第45話 凍りついた街の秘密

 パチパチと瞬きをしながら目を開けた女性と、それをお姫様抱っこしていた俺の視線が重なる。

 わずかな沈黙の後、女性はこちらの顔に向けて手を伸ばしながら口を開いた。


「人、だわ」


 その言葉に思わず虚をつかれる。

 『誰だ!』とか『何があったのか』とか聞かれるのかと思ってみれば、『人だ』という事実の確認と来た。

 それに思わず力が抜けてしまったのである。


「そりゃあ、人だろ」


 俺の頬に触れようとした手のひらは、しかし、俺に触れる直前で何かに怯えるように引っ込められ、俺に触れることはなかった。

 代わりに胸元に手を握りしめた女性が尋ねてくる。


「街に人が戻ったの?」

「あー……」


 おそらく、この城の城下町である都市に人が、住人が戻ったのか、という意味合いだろうと判断して、俺は素性を明かすことにした。


「いや、俺はずっと遠くから一人で旅してきただけだ」

「そう、やっぱりそうなのね」


 俺の言葉に、女性はどこか寂しそうに、しかしどこか納得した表情でそう小さく呟いた。

 そして、なんとその美しい瞳に雫がたまり、やがてこぼれだしたのである。


 つまりは俺の腕の中で彼女が泣き出した、というわけだ。


「ん、ふえっ、グスッ」


 わずかに声をこぼしながら、しくしくと泣き始めてしまう。

 それに慌てたのが俺とコメント欄だった。


 :おわあ! ジョンが泣かせた!

 :おいジョン、女性を泣かせるな!

 :というかそこかわれ羨ましい

 :俺なら絶対に泣かせないのに

 :男どもが醜いことよ……

 :というかちょっと待て、言語が通じる?


 俺だって泣かせたくて泣かせているわけではない。

 というか勝手に泣き出したのに一体俺にどうしろと言うのか。


「あー、おい。取り敢えず泣き止んでくれないか? 俺達も遠くから来たら街が氷漬けになって何がなんだかって感じでな」


 それでも彼女は泣き止まない。


 おー、よしよし、大丈夫だ、そばにいるからな。


 仕方なく部屋の中をウロウロと歩き回りながら赤子をあやすように慰めていると、ようやく泣きやんで顔をあげてくれた。

 なおこの間彼女はずっと俺の腕の中にいる。

 その様子を、城の外郭沿いに昇ってきていたロボが窓の外から馬鹿らしいものを見るように見ていた。


 かと思えば、今度は彼女は顔を真赤に染め上げ、更に小さな手で隠してしまう。

 どうしたことかと思っていれば、小さな声で何かを言っているのが聞こえる。

 耳を済ませると、それがより詳細に聞こえてきた。

 

「お、降ろして、ください……」


 消えるような声でそう言われては、降ろさないわけにはいかない。

 それに俺も、いつまでも女性を抱えているのは配信的によろしくないのではないかと思って彼女を床に下ろす。

 実際配信は男どもの怨嗟の声で溢れているが、まあ、俺にはそう考えるぐらいには思考の余裕があった。


 おそらく自力で立つのは久しぶりだろうから、よろめいたら支えよう。

 そう思う俺の前で、彼女はわずかにふらつきながらも、特に転びそうになることもなく自分の足で地面に立った。


 そして数歩離れた後こちらを振り返り、スカートを軽く持ち上げながら美しい礼をする。


「清き水の街、ロックボーンへようこそいらっしゃいました。私はこの街の、今は一人しかいないこの街の女王、シレーネと申します」

「遠いところから旅をしてきたジョン・ドゥと名乗ってい、ます。ジョンと呼んでください」


 一瞬タメ口で良いのか、女王相手ならば敬語で話すべきなのか悩んだ結果、微妙なことになってしまった。


「ふふ、いつも通りで構いませんわ」

「では遠慮なく」


 :そこ本名じゃないんかい

 :徹底してんな

 :本名忘れてんじゃね?


