第2話

 町から少し外れた場所、繁る木々と湖がある。金持ちが一生に一度、自然が多い場所に憧れて別荘を建てたがる…そんな場所だ。


 暫く車を走らせていると白い洋館が見えてきた、辺りに家は無いので恐らくあの家だろう。

 金持ちの家だなあと、遠くの景色と併せて洋館をぼんやり見つめながら走る。

 しかし、近づいて行くにつれてそのおかしさに気づく。


 —大きいのだ。すごく。


「…おいおい。俺があと5人ぐらい必要な大きさの家だぞ」


 洋館の前に車を止めて、暫し館を仰ぎ見る。

 少し、安心した。この家をゴミ屋敷にするのは難しいだろう、あらかた掃除が苦手な金持ちが家にほこりが溜まってきたから掃除をしてくれなんていうことに違いない。これならなんとか自分1人でも依頼をこなせそうだ。


 だが、人からお金を貰って仕事をしている。舐めてかかるだなんてよくないと作業着に汚れがついていないかと一応手で払ってから、大きな扉を数度叩いた。


「ごめんくださーい!」

 …返事は無い。更に何度か扉をノックしてみる。

「レーヴさん、今日はお掃除のご依頼ということで伺わせていただきました!……水瀬でーす!」

 周りには家も無く、人の気配も無い。ただ虚しく司の大声が響くだけだ。


「……うーん、もしかして……いたずら?」

 ちゃんと電話で依頼をもらったし、拙い喋り方だったけど、悪い人の話し方とは思えなかったんだけどなあ…。

 …一度、電話をかけてみようか。作業着の胸ポケットを探り携帯を取り出し、依頼主の電話番号にかけてみる。


ツ、ツ、ツ、……中々電話がかからないと、携帯の画面に目を向ける。


「へ!?」

 そこには圏外の表示。

 依頼をもらった時は確かに、電話は繋がっていたはずだ。家の中を見回しながら、あそこがどうだ、ここがどうだと話していたから確実にこの館の中から電話をしていた。確かに電波は繋がらなさそうな土地だが……。


「誰?」


 涼やかな声音、すう、と耳に染み入る。

 振り向くと自分の肩ぐらいの身長の少女が佇んでいた。フリルがたっぷりとあしらわれた膝丈の漆黒のワンピース。大きなリボンのヘッドドレスにも繊細なフリル。

 くるくると可愛らしく巻かれた黒髪のツインテール。長い睫毛は顔に影をつくる、瞳はカラコンをつけているのか深い青色だった。人並外れた美しさだ。


 しかし、31歳のおじさんにはそのファッションをどう表せばいいか、言葉を探るのに時間がかかった。原宿系、そう、もう少しだ。地雷系?は違うな……10年前ぐらいに特に流行ったアレ、下妻系……フカキョン、俺に力を与えてくれ…!


「…ロリィタって、まだ珍しい?」

眉を寄せて、うんうんと考えこむような表情で見つめていれば、相手も察して口を開く。

 はっ、と気付いて慌てて背を正すと、急いで頭を下げる。

「いえ、その……見惚れてました!すみません!いや、こ、こんにちは!この家の方でしょうか…?今日こちらのお家の掃除の依頼をいただきました便利屋の水瀬です!」


 あまりの勢いに少女は少し驚いて目を丸める。思い出すように首を傾げたあと、そういえば、と館に向かい歩き出す。


「ああ…そういえば”ドロワ”が頼んでいたかも。…ついてきて」

 冷静で、聡明そうな顔つきをしている少女だ。

 厚底の靴で慣れたように玄関前の階段を登る。多分、自分がその靴を履いたら2秒で足を捻ってしまうだろう。


「……あら?」

 ゴソゴソと小さな鞄の中を弄る。しまいには鞄をひっくり返してザッザッと中のものを出すが財布以外は持ち合わせていないようだった。

 これは、まさか…あれか。俺も小学生の頃よくやっていたがと一瞬懐かしい気持ちが蘇る。

「えーと……もしかして?」



「鍵、忘れて外に出ちゃったみたい」

 鍵を忘れて外出し、家族に締め出されちゃうやつ……!!!

 美しく、聡明そうに見えたその顔つきは、実はあまり物事を考えていないゆえの顔つきだったのかもしれない。


 …2人の間には暫しの間沈黙が流れた。

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