不良少女の心模様 前編
――翌日の放課後、俺は最近の溜まり場である喫茶ミニドリップに訪れていた。
犬猿の仲である不良……沢崎の涙と桜雪さんの件が衝撃で、未だに思考がめちゃくちゃである。
カウンターでは俊樹の想い人、香笛が無愛想にグラスを磨いている。たまにこちらへ鋭い視線を向けてくることに気づかないフリをしつつ、俺は谷村と俊樹を待っていた。
******
「おい、どうした天野。いつになく死にそうな顔して。例の『運命の女性』とやらはどうだったんだ?」
谷村がソファにドカッと座り、からかうように笑みを浮かべる。俊樹は静かに腰掛け、俺の様子を窺う。
「……桜雪さんが、沢崎の母親だった。で、沢崎に泣かれた」
昨日の出来事を、俺は二人へ一気に吐き出した。谷村がコーヒーを吹き出し、俊樹は呆然。おまけにキッチンからは、グラスの割れた音が響き渡る始末。
「……失礼しました」
かすれるような小声で、香笛の声がキッチンから届く。あいつ、聞き耳立てていやがったな。
「は!? 沢崎の母親!? んで、泣かれた!? 情報量が多すぎるって!」
谷村がやや大きめな声で抗議するも、俺の深刻な表情を見て声のトーンが下がる。
「えっと……天野、詳しく聞いても?」
俊樹の催促に、俺は黙って頷く。映画、ゲーセン、沢崎家での出来事、今回のデートが娘さんのミスであること。そして、沢崎の涙のところまで全部話す。
キッチンからは、ポニーテールの頭とリボンがひょっこり見えていた。本人はバレていないつもりかもしれないが、盗み聞きしているのがバレバレである。
「お前……それは、やっちまったな」
谷村が腕を組みながら、うんうんと頷く。
「だって沢崎を傷つけたんだろ? しかも母親の桜雪さんを狙ってたのがバレたなんて……」
「これは俺も、天野が悪いと思う」
谷村に同調するように伊田も顎に手を当てながら頷く。キッチンから覗かせているポニーテールの頭も、僅かに上下に揺れていた。
「それにしても、沢崎が泣くって相当じゃないか。あいつ、いつも天野に対して真っ向から殴りかかってくるタイプだろ? まさかとは思うけど、お前に特別な気持ちがあったんじゃ……?」
「特別な気持ち? ハハッ、そんな馬鹿な。普段喧嘩しかしてないのにか? 憎み合うことはあれど、好かれることなどあるわけがない」
憮然と否定してみるものの、沢崎の笑顔や赤面が脳裏にちらつく。何故か妙に、谷村の言葉が引っかかっていた。
「天野……正直、沢崎さんについて、どう思ってる?」
俊樹の静かな言葉。キッチンからは、とうとう香笛の顔半分が見えていた。冷ややかな香笛の眼差しが容赦なく俺に突き刺さる。ことと次第によっては、グラスが飛んできそうだった。
「どうって……わかるだろ? 天敵だよ天敵」
グラスを投げるようなモーションで威嚇してくるポニーテール店主の脅しに屈さず、俺は自分の気持ちを正直に話す。
目を合わせれば喧嘩ばっかしてるんだ、それ以上の感情なんてあるわけない。
「天敵、ねえ……。でも、これからどうすんだ? 沢崎のこと」
谷村の質問に、俺は頭を抱える。桜雪さんへの憧れはあれど、沢崎の母親となれば話は別だ。俺の恋は完全に終わった。それに……何故かあいつの涙が胸に刺さったままなのがもどかしい。
「……沢崎に謝りたい。流石に、俺も今回のことは悪いと思っている」
俺は眼鏡を中指で直しながら、本音を吐露する。
「……それなら、素直に謝るしかないな。沢崎も、本気で謝れば、話くらい聞いてくれるだろ」
やれやれと谷村が笑い、俊樹もあわせて頷く。キッチンにいる香笛は満足げな表情を浮かべつつグラスを磨いていた。
……仕方ない、どうなるかはわからないけど、やってみるしかないか。
******
後日――俺は放課後の校舎裏に沢崎を呼び出した。正直、今回の件については、悪いことをしたと思っているのが本音だ。そこに偽りはない。
校舎裏で、壁にもたれかかりながらガムを噛んでいる彼女を見つけ、俺はおっかなびっくりで話しかける。
「……おい、沢崎」
沢崎が俺に気づき、途端に目線が鋭くなる。
「……あ? 何だよ、こんなとこに呼び出して。喧嘩か? いいぜ、いつでも」
完全に突き放すような、冷たい声。俺は怖気づきながらも、深呼吸して近づく。
「お前と喧嘩するつもりはない。その、土曜日のこと……悪かった。この通りだ」
意を決して、俺は深く頭を下げる。
「……別に、テメーから謝罪を受ける筋合いはねえけど」
俺の謝罪を、沢崎が吐き捨てるように無下にする。声色には、確かな怒りが感じられた。
「いや……それは、その」
……つい、言い淀む。
「ば、バカにしてんのか! 謝る理由くらい考えてから来やがれってんだ!」
沢崎からの容赦ない蹴りが飛んでくる。しかし、普段とは比べ物にならないほど手加減されていた。
「わ、悪い! とりあえず、お前に謝んなくちゃって思ったから!」
「な、なんだよそれ……!」
一瞬見せた沢崎の動揺に、俺は覚悟を決めて心情を叫ぶ。
「あの日! 沢崎と過ごした時間、嫌いじゃなかった! 映画も、ゲーセンも、正直楽しかった!」
沢崎の目が大きく見開かれ、すぐに顔を背ける。
「ふ、ふざけんな! 今さら……!」
声も、唇も震えている。あの、誰もが恐れる最強の少女が。俺は、どうしようもなく胸が締め付けられた。
「俺だって……あの日、悪くないって思ったんだよ! 普段テメーとは喧嘩してばっかだけど! なんかわかんねえけど楽しかったんだよ! クソが!」
沢崎から漏れる本音の叫び。俺と同じ気持ちだった沢崎の想いを知り、さらに罪悪感が増していく。
「沢崎っ!」
俺は、彼女の両肩を強く握り、目線を逸らす様子を気にすることなく声高に叫ぶ。
「……もう一度、遊びに行かないか!」
「は……はぁ!?」
――バキッ!
突然、沢崎の拳が俺の頬を直撃。鈍い痛みが走るが、俺は黙って受け止める。
「ば! バカか、テメーは! 誰がテメーなんかと……!」
沢崎が顔を真っ赤にしながら、拳を震わす。
「……お前と過ごして、悪くなかった。正直、映画の内容とかよくわからなかったけど。でも沢崎、お前と遊んだあの日は楽しかった。だから俺は知りたい、なんでお前の涙に心が締め付けられるのか、その理由を」
「な、な……!」
再度殴りかかってくる沢崎の拳を止め、俺は彼女の胸ぐらを掴みながら言い放つ。
「だから、もう一度デートに行くぞ! 文句は言わせん!」
「んなっ……! な、な……!」
顔を真っ赤にして動揺する彼女と、暴力に折れず脅すような形でデートに誘う俺。
世にも奇妙な空間が――そこには広がっていた。
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