第23話 物理現象を無視するとファンタジーが始まる

「相変わらずでっけー……」


 “でかあ”

 “てか湖えぐ綺麗だな”

 “透明度やべえー”

 “これ泳いで渡るんか”


「泳ぐかい。ちょっと迂回したところから陸続きになってるからそこ伝っていくわ。多分夕方ぐらいには根本まで到達するかな」

 

 拠点を出て2日目の午前中に、いよいよ世界樹が目の前に迫ってきた。本当ならもう少し早かったんだが、配信に合わせて俺ものんびり歩いていたのために少しペースが落ちていたのだ。


 湖沿いに歩いて、世界樹の根本まで陸が続いている部分を探す。続いていると言っても複数の島が湖面に浮いている状態になっていて陸がない部分もあるが、飛び移れる程度の距離しかないので余裕で渡れる。


 岸から島に飛び移り、その島を歩いて渡り、また次の島に飛び移る。


 湖の幅が数キロある以上島もそれなりに大きく、木が生えていれば小型のモンスターも生息していたり、水中から陸に上がるアザラシ型のモンスターの停泊所になっていたりもする。今回の探索では基本的に戦闘を避けるつもりなので、それらをうまく躱して島を渡っていく。


「おおー」


 離れたところでおそらく全長10メートルはある剣のような鋭い鱗を持つ魚が水中から飛び出した。飛び出したというか、あれ数匹で戦闘になってるな。おそらくは大型のモンスターと、それよりは小さい、しかし群れるタイプのモンスターで。


 空中に高く飛び上がった大型の魚は、身をひねると、空に向かって大きく口を開く。するとそこに向かって光が収束し始め、やがて巨体が着水する頃には顔と同じぐらいの大きさの光の球になった。そして直後に水中で光線が発射された。


 それに対して水中、そこにいるであろう何かは、水を凍らせることで答えた。通常の湖がいきなり凍結し、湖から氷が飛び出す。氷と光線が衝突し、激しい爆発が起こった。


 そしてその爆発の中氷の塊が勢いよく動き、少しして、水中は静かになった。僅かな間を置いて、頭を串刺しにされて絶命した大きな魚が、氷の槍に貫かれてぷかりと浮かび上がってきた。


「あれ美味しいんかな。食ったこと無いわ」


 “待て待て待て”

 “違う、そうじゃない”

 “感想がそれ?”

 “ガクブルなんだが”


「あれぐらいの戦闘は日常茶飯事よお。俺もロボも気配を殺せるからあんまり襲われないけど、がっつり気配出してたらもっとガンガン襲われるぜ?」


 場所にもよるのだが、ときどき凶暴なモンスターが多数存在しているエリアがある。そういうところでは特に気配を殺すことがかかせない。まあ逆に気配を出して、襲わせて返り討ちにしたりもするのだが。


 そうでなくても自然の中では日常的に戦闘、生存競争が行われているのだ。数年も過ごせば慣れもする。


「まあでも、ここは結構凶暴なモンスターが多い方ではあるよ。多分世界樹の影響で生命力、ってか栄養、後は魔力もか。そういうのがかなり豊富なエリアになってるから、その分モンスターもでかいし強いし、数も多いからね」


 生命力、と言いかけたので言い換えて誤魔化す。このダンジョンの先の世界、魔力に近いがまた別のエネルギーとして、生命力のようなものがどうも存在しているらしいのだ。いや、魔力なのかもしれないが、使い道が違うというべきか。


 俺が思う魔力というのは、持ち主が自由に使えて魔法に転化できるエネルギーである。それに対してモンスター達は、人のように魔法陣などで技術として魔力を使って魔法を放つものもいるが、先程の大きな魚のモンスターのように、持っているエネルギーを純粋に体の一部として扱うものもいる。エネルギーが生態の一部になっている、と言っても良い。そういうのを俺は、魔力と区別して生命力と言い換えるようにしている。


 その生命力というのも曲者で、モンスターによっては、魔力操作による身体強化とは全く違う形でそれを発揮しているものが大勢いる。例えば、皮がとんでもなく硬く変質しているとか。筋肉のサイズに対して出力がとんでもなく大きいとか。金属より強靭な皮を持つモンスターなんてザラに存在しているのだ。生物としての強度が高くなる、と言えば良いか。


 この世界では物理法則の隣に魔力が存在するせいで物理法則が結構息をしていなくて、そういうのを俺はひっくるめて生命力のせいにしている、と言っても良い。


 そのあたりも、いずれ俺のこの世界に対する考察として話したいとは思っているが、正直無理に考えなくても『なんとなくそんなもの』だという認識で十分な気もするので、俺の無駄にひねった理屈を口にするのは憚られるというわけだ。


「でも、ここに限らず強いモンスターが集まってるエリアは結構あちこちにあるからな。拠点の周りがむしろ安全すぎると思っておいて」


 “えぐ……”

 “ジョン勝てるんか?”

