第42話 未知との遭遇
一階の探索を続けているが、さっきから時折妙な気配が感じられる。
モンスターでも人でもないその気配には、どこか薄らざむいものを感じる。
たいていのモンスターなら勝てずとも負けない自信はあるし、そこまで強い気配でもない。
でもなぜか、警戒しなければならないと本能が警鐘を鳴らし始めている。
感じ始めたタイミングは、ちょうどさっき食料庫で消えてしまった日誌を見つけた当たりからか。
「ちょっとヤバいかも知れん。配信反応出来なかったりドローンがぶっ壊れた時はすまんな」
:え、ちょっと急に何?
:怖い怖い、どしたの
:なんかおるのか?
「なんか嫌な気配がするんだよ。デカい気配強い気配なら山程感じたことあるが、この気持ち悪い気配は初めてだ」
巨大なモンスターや小柄でも強大な力を持つモンスターなら見たことあるし、実際ロボの親なんかはそれに該当する。
だから俺は、このダンジョンの先の世界でも強者の気配や圧、プレッシャーのようなものも感じたことがある。
そう、気配とは言わば実感できるようになったプレッシャーなのだ。
すべて精神的にそう感じている、という前提で説明するならば、弱い気配はわずかに肌を押されるような、触れるようなそんな小さな感覚で、気配が強ければぐっと体が押されているようで腰が引ける。
そしてこちらも精神的に力を入れて踏ん張れば、強い気配やプレッシャーでも耐えることができる。
まああくまで言語化したものだから、ちゃんと説明しきれているとは言わないが、気配とはそういう強弱、あるいは密度、押す力の量とかであって、その質のようなものが関係したことは俺の記憶にはない。
どんな強力なモンスターも、巨大なモンスターも、種族ごとにわずかに気配の違いはあれ、あくまでプレッシャーに過ぎない。
だが、今俺が感じている力は少々おかしい。
気配を感じているだけで、背が泡立つような気持ち悪さを感じるのだ。
強者を前にして感じる戦慄、ではない。
ヌトっとしたものを踏んだときのような、ニチャッとしたものを掴んだときのような気持ち悪さ。
精神的に嫌悪してしまうような気配だ。
:よくわからんけど危なかったら退けよ
:ジョンはかけがえないからな
:死ぬぐらいなら危ない橋は渡らないように気をつけてくれ
視聴者たちはそう心配してくれるが、残念ながら的外れだ。
「全く新しい世界を探索してるんだから常に綱渡りだよ。いつ何に巻き込まれて死ぬかわからない覚悟をして俺は生きてるの。例えばこっちは魔力があるんだから、急に魔力が局所的に収束して爆発するようなことがあるかもしれないだろ」
:あーそこにいること自体が危険ってこと?
:でもそれと目に見えている危険から逃げないってのは別の話では?
:危険の中の危険につっこまんでいいやん
「まあ、実際それは──」
コメントに応えようとした刹那、より強くそれの気配を感じて、俺は後ろを勢いよく振り返る。
纏わりつくような、体を覆うような薄く広い泥の気配から、一転に集中したヘドロの塊のような気配へ。
振り返ったその先に、それはいた。
俺がついさっき通り過ぎたT字路。
そこに立っている、中世の貴族然とした服装をした男性。
の皮を被った何か。
そのがらんどうの如く真っ黒で、あるいは闇が蠢いている目や開いた口を見ればわかる。
あれは人に外見だけ似せているだけで、中身は人ではないものが詰まっているのだ。
ただ直立して立つ謎の存在。
それは、そう強そうには見えないのにも関わらず、猛烈に嫌な気配を俺に感じさせた。
故に、剣を抜くも自分から仕掛けることはせず、相手の出方を伺う。
大丈夫だ、おおよそどの壁をぶち抜けば外に繋がるかはわかっている。
:何あれ
:やばい鳥肌止まらん
:見てるだけで気持ち悪くなってきたんだけど
:これ、画面越しに伝播してない?
そんなコメントに返すほどの余裕はなく、俺は未知の存在を見極めようと、視覚だけじゃなくあらゆるもので感知しながら、それに問いかけるために口を開いた。
「あなたは、何者ですか?」
と、俺の言葉に反応したのか、それに動きがあった。
『縺ェ縺懊%縺薙↓逕溘″縺滉ココ髢薙′』
口をわずかに開けたままに甲高いひび割れるような音、おそらくは声をがそれから発される。
だがそれは、口と喉から出ているのとは別のものの様に思えた。
それは、被った皮である人間の、本来は眼球があったであろう空洞から這い出そうとしている。
それを見た俺は、更に後方に飛び下がって様子を見た。
その間にも、人間の皮からのこぼれるように黒い何かがデてくるのは続く。
いや、破れていないところを見ると、あるいはその皮すらも作ったものなのか。
:うわ
:気持ち悪
:アメーバみたいなやつなのか?
