第30話 人と龍

「どうも、さっきぶりです」

「おお、さっきぶりじゃな」


 椅子の上で身体を向けつつ挨拶をすると、静かに返してくれた。口調は老人のような口調か。女性の口から聞くと若干不思議だが、さて、見た目だけかなこの女体は。


 中身は、。あるいはその縁のあるものだろうこの気配は。


「なんでわざわざ追いかけて来たんです?」

「なんじゃ、お主やっぱり気づいとったんか」

「これでも勘は鋭い方なんで」


 追ってきた。これで中身があのドラゴンということは確定か。僅かな確率で世界樹の妖精的な存在の可能性もあるが、髪の毛の色がもろあのドラゴンの色だ。そっちだと考えるのが自然だろう。


 ぶっちゃけ接近される前から彼女、彼、どっちかわからないが後ろの肉体人型女性の存在には気づいていた。ただ特に今すぐ急いで逃げる必要性も感じないし、相手の目的も知りたかったので敢えて無視して近づいてくるのを待っていたのだ。


 そんな俺の内心を知ってから知らずか、彼女は楽しそうに笑みを浮かべる。


「わしに気づいて逃げないとは、お主なかなかに剛毅じゃのう」

「別に人が近づいてきても逃げる必要無いでしょう」

 

 舐めないで欲しい。あれほど巨大な存在の気配とそれ以下の気配を間違えるはずもない。本体の気配を感じさせつつも圧倒的に小さければ、何かしらの分身か魔法で作った人形かと考えるのが普通だろう。俺のように気配を抑え込んでいる可能性もあるが、そもそもあれほど巨大な気配の持ち主に気配を偽る必要性があるとは思えないし、その可能性は低い。気配を偽るのは弱者の術なのだ。


「ほう……人とな?」

「あなただけどあなたじゃないでしょう。人間を真似した分身か何かですか?」


 そう問いかけると、満面の笑みが崩れる。俺が気づいていないで、あのドラゴンに追われた上で待ち構えていた、とでも思っていたか。まあ多分待ち構えるだろうけど。


「なんじゃ、気づいておったのか。つまらん」

「あ、これ椅子どうぞ」


 椅子代わりの丸太を勧めると微妙そうな表情をされた。それしか椅子が無いのだ我慢してほしい。そして向かい合って、さて、あれほど巨大なドラゴンがこんなちっぽけな人間に何のようでわざわざ追いかけてきたのだろうか。


 領域侵犯した不届き者を成敗しに来た、と言われたら土下座してもっと遠くに退散する心構えは出来ている。


「反応が鈍いやつじゃのう」

「すみませんね。考えることで頭が一杯なもので」


 こういう驚愕の場面に出会ったときに、純粋に驚きが出るよりもあちこちに思考が飛んでいって考え込んでしまうのが俺の癖だ。そういう意味では、急に訪問されてびっくりしているし、あれほど巨大な気配だった存在が小さな気配しか放たない身体でやってきて驚いている。


「それで、世界樹、あの巨大な木の上に住んでいたドラゴンですよね?」

「ほう、ドラゴンとな。なぜそう思ったんじゃ?」


 これはどっちの意味だ。『なぜ彼女があそこで見た巨大なドラゴンだと思ったのか』という意味の問いか、あるいは彼のモンスターにとってはドラゴンというのは特別な存在で、『なぜ自分がドラゴンという存在だと思ったのか』という意味の問いなのか。


 わからないので、両方答えておくことにする。


「なぜあなたがあそこにいた巨大な存在だと気づけたのかという問いなら、答えは気配です。大きさも密度も違いますが、系統、質が同じです。あるいはなぜあなたをドラゴンという存在だと思ったのかと問われれば、あなたのような姿をした存在を漠然とドラゴンと呼称しているからです」


 答えると、何かすごく微妙なものを見たような表情をされる。


「おぬし……めんどくさい人の子じゃの」

「いや相手が相手だから色々考えてるんですよホントに。いつも通りで良いんですかね?」

「構わんわい。かしこまられた方が面倒じゃ」


 頑張って思考を回していた俺の労力。まあドラゴンが敬語をそこまで気にすることは無いだろうと最低限の丁寧語だけで済ましているが、頭の中ではずっと思考を回していたのだ。刺激しないような内容や、相手の目的が引き出せるような内容を話せるようにと。


