、ジョン・ドゥの駆る獣によってたやすく蹴散らされていた。


 その後のことはもはや思い出したくもない。

 ジョン・ドゥは再びダンジョンの暗闇へと姿を消し、ダンジョンエースの部隊は獲物を取り逃がした。


 どころではない。

 その後にダンジョンから出てきたダンジョンエースの部隊は、展開していた多数の警察の手によって逮捕されたのである。


 これには湯浅も焦った

 今回のダンジョンエースの不法行為を握りつぶすのは自分の仕事だったし、そもそもダンジョン内での不法行為に対して、これほどまでに性急に警察が動いてきたことはこれまで一度も無いのだ。


 犯罪行為の訴えに対しては、基本的には探索者の訴えを受けてから探索者組合やダンジョン協会を通して警察へと伝える形になる。

 直接警察に探索者が訴え出るような形になっていないのは、警察もダンジョン内部のことに関しては、ダンジョン協会や探索者組合に頼らなければ、ダンジョンでの常識などの根本的なレベルから理解することが出来ていないからだ。


 だからこそ、例え今回のことが衆目の目前で行われたとしても、ダンジョン協会と探索者組合の幹部を兼任する者として、そして両方の組織に多数の配下を持つ者としてたやすく握りつぶすことが出来る。


 そういう甘い認識が、湯浅にはあった。


 それが覆されて呆然としていた湯浅のもとに、1本の電話がかかってきた。

 電話の相手を見た湯浅は、すぐに飛びついたのを覚えている。


「か、会長! なぜダンジョン法を遵守しようとしたダンジョンエースの方たちが逮捕されているのですか!? ああした案件では、現場の状況も踏まえて臨機応変に対応する必要があるので私にまかせてくださいと申し上げていたはずです!」


 昼行灯のようにフラフラとし、湯浅ほどに悪に染まらないまでも、その行動を黙認してきたダンジョン協会会長。

 そんな彼に、話が違うと湯浅は訴えた。


 そして帰ってきた言葉に、ヒッと息を飲んだ。


『それは全てを君の好きなようにしても良いという免罪符では無いのだよ、湯浅くん。覚悟をしておきたまえ』


 呆然とする湯浅が言葉を返す前に、電話は会長の側から一方的に切断された。


 それが、あの湯浅の零落がはじまった日に起こった出来事の全てである。


 そして今に至り、湯浅は必死にダンジョンエースとのつながりや、その他の違法行為、あるは不正、不適切な判断に自分が関与した証拠を消そうと奔走しているのである。


 なぜなら、既に逮捕されたダンジョンエースの所長らと違って、湯浅はまだ逮捕されていない。

 

 そして例えこのポストから外されたとしても、既に湯浅には残りの一生を遊んで暮らすことが出来るだけの大金がある。


 故に、身を退くことを決めた湯浅は、自分の逮捕に繋がる情報だけを削除して、自分に協力した部下達もおいて、1人とんずらをかまそうとしたわけである。


 が。

 それももう既に、遅きに失していた。


 複数の足音が湯浅の執務室の扉の前に近づいてくる。

 そしてノックをすること無く、執務室の扉を蹴り砕いた。


「ヒッ!?」


 執務室の内側へと向かって爆散するように飛び散る扉の破片。

 情けない悲鳴を上げる湯浅を他所に、その下手人達が執務室へと突入してきた。


「緊急監査だ、湯浅遠道。同行してもらおうか」


 先頭煮立っているパンツスーツ姿の女性。

 美麗なその容姿からは想像出来ないが、扉を蹴り破った張本人である。


「な、何の権限があってそんなことを言っている! そもそも扉を蹴り破るとはどういう──」

「私達はダンジョン省所属の監察官だ。貴様の悪事は全て知っている。神妙にお縄につけ、湯浅遠道!」


 数秒の間の後。

 女性の言葉の内容を理解した湯浅が地面へと崩れ落ちる。

 その湯浅へと女性の後方から2人の男性が駆け出していき、そのまま両腕を掴んで連行していく。


「全く……虫唾が走るな。下衆共にもそれを黙認せざるを得なかった私達にも」


 ダンジョン省。

 それはダンジョンという存在の重要性がわかった後に発足した、日本の新たな省庁の1つだ。

 省とついている通りその権限は大きく、また果たす役割も大きい。


 組織としてはダンジョン協会と探索者組合の上位にあたり、独立して運営、活動を行っている2つの組織に手を加えることが出来る唯一の組織である。


 その監察官がやってきた。

 その意味に気づいた湯浅は、膝から崩れ落ちたのだ。


「主任! 対象者の確保、完了しました!」

「わかった。残った者たちを集めておいてくれ。話さねばならぬことが山とある」


 こうして、日本のダンジョン探索業界を蝕んでいた病巣は、ジョン・ドゥという個人から始まった騒動によって、取り除かれたのである。


 しかし、これで終わりではない。

 病巣を取り除いた瞬間に体が完治することは有りえない。


 これからダンジョン協会と探索者組合は、厳しい回復の道のりを歩かなければならないのである。



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現在は筆がのっているので、複数話1日に執筆しています。

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