春風ドリップ 番外編集

七瀬

第1話 向こう側



「やっぱ……夏と言えばビキニだよな」


強い日差しも大人しくなり始める夕方。現在は放課後の帰り道。


7月になったばかりということもあってか、隣を歩いている悪友が意味不明なことを呟く。


あまりに唐突すぎて、俺は思わず口に含んだお茶を吹きだした。


「ぶふっ……!」


「うわっ! 汚ったねえな俊樹!」


先程の発言をした坊主頭の男、谷村が俺から飛び退いて離れる。


「……フッ、今の時代はどうやら眼帯ビキニらしいぞ」


谷村と俺のやり取りに目もくれず、もう一人の悪友天野は冷静に話を続けていた。


「眼帯ビキニ? 何それ、まさか眼帯をビキニとして付けるのか!?」


天野の台詞に、早速谷村が食いつく。


「そんなわけあるか。眼帯がビキニの代わりになるわけないだろ」


「だよな……あんな小さいと乳輪はみ出ちゃうもんな」


「……真面目な顔して、何を冷静に分析してるんだ」


谷村のアホ具合に、思わずツッコミを入れてしまう俺。


暑さで頭がおかしくなったのだろうか。いや、彼は前からそうだった。


「いやいや! 重要なことだぜ!? 俊樹は興味ないってのかよ!」


「そ、それは……だな……!」


谷村の勢いに気圧され、俺はしどろもどろになる。


「コイツは俺達と違ってモテるからな。もはや見慣れたんじゃないか」


「うーわっ……もう友達やめるわ」


まるで裏切られた、とでも言わんばかりに谷村が深いため息をつく。


「そんなわけあるか! そして下らない理由で友達をやめるんじゃない!」


「……下らない、だって?」


俺の発言に対し、何故か天野が食いつく。


「ならば、お前は眼帯のが気にならないと言うのか?」


「……いや、眼帯の向こう側は目だろ」


ついつい冷静に突っ込んでしまったが、天野の目は揺るがなかった。


「違う、それは通常の使用をした場合だ。今俺達が話しているのは水着……つまり胸に装着した場合の話だ」


本気の眼差しを俺に向けながら、天野が訴える。もう少し違うことにその熱を向けた方が、人生有意義な気もするけど……なんて思うのは野暮だろう。


「お前は、そのが気にならないのか?」


「そ……それは……」


「俺は、気になるぞ。特に巨乳のなんて、考えるだけで夜しか眠れない」


「十分眠れてるじゃんか、それ」


真面目な顔でふざけたことを言う天野に、俺は冷静にツッコむ。


「巨乳のか……やっぱ、俺はそっちもデカイ方が好きだな」


目を瞑って空を仰ぎ、巨乳に思いを馳せる谷村。


……こいつらアホ過ぎる。もう俺の方から友達やめてやろうかな。


「つくづくお前とは気が合うな、谷村。巨乳は男の夢だ」


天野と谷村が握手を交わし、友情を再確認している姿を俺は呆れながら見つめる。


「何だ俊樹、その目は」


「いや……呆れているというか、うん」


「……ハッ! 分かった天野。多分、俊樹は貧乳派なんだよ」


「は?」


「なるほどな……つまり、お前はロリコンと」


「おい、その発言は色々な人を敵に回しかねないから止めろ」


貧乳好き=ロリコンは流石に暴論が過ぎるというか、誰かに怒られるぞ。


「じゃあ巨乳と貧乳、どっちが好きなんだ?」


「正直、別に胸のサイズはどうでも……」


「ならば聞き方を変えよう。俊樹、お前には確か好きな女性がいたな?」


眼鏡をわざとらしく中指で直しながら、天野が俺に問いかける。


「え? あ、ああ……いるけど……」


「その女性は貧乳か? 巨乳か?」


「そ、それは……」


天野の言葉を聞いて、片思いをしている彼女の姿を脳内に思い描いてしまう。


学園で姿を見かければ、俺は無意識に彼女を目で追っていた。


だからこそ、思い出すことは意外にも容易くて。


体型を想像してしまったことに罪悪感を抱きながら、俺は顔を真っ赤にして俯く。


「……フン、俺の勝ちだな」


「何がだよ! いったい、どこに勝負の要素があったんだ」


「俊樹、お前が貧乳派であることはここで証明された。つまり、お前が好きな水着もきっとビキニではないんだろう?」


「分かるぜ天野! こういうモテる奴程、えっぐい性癖してるもんなんだよな!」


「いや、別に俺は貧乳派ってわけじゃ……!」


変態扱いされそうになり、思わず声が大きくなる。


そんなところに、偶然通りすがる一人の女性。


「…………」


ポニーテールを揺らしながら、こちらなんて一切気にも留めず歩く少女。


彼女の名は香笛 春風。同じクラスメイトであり、俺の……片思いの相手だ。


「あっ……」


思わず声が漏れる。もしかして、今の聞かれた……!?


緊張する俺の心境とは裏腹に、彼女はそのまま通り過ぎていく。


恐らく俺のことなんて眼中にすらないだろう。多分今のも聞かれていない……はず。


……なんて、思っていたのも束の間。急に彼女がこちらを振り向いた。


「…………」


俺に向けたその眼差しは、まるで心底軽蔑する相手を見るかのように細く……。


一瞥して、すぐに前を向きなおし去っていく彼女。俺は思わず膝から崩れ落ちた。


「まあ、その……何だ……すまん」


「ごめん、俊樹……今度、お詫びに篠崎愛のDVD貸すよ」


彼女が俺の想い人と知っている二人が、一連の流れを見て気まずそうに謝罪する。


「だから……巨乳好きじゃねえって言ってるだろ……!」


俺は男泣きしながら、精一杯谷村にツッコむのだった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る