 まあ相手がいらないというならばいつも通りにいかせて貰おう。


「ならそうするわ。それで、真面目な話、なんで追っかけてきたの? 眠りの邪魔しちゃったから怒った?」

「あほう、そんな理由で追いかけんわい。そもそも人の子のいう怒りはわしには無い感情じゃ」


 そう言った暫定彼女はこっちに視線をずっと向け続けている。


「久しぶりに人の子の気配を感じての。面白そうだから見に来ただけじゃ」

「ほーん」

「ほーんてお主な」

「色々考えてるのほんとに。久しぶりってどういうことだとか、てことはその身体は人間じゃないなとか、面白そうで目をつけられたらめんどくさいなとか」


 普通に考えたら色々聞いてみたい。急に来たからおっかなびっくりの対応になっているが、よく考えなくてもこのダンジョン世界で出会える数少ない知的生命体である。しかも巨大なドラゴンだ。下手すれば人間より遥かに長く、何百年も世界を見続けている可能性だってある。


 そんな相手だからこそ、色々考えてしまって、相手に目的があるかもしれないのに色々聞くのは悪いかなとか考えてしまうのだ。


「素直じゃな」

「じゃあ、とりあえず俺と戦争しようってつもりは無いわけでいいんだな?」

「そんなことせんわい。どうせ相手にならんじゃろうし」

「さよで」


 一瞬ムカッと来たがすぐに冷静になる。あそこまででかい上に世界樹のエネルギーを独り占めしている可能性まであると、まじで戦っても負けそうな気もする。いくら俺がレベルを盛ってスキルも多数所持していても、リソースの差には勝てないだろう。


 加えて、色々と聞いてみたいこともあるしとりあえず俺の方からコミュニケーションを図ってみる。


「ぶっちゃけ今どういう行動をあなた相手に取れば良いかわからないで困ってるんだけど。とりあえず、それどうやって来てるか教えてもらって良い? 本体じゃないだろ?」

「これは眷属の身体を借りておる。わしはあそこから離れられんからのう」

「眷属って言うと、あなたの部下になった人間か? この世界にもまだ人間がいたんだな」


 眷属の身体を借りるというと、なんらかの契約、あるいは魔力的なつながりがあのドラゴンとこの女性の肉体の持ち主の間にあって、それを介して身体をドラゴンが操作している、ということか。


「この子は風の子じゃ。お主ら人の子とは違うわい。むしろお主の方こそ、どこからやってきたんじゃ。もう人の子が絶えて長いぞ?」

「風の子かあ。俺は……なんて説明すればいいんだこれ。そうだな……俺のいた世界に、突然ダンジョンが出現してな。地下にずーっと続く空間なんだけど、それを一番下まで潜っていったらこの世界についてた」


 ダンジョン。その言葉にドラゴンの目が見開かれる。というか待て、凄い今更だが。これドラゴンと言葉普通に通じてるな。日本語が通じてるのか意思が通じているのか。口元を見ていないからわからなかった。


「……災難じゃの」

「やっぱりなんかあんの? あれ」


 ポツリと呟いた言葉に問いかけるが、ドラゴンは答えない。まあそう簡単に答えが得られることだと思ってはいなかったので良いが。


「さて、わしは帰る」

「はい、お疲れ様ですさようならお元気でもう来ないで結構です」

「今日は忙しいからの。また遊びに来るわい」

「聞いて?」


 いや別に来るなら来るで良いんだけども。もうこれ以上妙に緊張することは無いだろうと思うし。普通に話せる相手だとわかったので俺も急に攻撃してくるとか機嫌損ねるとか考えなくて良くなったのは助かった。


「ん、じゃまあ次来たときには質問攻めにするからそのつもりで来てな」

「気分がのったらの」

「ああでも、俺出掛けてていないことも結構多いよ」

「その時は待つわい」

「さいですか」


 多少このドラゴンとの会話のリズムが掴めてきた。というか、俺が妙に緊張してしまっていただけだ。


「まあ、こっちも普通に話したいこと聞きたいことあるから、遊びに来るなら是非来てくれな。うまいもん用意して待ってるからよ」

「ふむ。……人の馳走は久しぶりじゃな。楽しみにしておくとしよう。ではな」


 そう言って、肉体女性中身ドラゴンの人物は背を向けて夕日の指す中を去っていった。

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