不良少女の心模様 中編
勢いで沢崎をデートに誘ったものの、結局彼女は逃げ出してしまい、話は進まず。
その後も学校では目が合うとそっぽを向き、取り付く島もない。
……いったい、どうすれば良かったのか。答えは未だに出ないままだった。
******
【天野視点】
翌日の放課後――喫茶ミニドリップにて。
「――おい、天野。その様子、さては沢崎に振られたか?」
谷村がチョコパフェを堪能しながら、ニヤニヤとからかってくる。
俊樹はアイスコーヒーを飲みながら、ちらちらとカウンターに立っている香笛をみつめていた。
「振られてなどいない! ただ、ちょっと……ややこしいことにはなった」
ことの経緯を、とりあえず二人に説明する。校舎裏で沢崎と揉めたこと、彼女の本音、そして勢いのままデートを再提案したところまで。
谷村と俊樹は揃って呆然とし、カウンターで盗み聞きしている香笛はグラスを落としそうになっていた。
「マジか、お前……」
「天野、お前って結構命知らずなんだな……」
「でも、沢崎がそんなことを思っていたなんてな……。これはしっかり話さないと、また誤解が生まれるぞ?」
「誤解と言われてもな……」
どうするべきか、本気でわからない俺はしばらく黙り込む。香笛がカウンター越しに、悩むことなんてないだろと言わんばかりに鋭い視線をぶつけてくる。
「……俊樹。あれ、お前の彼女だろ? なんとかしてくれ。まるで射殺すような目線、人によってはトラウマになるぞ」
俺のぼやきに、俊樹が『彼女』というワードに慌てる。いや、割と本気で言ってるんだが……。
ちなみに、当の本人である香笛は無視を決め込んでいた。
「なあ天野。沢崎と仲直りしたいなら、普通に謝るだけでは足りないんじゃない?」
「俺も谷村の意見に賛成。ここはほら、デカいイベントでさ、ドーンと!」
「デカいイベント……そんなもの、どうすれば」
「……沢崎さん、絶叫系の乗り物が好きらしいですよ」
二個目のパフェをテーブルの上に置きながら、香笛が淡々と呟く。
「……とうとう、盗み聞きを隠さなくなったな」
「……何か?」
氷のように冷めきった眼差しを彼女から向けられ、思わずすくむ。
「いえ、何も」
……こいつといい沢崎といい、おっかない女子が多すぎる。
「……富士急ハイランドとか、どうですか」
ステンレス製の丸いトレーを抱えながら、香笛が無愛想に提案する。
「いや、流石に高校生が簡単に行けるような場所では……」
「チケットについては、気にしないでください。こういうイベントに、絶対食いつく出資者がいますので」
「しゅ、出資者……? そんな物好きがいるのか?」
「何かしらの犠牲を伴うので、あまり使いたくない手ですけど……沢崎さんのためなら、仕方ありません」
香笛の言葉に思わずポカンと口を開けつつも、俺はとりあえず香笛の提案に乗ってみることにしたのだった。
******
【春風視点】
夜も更け、時刻は十九時を回り始めた頃。喫茶ミニドリップのカウンターでグラスを磨きながら、私――香笛春風は、店内の静かな秒針の音を聞いていた。
「……そろそろ来るはず」
唐突に入店を知らせるドアベルが鳴り、これまで静かだった店内に喧騒の火が灯る。
「はるちゃんー! やっほー! 今日も来ちゃった!」
相変わらずのハイテンションで現れたのは、常連客の武藤愛。
「いらっしゃいませ。あれ、今日はいつもと服装が違うんですね」
20代後半の女性らしい洗練された雰囲気を持つ彼女が着ているのは、黒のオフショルダーブラウスだ。ゆったりとした長袖は袖口がふんわりと広がり、鎖骨部分を露出したデザインであるものの、彼女の豊満なバストを控えめに見せていた。
ブラウスはウエストで軽く結ばれ、女性らしいシルエットを際立たせていた。下に合わせたのは、グレーのチェック柄がシックな印象を与えるハイウエストのパンツ。
裾がくるぶし丈で細身に仕立てられており、彼女のスラリとした脚を美しく見せている。足元には、黒のパンプスが控えめなヒールでカツカツと音を立て、歩くたびにリズムを刻む。左手には、黒と白のツートーンがモダンな印象のブリーフケース型のバッグを提げ、仕事帰りのキャリアウーマンらしい知的な魅力を漂わせていた。
普段ならワイシャツと黒のスラックスというシンプルな格好なのに、今日に限っては全体的にシンプルながらも洗練された大人の女性を感じさせる装いだ。
「ふふーん! やっぱわかっちゃう?」
「さては、合コンですね」
「正解! しかも相手は将来有望な医者の卵! 気合だって入るもんよー!」
袖をまくって気合十分の様子を見せる彼女。快活だけど、どこか残念な雰囲気が漂う武藤さん。私の代から出来た、数少ないミニドリップの常連である。
彼女の大好物は恋バナと青春、そして私が淹れたコーヒー。別に私も武藤さんのことは嫌いじゃない。しかし、ちょっとだけ……いや、だいぶ面倒くさい時がある。
「……武藤さん。気合い入れすぎて、逃げられないでくださいね」
淡々と、敬語で忠告しておく。武藤さんは相変わらず聞いている気配はない。多分また失敗するんだろうな……と失礼ながらこの後の合コンを予想した。
カウンターにバッグを無造作に置き、アイスコーヒーを注文する。
ここまで、いつも通りだ。