:ドラクエじゃない方のスライム
:それだ
いきなり攻撃しないのには理由がある。
まあ単純な話で、未知の敵を刺激しないようにするためだ。
例えばここから大人しくなったり、あるいは突いたら破裂するかもしれない。
何事もなく敵として普通に襲いかかってくるかもしれないが、そのときはそのときに対応をすれば良い。
俺がそう考えて身構えながら立っていると、人の皮から這い出した黒い何
かの塊から、這い出すように幾人かの人間、らしきものが這い出てくる。
人間ではない。
形も装備も人だが、どちらかと言えばゾンビとかそういう類の代物だろう。
人のように確たる意識があるようには思えない。
這い出てきたそれらは茫洋とした視線をこちらに向けながら、汚い声で呻いている。
と、十体ほどゾンビ兵士らしきものを出し終えた黒い塊が、その身に魔力らしきものをため始めるのを感じた。
普通の魔力とは気配が違う気がするが、どっちにしろ力をためて何かをやろうとしているのは間違いない。
ここまでくれば、もはや傍観している必要もない。
「させるか、よっ!」
右手に握っていたバスタードソードとは別に、左手に実体化した槍をぶん投げて阻止しようとする。
だが槍が黒い塊に命中する直前になって、ただ立ち尽くしていたゾンビ兵どもが間に割って入ってきた。
そのせいで一瞬だけ黒い塊が視界から外れた。
その瞬間。
パリン
そんな存外軽い音がして、ゾンビ兵の防壁の向こう側、ちょうどゾンビ兵の頭の上あたりの空間に罅が入り、割れる。
空間が、ガラスのように割れたのだ。
そうとしか言いようが無い。
壁でもなんでもない場所が破れ、その向こう側にある別の空間が見えたのである。
その瞬間、俺は爆発的に増した嫌な気配に、更に大きく飛び下がりいつでも脱出できるように壁面を切り抜いて蹴り落とした。
が、黒い塊がそれ以上何かしてくることは無かった。
『鬟溘>縺昴%縺ュ縺溘°縲繧ゅ▲縺溘>縺ェ縺』
また何か音を発したかと思うと、空間が砕けた先の世界に飛び込んだのである。
そしてそのまま、今度は砕けたときを逆再生するかのように空間が閉じてしまったのである。
途端に空気が軽くなる。
先ほどまであった嫌な気配が完全に消えている。
ゾンビ兵はまだ残ってはいるものの、あの嫌な気配はしない。
というか。
「昨日の夜のはこいつらか」
あの嫌な気配の本体が消えてみれば、後は昨晩奇襲を仕掛けてこようとしてきてロボに反撃された奴らであることがわかった。
見ればうち数体は、血は流していないものの大きな爪でえぐられたような傷をしている。
:なんかわからんままに消えたな
:結局何がどうなったの?
:ジョンなんかしたか?
:やっと気持ち悪いの収まったわ……
コメント欄はとりあえず一旦無視する。
まずは目の前のゾンビ共をどうするか。
あの黒いのが逃げる寸前に何か命令したのか、ゾンビ兵どもはじりじりと並んで盾を構えて陣形をとりながら俺の方へと近づいてきている。
「一辺城の外に出すか。ほら、来いよ」
そのまま戦っても良かったが、折角の城を荒らすのももったいないので奴らを引き付けるだけ惹きつけてから外へと出る。
そこは城の中庭のような場所だった。
ここなら多少暴れたところで、城も壊れまい。
多分。
そんなことを考えているうちに、ゾンビ兵どもが射程に近づく。
「フッ」
と、数回斬撃を放ってみるが、それぞれに盾を構えたり回避したりと見事にダメージ無しで防がれた。
当然俺が本気を出していないのもあるが、こいつらは昨晩ロボの攻撃を受けた上でワンパンされない、どころか行動に支障がない程度の傷しか負っていない奴らだ
ゾンビっぽいが多少はできる相手だと思っていた。
「さて、どこのどなただったかは知らんが」
武器を収納しているブレスレットからバックラーを実体化し左手に。
右手にはいつものバスタードソードを握る。
そしてその剣先をゾンビ兵へと向ける。
「とりあえずもう一回死んどけ」
そう言った直後、俺の言葉が理解できたのかなんなのか、タイミングよくゾンビ兵どもとが、数人単位で俺目掛けて突っ込んできた。
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