第22話 1日目

 槍に布袋を結びつけ、それを肩に載せて歩く。隣を歩くロボの方が歩幅が広いが、彼女が普通の狼ぐらいに小さかった頃からの数年来の付き合いがあるので、俺の歩幅に合わせて歩いてくれている。


「見渡す限り草原と丘陵……まあ十数キロしか視認範囲無いからな」


 “景色が変わんねえ”

 “ずーっと丘だな”

 “落ち着くわあ”

 “もう定点ドローン置いて癒やし配信とかでも通じるレベル”


「この似たような景色だけど一歩一歩先が変わるのが良いんだよ。まじで。この先は丘だな、とか、そのさきの丘には洞窟あったな、とかさ。全部丘とか森だけど、中身がそれぞれ違うのよすぐ近くで見ると。そういうのが好きなのよ俺」


 本気で一日中歩いてられる。正直自分でもだいぶ変わってるよなとは思うが、俺はそれで楽しいのでそれで良いのだ。まあ流石に同じところをぐるぐるしたいほどではないし。


「一応説明しとくと、このあたりは丘陵と森って感じのエリアが結構広がってる。で、あっちの方角」


 崖沿いに歩きながら、崖の先を指し示す。


「あっちにしばらく……2、30キロぐらいかな。行くと平原が広がってる。そんでその先に海があったはず。もう行ったのは大分前だけど」


 “海もあるのか”

 “海があるってことはそこはどっかの星みたいになってんのかな”

 “いろんな地形があるんだなあ”

 “まじでそこなんなん? 異世界?”


「一周はしてないんだよなあ。てか今まで探索したエリアもそこまでじゃないし。まじでユーラシア大陸みたいなのが広がってるとすると、俺が一人で探索してどうこうのレベル超えてるからな。日本列島でもまだ広い。九州四国ぐらいなら端から端まで歩くぐらいはできそうだけど、隈なくとなるともうまったく無理だろうし」


 過去最長の移動先が、そのときはあちこち寄り道していたがおよそ一月ほどの移動。完全に直線で行くとしたら一週間から2週間、まあ山や谷やその他色々な地形があるので直線移動なんてのは不可能なんだが。


 俺はどっちかというと、端から端までまっすぐ歩きたいってタイプじゃなくて、適当にフラフラ歩き回って、何があるかを見ていくような冒険の仕方をしている。普通に自然が大好きな俺はそれで大満足なので、寄り道が増えている感じだ。まだ、どこか方角を決めてそちらにひたすら何週間、一月以上まっすぐ進んでみる、なんてことはしたことがない。試みたことはあるが、大抵何かしらに行き当たって止まる。凍土とか砂漠とか巨大湖とか。地面一体がガラスの危険すぎる盆地とか。


「まあ、うん、俺が知ってることをふまえて考えたら、どこかの異世界か、よその星じゃないかなとは思うよ」


 “ほう?”

 “まだ、何か知っていそうですな?”

 “いつかでええから話してくれな”

 “ぶっちゃけ急に話されても受け止めきれないから”


 まあ、そりゃそうよね。ダンジョンが感染する・・・・・・・・・・なんて。俺の阿呆な予想を垂れ流すべきでもない。


「いやしっかしここから見てもでかいなあれ」


 歩き続けて6時間ほど。朝9時頃に出発して、もう日は傾き始めている。視聴者の人たちも、それぞれ探索だったり訓練だったりに出ていって、今は4人ほどが残っているだけだ。いや12分の4残ってくれたらかなり十分な気もするが。


 そしてその間に、崖の向こうに一度見せただけの世界樹は、どんどんと近くになってきていた。まだ数十キロは離れているはずだが、それでも遥か彼方に壁のように見えつつあるのはとんでもないの一言に尽きる。


 “でっかいなーほんと”

 “今日の探索行ってくる~。アーカイブ残しておいてね”

 “いてらー。この距離でもあんだけ見えるって、とんでもないサイズしてるんだなほんと”