 “魔力が多いってことは、ダンジョンの魔素溜まりみたいなもの?”

 “魔力が濃い場所とかファンタジーっぽいわあ”


「さっきのは勝てるよ。でも勝てんのも普通にいると思う。まあ今のところガチでやばそうなのには喧嘩売ってないから負けたことは無いけど。で、魔素溜まりな……当たらずとも遠からずってところかな」

 

 魔素溜まりとは、ダンジョン内に時折存在している、魔力の元になるであろう魔素が超濃密に凝縮されて、ピンク色の綿菓子のようになっている場所のことだ。綿菓子というが、霧よりも遥か濃密な、重さのある圧縮された空気と言えば良いか。


 通常魔力というのは無色透明で、ダンジョン内にはうっすらと魔力が存在している。もちろん大気中の魔力なんてのはモンスターや人の持つそれと比べれば流石に薄いので、魔力による探索なども普通の場所なら可能だが。


 魔素は、そんな魔力のおそらく根幹になる部分だ。俺の予想だが。あの魔素に、生命力か何か、生命のエネルギーが混ざって、魔力という形になる。魔素がそのまま魔力ということはありえない、と俺は思っている。


 というのも、魔素、ダンジョン内においては魔素溜まりというのは結構な劇物なのだ。上層からあるのだが、人が触れるならまだしも吸い込んだりするともうやばい。魔素中毒になってぶっ倒れる。場合によっては死ぬこともある。


 そして生き残ると、直後は魔力が尋常ではなく生産される。だから俺は、魔素が魔力の素の一部で、人間の何かと反応しているのではないか、と想像しているわけだ。


 また、そんな魔素溜まりなので、近くにいれば魔力の自然回復が早かったりする。探索の休憩地点には割と選ばれる場所だ。触れなければ痛くない、火みたいものである。


「魔素溜まりみたいな塊があるんじゃなくて、大気中とか水中、地中に存在する魔力が多いって言えば良いか。存在している魔力の濃度が大分濃いね。特にこのあたりは」


 “ほーん”

 “だからそこにいるモンスターが強いんか”

 “魔力って本当に大事なんだな”


「そうそう、そんな感じ」


 しばらく島や湖を見ながら歩いていると、やがて、先が見えてきた。先、というか崖。


「ほら、見えたろ」


 “いや待って”

 “めっちゃ崖じゃん”

 “え、これ何十メートル?”

 “どういう構造……? 水は下に行かないのか?”


 そう、世界樹の根の部分は、湖に空いた巨大な穴の中に存在しているのだ。底には湖から水が溢れ出して浅く溜まっており、そして世界樹が根を張っている陸がある。


「物理現象は信用すんなってことよ。まじで。こっちの世界、結構こういうのあるよ」


 普通水面というのは同じ高さになろうとする。だがここでは、流れ落ちた水が世界樹のある穴の底にたまることはない。


 物理法則をフォローするとしたら、世界樹を囲う穴の壁面は、地面が隆起したか何かで土と岩の壁ができている、ということか。それに沿うように陸地も穴の周りに多数せり出しており。少なくとも水が不自然に壁を作っているという状態ではない。


 となると、穴の縁から溢れて穴の底にたまる水は、どこに行ってるのか。


「吸い上げてんだろうなあ」


 そんなもの、このめちゃくちゃでかい植物以外にありえないだろう。見上げるは、遥か天をつく大木。一本の木ではなく、複数の幹がより合わさるようにして上へと伸びる巨大な植物が、圧倒的な吸水量で水を吸い上げてしまうのだ。


「んじゃ、世界樹も間近で見上げたところで崖下るよ。ぶっちゃけここまで近いと何が何かわからんけどな」


 外の湖の縁からなら全貌が拝めた世界樹もここまで近づくともうただの壁だ。




 崖を下って10分ほど、といっても垂直に降ったのではなく、崖沿いに降りれそうな道があるのでそこを歩いて下へと降りただけだ。


「やっはー、でか」


 “やべえ……”

 “昔の人が自然に神様を見出したの今ならわかるわ”

 “ここまででかいともう怖い”

 “これ今から調査すんの?”


 世界樹、到着。



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