アフター9のリセット無法地帯

ちびまるフォイ

セーブポイントはどこから?

『緊急ニュースです。宇宙科学博士、どうぞ』


『みなさん、ただいま専門の研究機関の調査から

 夜9時になると地球がリセットされることがわかりました。

 

 午前5時からは地球は通常の動きを見せますが、

 夜9時から午前4時59分までの間の痕跡はなにも残りません』


と、テレビのニュースでは深刻そうな話をしていた。


「……ぜんぜん意味分からないな」


さっさとチャンネルを変えて朝の占いを見てから出勤。

気がつけばすっかり夜の9時になっていた。


「はあ。今日も残業か……」


リセットがどうとかテレビで見ていたが、

夜9時を回ってもいつも通り時間は進んでいた。


「よし、これで終わりだ」


夜11時になって残業が終わって終電に飛び乗った。

翌朝、会社にいくと上司がブチ切れているのがわかった。


「山田! 貴様、昨日こんなに仕事を残して帰りやがったな!!」


「え!? いや、昨日しっかり残業して片付けましたよ!?」


「うるせぇ! ここに仕事が溜まってるのが何よりの証拠だろ!!」


デスクの上には昨日の仕事が手つかずのまま残っていた。


そのときハッと思い出した。

昨日、残業終わってからちゃんと退勤前にタイムカードを押していた。


タイムカードを確認すると、そもそも退勤されていなかった。


「ゆ、夢でも見てたのか……?」


「今日は終わるまで帰さないからな!!」


その日は上司の監視のもと残業第2ラウンドが行われた。


「部長……終わりました……」


「よし。だがもう電車はないから会社で寝るぞ」


「ええ……」


こうしてデスクの下に縮こまって翌朝を迎えた。


翌朝、椅子に座ったまま目が覚める。

デスクの上には仕事が残っていた。


「なんで!? 昨日ちゃんとやったのに!?」


まるで同じ世界をループしているんじゃないかと思ったが、

きちんと日付は毎日1日ずつ動いているからますます混乱。


部長も目が点になっていた。


「どういうことだ……。夜9時すぎのメールも送られてない。

 いったいなにがどうなっているんだ」


部長も驚いているリアクションをしていることから、夢じゃないとわかった。

思い出されるのはニュースの言葉。



"夜9時になると地球がリセットされることがわかりました"



「まさか……」


給湯室にかけこむと、夜9時前にお湯をそそいだカップ麺が残っていた。

夜9時にできあがって食べたはずなのに、まだ残っている。


「ほ、本当に夜9時から翌朝までの時間がリセットされてるんだ……」


その日は体調不良とごまかして早退した。

ほかにどうしてもやりたかったことがある。


「3秒前……2……1……夜9時になったな」


時計でちゃんと時刻を確認してから、コンビニへ向かった。


「動くな! 金を出せ!!」


包丁を店員につきつけて叫ぶ。

店員はレジのお金をカバンに詰めていく。


「よし、そのまま動くんじゃないぞ!!」


カバンを抱えて外に猛ダッシュ。

なんとか家につくことはできたが、まもなく警察がやってきた。


「山田! コンビニ強盗の現行犯で逮捕する!」


「な、なんの証拠があるんですか!?」


「監視カメラに映ってるんだよ!」

「げ」


逃走劇はその日のうちに終わってしまった。

やがて太陽がのぼり始めた頃に警察署へと連れて行かれる。


「いいか、これからお前の容疑をあげていくからな」


「はい……」


午前5時を迎えた。





「……あれ」


俺はコンビニ前の歩道に突っ立っていた。

それが実験の成功を意味していた。


「やっぱりだ。夜9時以降がふっとんでる……!」


家に戻っても強盗したお金は消えてるし、

いくら待っても監視カメラの映像をもとに警察がやってくる展開もなかった。


夜9時から翌朝までの時間は、

記憶には残っても記録には残らない。


「……って、ことはやりたい放題ってこと!?」


その日の夜9時。

俺は顔を隠して銭湯の女湯へと乗り込んだ。


しかも先客がいるらしく、同じく覆面をしていた。


「おや? あなたもノゾキに来たんですか?」


「え、ええ。なんか緊張します……」


「大丈夫。どうせこの時間のことは、明日になったら消えるんですから」


まもなく女湯からは甲高い悲鳴があがった。

俺ともうひとりは目を血走らせてその光景を網膜に焼き付けた。


「引き際です! さあ逃げましょう!」

「は、はい!」


銭湯から猛ダッシュで逃げていると、正面からパトカーがやってきた。


「え、もう通報されたのか!?」


しかしパトカーはスピードを緩めることなく突進。

すんでのところでかわしたが、もうひとりのノゾキ魔を跳ね飛ばした。


フロントガラスを真っ赤に染めたパトカーからは、

錯乱状態の警官が銃を撃ちながら降りてきた。


「あははは! 本当はこういうことやりたかったんだ!!