「でかいよなほんと。探索行く人は頑張れな。到達は明日になると思うから、また暇があったら見に来て。夜は垂れ流しにしてると思う」


 俺の方はもう少しだ。日がかなり沈んできたところでようやく足を止めるぐらいがちょうど良い。今日は一晩過ごすだけなので仮宿も必要ない。


「モンスターとかも、ダンジョン内のやつらって好戦的だけど、ここのはそうじゃないだろ?」


 左手の丘陵に、巨大なアルマジロのような体躯に背中にきらびやかな石を生やしたモンスターを見つけて言う。あれは宝石アルマジロと俺がど直球なネーミングで呼んでるやつだ。一度狩ったことがあるが、肉は少し癖があったが気になるほどでもなく柔らかさは極上、そして皮は硬すぎて使い道が限られるものの、背中の石が魔石だったようで魔力を込めた工作などにかなり使いやすい。ちなみに宝石アルマジロみたいにど直球な名前にしてるのは、気取った名前をつけて後で恥ずかしくなったら嫌だなと思ってのことである。


 と、ちょうど宝石アルマジロから視線を正面に戻した瞬間、前方の丘陵部分からずしん、ずしん、という腹に響く音が聞こえてきた。加えて、足元もわずかに振動している。前方でちょうど崖が終わっていて、下の地面となだらかな坂で繋がっている。そこから音が聞こえているらしい。


 “何? なにこれ?”

 “”地震か?

 

「いや、これはあれかな。このサイズ感は」


 このダンジョン先の世界に降り立って数年。色んなところを歩いてきたし、色んなモンスターを見てきた。中には信じられないような生態を持つモンスターとか、まさにファンタジーだなーと言いたくなるモンスターとかもいる。


 そしてそれは、規模の上でも同じだ。


 足を止めて見守っていると、やがて坂の下からぬっと巨大な顔が飛び出してくる。分厚い甲殻を持った恐竜のような顔には苔が生え。その次に見えるようになった体には、苔だけでなく草や、丈が低いものの木が生えている。


 全長はおよそ30メートルほどか。地球最大の動物であるシロナガスクジラと同じ大きさだが、こちらはどっしりと地面を踏みしめる四肢に、背中の巨大な甲殻など、体積の面ではシロナガスクジラを圧倒する。


 “……は?”

 “でっ、”

 “あれと戦うのか? 冗談だろ……?”


「戦わん戦わん。さっきも言った通り好戦的じゃないモンスターは結構多いぞ」


 戦慄するコメント欄に笑いながら、目の前をゆっくりと歩いて横切ろうとしているモンスターについて説明する。


「こいつは定住する巣とかが無くて、本当にずーっと徘徊している系のモンスター。前にも冒険中に何回か見たことあるわ。このサイズでもまだ幼体だな。でかくなると全長100は越えてくる。背中が平らになってる上に木とかが普通に生えてて、モンスターが住み着いてたりもするな」


 どうやらこのモンスター、体から栄養分を吹き出しているのか、成体になると背中の植物がどんどんでかくなる。ついでにうんこも同様に栄養満点なようで、そこから新しい芽がたくさん生えているのを目撃することもある。


「背中に家建てたらまじで移動する要塞だよ。こいつ自体がでかいから下手なモンスターは襲わないし」


 本当にひたすら、どこを目指すでもなく延々と歩いている。地上にはいない独特の生態を持った、面白いモンスターだ。


 “あれで幼体……?”

 “でかすぎぃ!”

 “ちなみにその成体より更にでかい生物っていたりする?”


「成体より……成体並にでかいやつなら他でも見たことはあるけど……明らかに成体よりでかいやつはまだ見たこと無いな」


 流石に100メートルにもなると俺が見たモンスターの中でも最大級だ。まあ最強クラスは他にいるのだが。


 モンスターを見送り、再び歩を進める。30分ほど歩いたところで、ちょうど夜を越すのに良さそうな丘陵の間があった。


「あそこ良さそうな。今日はここで夜超すことにするわ」


 “おー野営か”

 “垂れ流しお願いします”


「流しっぱなしにはしておくよ」


 コメント欄に答えつつ、荷物をおろし、ロボの鞍も外して楽にしてやる。解き放たれたロボは獲物を狩りに風のように走り去っていった。

 

 ちなみに野営の警戒についてだが、ダンジョンの出口近辺ではなぜか攻撃性の高いモンスターは生息していない。が、7時間以上歩いてきたことでそのエリアはとうに越えている。


 そのため、野営の準備や料理を始める前にまずは警戒用のトラップ魔法陣を複数設置。


 それからようやく、野営の準備を始めるのだった。


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