「それで、はるちゃんの方は何か面白い話とかないの? ほら、あの色男くんとか」
武藤さんが目を輝かせて身を乗り出す。勢いにあわせて豊満な双丘が揺れる。格差を見せつけられた気がして若干イラッとしつつも、私は昼間のことを思い出していた。
「……実は、あります。武藤さんの興味を引くような話」
「うっそ……! なになに! とうとうはるちゃん、大人の階段を……!?」
「のぼっていません。まったく、そろそろセクハラで訴えますよ?」
たまに中年男性みたいなセクハラをぶつけてくる武藤さん。性別が違えば事案である。
「そ、それは勘弁……!」
相変わらずの武藤さんを、私はジト目で睨みつける。
「……ちなみに、話は私じゃなくて、沢崎さんです」
「……うん? まさかの真夜ちゃん?」
武藤さんがストローでグラス内の氷をくるくると回しながら、前のめりで聞いてくる。
「天野さんが、沢崎さんを傷つけました」
「……はるちゃん。沈める場所は御浜海岸じゃ駄目かな」
「近いので駄目です。すぐに足がつきますよ」
「……確かに」
真剣に考え込む武藤さんを制止し、私はあらためて詳細を話すのだった。
******
「えー! なになに、めっちゃ青春しちゃってるじゃん!! 天野くんって、あのメガネでちょっと髪長い子だよね? いやぁ、若いって凄いね……同級生のお母さんに行っちゃうかー……」
武藤さんがうんうんと頷きながら、アイスコーヒーを一口含む。
「沢崎さんのお母さんと知ってからは、流石に諦めたそうですけど」
グラスを棚に仕舞いながら、私は話を続けた。
「……それで、どうやら天野さんは沢崎さんと仲直りしたい意思があるみたいです。ただ、沢崎さんにまっすぐ謝っても駄目だったみたいなので、絶叫系が好きな沢崎さんの趣向を踏まえて、富士急に誘うという案が出ました」
「なるほどなるほど、いいねー青春だねー!」
「ただ、問題はチケッ――」
「おっけ! 任せて! なんなら交通費も、ついでにご飯代もつけちゃう!」
私が言い切るより早く、
「 こんな青春の一ページ、投資しないわけないじゃん! 大人の力で解決するなら、私は喜んで出資するよ!」
武藤さんが目を輝かせ、頬に手を当てながら嬉々として叫ぶ。
予想通りのノリノリっぷりではあるものの、流石に悪い気はしている。
「……ありがとうございます。では――」
「待って待って、はるちゃん。まさか、このまま終わるとでも?」
「……ですよねー」
そうは問屋がおろさない。もとより覚悟していた私は、武藤さんの条件を黙って聞くことに。
「もちろん、ここははるちゃんと色男くんも交えてダブルデートでしょ!」
腕を組みながら、強く頷く武藤さん。強調される胸部に、つい視線が行く。
「……は?」
思わず、思考が停止する。
「す、すいません。……え?」
……私が? ダブルデート?
覚悟していた内容とはだいぶ違ったため、流石にすぐ飲み込めなかった。
「いえ、武藤さん、これはですね、沢崎さんが――」
「はるちゃん。確か色男くんと友達として再スタートしたんだよね? そして色男くん、めっちゃはるちゃんのこと好きだよね? 再スタートしたけど全然二人で遊んだりもしてないよね? じゃあ答えは一つだよね。いつデートに行くか、今でしょ」
「……古いですよ」
拳を握り、勝手に盛り上がる武藤さんに冷ややかな眼差しを向ける私。
確かに伊田さんとは友達として再スタートした。だ、だけどそれとこれとは話が別というか……。
「私は行きません。これは、沢崎さんと天野さんだけで――」
「ダメダメ! 私の出資の条件は、はるちゃんもダブルデートに参加すること!」
「そ、それにですね。そもそも、伊田さんが行くって言うとは……」
「いや、言うでしょ。なんなら、食い気味で喜ぶと思うけど」
「……そう、かもしれませんね」
私は深くため息をつきながら肯定する。確かに、あのスク水変態野郎は喜ぶと思う。
「まあまあ! はるちゃん、照れなくていいよ! 真夜ちゃんのこと心配してるんでしょ? だったら、はるちゃんも一歩踏み出してさ。今という時間は二度と戻ってこないんだし、色男くんと絶叫マシン乗って、青春楽しんじゃいなって!」
不意に真剣な面持ちで、諭すように呟く武藤さんを見て、私は観念する。
私は以前から、この武藤さんには弱いのだ。
「……はぁ。ずるいですよ、本当」
渋々承知した私を見て、武藤さんが拳を突き上げる。
「いよーっし! ここはわたしの合コン成功祈願も込めて、カラオケだー!」
武藤さんに催促されるまま、私はやれやれと言わんばかりにカラオケセットを準備する。
本当――この人には敵わないな。
「ほらはるちゃん、一曲目好きなの入れていいよ!」
差し出されたマイクを受取り、私は喉の調子を整えつつ曲を送信した。
「はぁ……わかりました。それではこの曲から、V6で――『Darling』」
「ふっる……」
選曲にドン引きしつつも一緒に熱唱してくれる武藤さんと、上機嫌で歌う私。
「Darling! Darling! いいJust nightー割り切れないshotにgoodときてーるー」
待ち受けるイベントに心が揺れ動くものの、今日もミニドリップは平和である。
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