 死ね! みんな死ね死ね死ねーー!!」


通行人に見境なく銃を撃っていく。


「よ、夜9時を過ぎたからって……なんでもしていいわけじゃ……」


「うるせぇぇぇ! 本官にさからう人間は処刑するぅぅ!!」


錯乱しているのに狙いは正確で、きれいに眉間を撃ち抜かれてしまった。

翌朝を迎えることなく、命を終えてしまった。




翌朝、俺はほっかむりをしたまま銭湯の入り口に突っ立っていた。


「あ……。し、死んでない……?」


たしかに死んだはずなのに、それすらもリセットされていた。


やがて、夜9時以降のリセットが広く知られるようになると

みんな自分の好き勝手をしはじめるようになり町は大混乱になった。


どれだけ破壊しても、殺しても、死んでも元通り。

日中のストレス発散に夜のリセットタイムはまさに無法地帯だった。


そんなある日のことだった。

ふたたび緊急ニュースが差し込まれる。


『みなさん、ますます地球は不安定な状況です。

 これまでは夜9時からリセットがかかりましたが、

 今後はいつリセットされるかわからなくなりました』


「……は?」


『いつリセットが起きるかもわかりません。

 どこまでリセットで消えるのかもわかりません!』


ニュースを見てたが、くわえていた歯ブラシを落としてしまった。


「リセットされるかわからないって……。

 それじゃ、どこまでセーブされてるかわからないじゃん……」


その日は普通に仕事をし、普通に家に帰った。

もう夜9時以降にはっちゃけられないと思うと、自然と真面目に生活するようになった。


「あーーあ、今度は全財産を博打に突っ込んでみようかと思ってたのになぁ」


などと、もう失われたリセットタイミングを嘆いていた。




その口から歯ブラシが落ちた。


「……は?」


テレビでは緊急ニュースでリセットタイミングがめちゃくちゃになったことを伝え続けている。

時間を見る。今朝になっている。

この感じには覚えがあった。


「り、リセットされたんだ……」


この時間がセーブポイントなのか。

どのタイミングでリセットされたのかわからないが、今朝へリセットされた。


またこの時間に戻るのかと思って今日を過ごしたが、何も起きずに翌朝を迎えた。

その日のうちにリセットされないときもある。


数分単位でリセットされることもあるし、

数日単位でリセットされることもある。


もう本当にリセットされるタイミングは未確定。

どこまで戻るかもわからない。


イレギュラーなリセットにより誰もが働く気を失い、

電車もバスも動かなくなってしまった。


捨て身の人たちは町で大暴れし、外に出れば無事で済まされない。


もう世界の秩序はすっかり崩壊していて嫌気が差していた


そんなときだった。


『緊急ニュースです! 先ほど、時間研究所より

 地球のリセットを止める装置が発明されました!!』


緊急会見が開かれている。


『みなさん、不定期なリセットで悩まされていたでしょう。

 ですが、もうこの装置を使えば大丈夫。

 リセットされることもなくなります!』


「や、やった! やっといつもの日常に戻れるんだ!」


毎日、今日を積み重ねて明日を迎えられる。

そんな日にやっと戻ることができる。


どれだけ努力してもリセットされてしまい、

どれだけあがいてもゼロにされてしまう世界から解放される。


「あぁ……本当に長かった……」


テレビではちょうど装置のスイッチを入れるところだった。


『では、リセット制御装置のスイッチを入れます!

 カウント! 3秒前、2……』




次の瞬間。



自分の目に映る風景は病院に切り替わっていた。


(ど、どこだここは!? リセットが戻ったんじゃないのか!?)


けれど、制御装置のスイッチがONになるのを見届ける前に

すでに病院に移動したことからリセットが起きたことはわかった。


問題はどこまでリセットされて、今がいつなのか。

どこのセーブポイントまでリセットされたのか。


それに体には力が入らないし、口もうまく動かない。


力のかぎりをふりしぼり、やっと言葉を話せた。



「ば、ばぶぅ~~!」



やがて、リセット前の記憶は幼児の体に吸い込まれて消えてしまった。

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