 コメント欄そこうるさいぞ。

 一旦コメント欄のことは無視して、女王との会話に集中することにする。


 ちなみに、なぜ言語が通じているか、だが。

 まあ、嫌な予感というのはあたるものだ。

 日本語のように聞こえる女王の言葉は、しかし、その口元を見れば、発している音と俺の耳に入る内容が全く別なのがわかる。


『人だよ。人という共通点が、ダンジョンで繋がる先の世界と、儂らの世界にはあった。貴公と、儂にもな。故に会話が通じ、故に同じ運命をたどる。ハッハッハ。たまらんな、儂らとしても、貴公等にしても』


 かつて出会った老騎士の言葉が、頭をよぎる。

 これでまた、俺のダンジョンに対する仮説が立証に近づいてしまった。


「おそらく、氷漬けの街を見つけて、何がこの街にあったのかと疑問に思いこの城を探したのでしょう?」


 何か確信があるのか、そう断定的に尋ねてくる女王シレーネ。


「ああ、そうだ。旅の途中で氷漬けの街を見つけてな。気になって探してしまった。迷惑だったら申し訳ない」


 俺がそう言って頭を下げようとすると、いえ、と彼女は制してきた。

 泣きそうな表情をしたまま。 


「これ以上待ち続けても、何も変わらなかったでしょうから。あなたに起こしていただけて良かったと私は思います」


 おそらく彼女が氷の中に閉じ込められる前、つまり眠りに付く前に想定していたパターンの一つなのだろう。

 彼女に混乱したりどうしようかと考えを巡らせるような様子はなく、普通に俺と対面して話していた。


 そしてそれはつまり、あの氷漬けは魔力による災害や何かのモンスターによるものではなく、予想できた、あるいは最初から彼女が引き起こした現象であるということを示している。

 

「……なにかいろいろと事情がありそうだな」

「ええ。ぜひ、旅人様には聞いていただきたいですわ。ついて来てくださいな」


 その辺りに探りを入れようとジャブをいれると、彼女は直球で返してきた。

 

 俺について来いと言った彼女は、部屋から出て移動を始めた。

 俺もついていくと、やがて探索中に見つけていた街が一望できるバルコニーに到着する。

 非常に眺めが良く、都市よりもいくらか高い位置にある城から、都市の全体を一望できるなかなかに眺めのいい場所だ。

 そこに彼女が出ていくので、俺もそれについていく。


「ここは、山から湧き出る泉と、周囲の山々から取れる山の恵みで成り立つ小さな都市でした」


 街を見れば、覆っていた氷は完全に溶け去っていた。


 小さな、というには少し大きすぎる気もするが。

 結構それなりの都市ではないだろうか。

 少なくとも文明が電力を得る前の地球の並の都市よりはしっかりしているはずだ。

 

「運河を介した他の都市との貿易と川での漁業で成り立つ、本当に小さな街でした。今ではもはや川は失われているようですけどね」


 初期は小さな街だったわけか。

 どおりで、都市の規模が城の規模のそれに見合わないと思ったのだ。

 山間の盆地からはみ出て山にめり込む程に広がった都市の規模は、小さめの城には見合わないものだった。


 だがそれも、後から都市が拡張されたというなら納得である。


「しかしあるとき、この街からほど近くの場所に新しいダンジョンが発生したのです。ダンジョンは多くの人を集めます。その最寄りの街であるここにも人が多く集まり、今のように谷底いっぱいに家が溢れるような街になりました」

「ダンジョンが現れてから、か」

「ええ」

 

 そう言うと彼女は、視線を街から俺へと向けて話を続ける。


 :ダンジョンの発生?

 :地上と似たようなもんか?

 :ダンジョンの発生って地上でおきたのと同じ?


「その後もダンジョンの恵みを受けて、街は潤い続けました。私も多くの民の笑顔を見ました。とても幸せな時間だったと思います」


 地球でも同じである。

 ダンジョンのすぐ近くには魔獣氾濫オーバーフローなどで魔物が溢れる危険性があるため人の居住地域こそないものの、冒険者を相手にした商売を行う店が溢れている。

 そしてその外側に、一般の人の居住地区であったり、更にダンジョン関連の施設があったりとしている。


 東京はもともと人口が集中しているエリアだったが、熊本や、山形、北海道などでは、ダンジョン出現前と出現以降では、地域ごとの人口分布が特に大きく変わっているらしい、というのを、以前地上で調べたときに見つけた覚えがある。

