第??話 菫ーすみれー 後編
「ささ、狭いけど入ってよ!」
怜さんが一言呟き、自身の部屋に通ずる扉を開ける。
遮光性カーテンによって窓が覆われた、真っ暗な部屋。ドアを開けたことによって差し込んだ光が、一人の少女を僅かに照らす。
仰々しい様子で座椅子に鎮座するのは、ゴシックロリータドレスを身に纏った少女。
彼女の緋色の左目、碧色の右目が私をまっすぐに捉え、不敵に微笑む。
「……ようこそ、暗色しかない世界へ。歓迎するわ」
見知らぬ少女との対面にたじろぐ私と、呆れ顔でカーテンを容赦なく開ける怜さん。
「……人の部屋で何してるのさ。 今日、呼んでないよね?」
窓から日差しが一気に射し込むことで、室内の明るさが増して部屋の輪郭と少女の姿がはっきり現れた。
前髪で右目をほとんど覆った、紫のラインを織り混ぜた黒髪が特徴的な少女。
「もちろん――新たな魔女との邂逅、その為に」
「……人様の娘を魔女呼ばわりは、流石に止めた方が良いと思うよ?」
まるで、気を許した者同士の会話。そんな雰囲気を察した私は、ようやく二人が友人関係であることを理解した。
「えーっと、ごめんね? 紹介が遅れたけど……この怪しい人の名前は――」
「初めまして、第三の魔女。私の名前はアイリス」
座椅子から立ち上がり、私の目の前に立った彼女が徐ろに手を差し出した。
彼女の瞳の色、振る舞い、言動に戸惑いつつも、私は頷きながら差し出された手を握って友好の意を示した。
「あー……ちなみに本名は
「フッ……そんな仮初の名など、とうに捨てたもの」
「何言ってるんだか……。昨日、先生に呼ばれてたでしょ。テストが赤点で」
「……うるさい!」
理解が追い付かぬまま、私はとりあえず名前に関して頷いてみせる。
色々と不思議ではあるが、少なくとも悪い人では……なさそうだ。
******
「この水色と白のアクセントが、君のポニーテールの髪型ともマッチしてると思うんだよね〜!」
「いいえ。それよりも、この漆黒のドレスが似合うと思うわ。魔女の風格にふさわしい装飾と色よ」
互いに持ち合わせた服を私の前に差し出し、交互に置き鏡の前で服をあててみる。
「って、ちゃっかり服まで持ってきてるし! 今更だけど、どうやってボクの部屋に侵入したのさ!」
「侵入だなんて人聞きが悪いわね。別に何も難しいことはしていないわ。ただ、母上に挨拶をしただけ」
涼しい顔で、
「どうやら貴方と違って、母上は私が来ることを歓迎してくれるみたいね。嬉しい話だわ」
「あの母に……セキュリティを期待するボクが間違っていたよ……」
「真夜お姉様にご挨拶をと思ったけど、扉から漂うオーラを察して止めたわ」
「賢明な判断だね。寝てる時のヤンキーを起こすなんて、ただの自殺志願者だよ」
怜さんの話を聞いて、私は真夜さんが寝ている時はそっとしておこうと心に決めた。
彼女の恐ろしさに身を震わせつつも、私は怜さんから受け取った服に着替え始める。
怜さんが用意してくれた服は、嬉しいことにサイズがピッタリだった。
「ボクが君くらいの時に着ていた物だからね、多分サイズもちょうど良いんじゃないかな?」
細く青い胸元のリボンを蝶々に結び、細かな部分を微調整してもらう。
「――うん! 可愛い!」
鏡の前に立つ己の姿を見て、私は思わず呆気にとられた。
纏う服が変わると、こうも見え方が変わるのか。
「……まあ、それも悪くはないわね」
どこか不服そうに、私を見つめながら褒めてくれるアイリスさん。
「ふふん、なにせボクが着ていた服だからね!」
――それから私は、しばらく二人と共に色んな服を着回して楽しむのだった。
春風ドリップ 番外編集 七瀬 @witchmihuyu
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