 確かに、俺の故郷も田舎町だったが一層寂れていた気がする。


 だが、ここではそれは永遠には続かなかったらしい。


「しかし、それが終わった」


 俺の言葉に、彼女は視線を戻さないまま続ける。


「ええ。原因はわかりません。ある日、急に一人の人物が目を覚まさなくなってしまったのです」


 なるほど、時折見つけられた日誌の欠片などに書かれていた『眠り』とは、原因不明の眠りだったわけか。

 確かにそんなことが急に起これば焦るだろう。


 だがここはダンジョンの先の世界だ。

 地球とは違って魔力や魔法といったものがある。

 であれば、永遠に眠り続けるような魔法や呪いも、それこそ『眠り姫』の物語に語られるようにあってもおかしくない。


 おかしくはないが、少なくともこの都市が出来る限りのことをして、結果どうにもならなかった、ということだろう。


「それから目を覚まさない人は増えていき、数年をかけてこの街で目を覚ましているのは私と数名にまでなってしまいました」

「あえて聞くが、調査をしてもどうにもならなかったんだな」

「ええ。遠くから高名な魔法使いを呼んだり、色んな薬や魔法を試してみましたが、全て駄目でした」


 :眠ったままおきない

 :どういう状態何だろ。衰弱死はせんのだろうか

 :どういう類の眠りだ。悪夢とかか?

 :身近で起きたら普通に恐怖だな


 想像するに、辛い時間だっただろう。

 民が突然眠るという謎の病に苦しめられているのに、自分では何も出来ない、というのは。

 

 いや、あるいは。


「つかぬことをお聞きするが」

「なんでしょう?」


 少々踏み込んだ質問になるが、彼女の見た目の年齢を考えるとそうとしか思えない。


「ご両親も、眠りに囚われたのか?」


 俺の言葉に少しキョトンとした後、彼女はコロコロとおかしそうに笑った。

 

「私の母は風の民でしたから。私はこれでも五十歳を超えてるんですよ」


 :風の子!

 :長命種ってことは、エルフあるか

 :良く見ればシレーネさん、耳ちょっと尖ってる?

 :スタイルもいいしな

 :これはワンチャンあるぞ

  

「そりゃ、失礼した。てっきりご両親が眠りに囚われたから即位したのかと思った」

「父も母も、異常が起きたときには既にこの世におりませんでしたから。私が王として、始めから全て見てきました」


 そうして、彼女は話を続ける。

 

「最初に眠った方は、眠ったままでは食事が出来ないので衰弱しないかと城で魔法士達が魔法によって活力を与えようとしました。ですが、この眠りは眠っている間衰弱することのない、ただひたすらに眠り続ける眠りでした。それがわかって以降、眠りについた民は皆それぞれの家へと運びました」

「その口ぶりだと、突然眠りにつくことがあるのか? 一度眠ったら目が覚めないなどではなく?」


 気になったので尋ねると、彼女は首肯した。


「ええ、狩りの最中に意識を失うように眠りについた方もいました。他にも街なかを歩いている最中に意識を失った方などもいます。ある日突然意識を失い、目が覚めない。それが恐怖で、街を離れた方もいました。私の目の前で、話している最中に眠った方も……」


 そう言ってわずかにその時を思い出したのだろう目を瞑った彼女は、やがて目を開けて、空中に魔法陣を描き始めた


「眠った方は皆、街にあるそれぞれの家に運びました。そして最後の方が眠りにつき、家に運んだ後、私は以前から民と取り決めていた魔法を行いました」


 そう言った彼女は、わずかに懐かしそうな表情をしながら魔法陣を書き上げていく。

 部分的にだがそれが読める俺は、それが何を狙った魔法なのかがわかった。


「街の誰かが目を覚ますまで、街を封印し、あなた自身は不安定な時の狭間で眠りにつく魔法、か。よく考えつくものだ」


 時の狭間、というのがどんな場所を示しているのかわからないが、それは読み取れた。


「なんとかかつての街を取り戻したい、と必死でしたから。でも駄目でしたわ」


 悲しそうにする女王。

 俺が彼女を起こすよりは、目を覚ました彼女の民が彼女を起こした方が彼女にとっては嬉しかっただろう。

 それについては申し訳なく思う。


 あるいは、彼女は起きなければまだ希望のある永遠の眠りについていることが出来たのに。

 彼女だけが何故か、置いていかれてしまった。

 

「俺が起こさない方がまだ希望があったのではないか?」


 俺がそう問いかけると、彼女は首を横に振った。


「ときの狭間を漂いながら、長い時を過ごしました。この街が凍りついてから百年以上の時がたっています。それほどの間、誰も目を覚ましませんでした。おそらく、もう……」

「なるほどな」


 彼女の言葉の、『もう』の続きは果たしてなんだろうか。

 もう目を覚まさない、なのか。

 もう死んでいる、なのか。

 いずれにしろ彼女にとって幸せなことはではないのは確実だ。


 と、そこで俺はふと気になったことがあって彼女に尋ねかけた。


「では、あなた以外は今もなお眠りについていると? 特に城で働いている者たちの部屋にそういった者達はいなかったが」

「その者たちも、魔法の範囲に含めることが出来るようにと、住人が街を立ち去った家へと運び込みましたから。城には私一人だったはずですわ」


 となると、あの黒い塊について彼女は知らない、か。

 別に黙っている必要はないが、今は話が進まないので脇においておく。


「では今もあの街に、多くの人が眠っていると?」


 そう言いながら、俺も彼女から視線を外して家を見る。

 先程から広げている俺の感知の網は、俺とロボ、そして女王以外の反応を


「ええ、眠っているはずです」


 だが女王は当然のようにそう言った。

 そして俺に問いかけてくる。


「折角なので、『眠りに囚われる』というのがどういう状態なのか、見に行きますか?」


 それはもちろん見てみたくはあるが。

 それよりも懸念は、本当に、どう探っても生きている存在の気配がないことである。

 本当に彼女の言うように眠りについているのかすら、怪しい。

 何せ、俺が知る他の都市でもそうだった。


「あなたは行くのか?」

「今の私に出来ることは、民を見舞うことぐらいですから」


 だが、結局彼女が行くというので俺もついていくことにして、彼女に城の案内をしてもらいながら、ともに城を正規の道順で降るのだった。



~~~~~~~~~~


皆さんお気づきかもしれませんが、新作投稿しています。



【ダンジョン配信×死にゲー】覚悟ガンギマリ探索者によるダンジョン攻略 ~【悲報】探索者さん、分身スキルで死にゲーをやっているところを晒されその後の配信でバズってしまう~

https://kakuyomu.jp/works/16818093075426242643



~あらすじ~


分身なのに本体にも痛覚が伝わってしまうという大きすぎる欠陥を抱えたポンコツスキル、《分身》を活用してダンジョンを探索してた主人公、生神鳴忠。


彼は毎日の様に、通常であれば攻略が不可能な難易度のダンジョンに挑み続けていた。

幾度死のうとも、幾度の苦痛を経験しようとも、その度に敵の動きを覚え、己の動きを最適化し。


己を磨き上げ、ダンジョンの遥か深み、深層の先にある深淵に挑むために己を磨きあげていた。


その様はまさしく死にゲー、すなわち、死んで覚えて攻略する類のゲームをするかのごとく。


そんなある日、鳴忠は思わぬ事態に見舞われる。


「急いで逃げないと!」

「良い、俺は大丈夫だ」


それは、イレギュラーモンスター。

ダンジョンで時折起こる、モンスターが階層を無視して移動し発生する災害。


その最中に、止める少女達の手を振り払って、ただ己の鍛錬のためにイレギュラーモンスターの群れに挑み、そしてまた数体を道連れに分身を散らせた鳴忠。


本人としては、いつもの鍛錬の延長線上の出来事に過ぎなかった。


しかしそれが、少女の配信に映り込んだことによって事態は一変する。


「誰だあの特攻ニキは」

「イレギュラーモンスターに突っ込むのはワロタww」


少女達は、登録者80万人、配信同時接続者数数万人を誇る有名なダンジョン配信者、ダンチューバーだったのである。


「なんか晒されてるんですけど」

「お兄、この機会に配信始めよう!」


結果的にネットの海に晒されることになった鳴忠は、妹のすすめもあって配信業を始める。


その配信で世界は、鳴忠の真の強さと異常性。

そして深層と自分たちが呼ぶ場所がチュートリアルに過ぎないということを知っていくことになるのだった。


これは、一人死の苦痛と恐怖を友とした男が、誰よりも深くダンジョンに潜り、世界を驚愕させていく物語。


あるいは、一人の狂人が、世界をダンジョンの遥か深みへと引きずり込む物語である。



是非読んでください!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る