第61話 一寸先を見通す賢人 ②
「もちろんです、マルコヴァール卿。この私みずから、
「――――ッ!?!?!?」
その言葉にはウィンダムだけでなく、マルコヴァール辺境伯も大きく目を見開いていた。
それもそのはず。
マルコヴァール辺境伯はクラウスに対する悪感情を隠すことなく、真正面から敵意をぶつけてみせた。
通常、上位貴族からそのように牽制された場合、どのような人間でも警戒や恐怖といった感情を浮かべるだろう。
しかしクラウスは違った。
彼は一切戸惑うことなく、それどころか逆に、『貴方が進むべき本当の道を教えて差し上げましょう』とまで言ってみせた。
説明するまでもないが、クラウスはマルコヴァール辺境伯がこれまでに犯してきた罪の数々を把握している。
その上でこのような発言をした意図など、たった一つしか考えられない。
『お前の思惑は分かっている。だが、思い通りになどさせない。俺はお前の犯してきた全ての罪を明らかとし、この手で断罪の道へと導いてやろう』
――――こう、クラウスは言ったのだ。
ウィンダムは思わず、ごくりと唾を呑み込んだ。
実力と頭脳だけでなく、クラウスは圧倒的な胆力と自信を有している。
それはまさに、上位貴族であるはずのマルコヴァール辺境伯を呑み込むほどのオーラだった。
さらに、衝撃は続く。
この数日後、なんとクラウスは自分の持つ魔術の真髄をソフィアと王国騎士団に伝え、彼らの力だけで大樹林の開拓成功へと導いてみせた。
指導の上手さはもちろん、本来であれば自領内で秘匿すべきであろう情報を惜しげもなく伝える慈悲深さ。
その心意気の高さに、ウィンダムは心の奥底から感銘を受けた。
(まさかレンフォード卿が、これほどの賢人であったとは……これまでも十分に分かっていたつもりでしたが、どうやら私の認識が甘かったようですね)
大樹林の開拓、マルコヴァール辺境伯の監視、国家戦力の増強。
現時点でも既に、クラウスが成し遂げた栄誉は計り知れない。
一つだけはっきりしているのは、わざわざ自分が付き添う必要などなかったという事実だけだ。
(この様子なら、私は王都に戻っても問題なさそうですね)
自分の役目はここに存在しない。
そう考えたウィンダムは、クラウスにこう切り出した。
「レンフォード卿、少々ご報告を。私は本日をもって王都に帰還させていただこうと思います」
「なに?」
首を傾げるクラウス。
これを受けてウィンダムは少し意外に思った。
先を見通す力のあるクラウスであれば、自分がこの場に必要ないことを悟り、すぐに頷いてくれるとばかり考えていたからだ。
しかしその直後、ウィンダムは自分が間違っていたと知ることになる。
「そうか、ならば一つだけ忠告だ。その目から光を失わぬよう、せいぜい気を付けることだな」
「目から、光を……?」
一瞬、何を言われたか意味が分からなかった。
言葉通りに受け取るなら、失明に気を付けるよう言われているのだろうか?
しかし、それだと余計に意味が分からなくなる。クラウスのことだ、他に何か深い考えがあるに違いない。
(そうだ、状況を整理しろ。なぜ私が王都へ帰還を申し出た瞬間に、このような不可思議なことを告げた? もともと私はマルコヴァール卿の監視のためにこの場へとやってきた。そこに何かヒントがあるはず――)
私の目が暗闇に覆われている――つまり、何かを見落としているということか?
だとするなら、もしかして――
「はっ、まさか! 了解しました、レンフォード卿! それでは失礼させていただきます!」
ウィンダムはそう告げ、その場を後にする。
振り返ったその目には、使命のようなものが宿っていた。
(そうだ、間違いない。マルコヴァール辺境伯に関して、私が見落としていることが何かあるのだ。クラウスは言外にそれを探るよう命じてきた。直接的な明言を避けたのは辺境伯の監視を気にしてか……もしくは、私が適切な対応を取れる人物か確かめるためだろう)
ぶるり、と身震いが起きる。
自分より齢が半分に満たない少年が、遥か高みからこちらの力を測ろうとしているのだ。にもかかわらず、不思議と苛立ちはなかった。
代わりに生じたのは興奮と、クラウスの思慮深さに対する確かな尊敬心。
(さあ。レンフォード卿のような賢人の期待に応えられるよう、私も全力を尽くすといたしましょう)
その後、王都への帰還を引き延ばし、ウィンダムは別角度からマルコヴァール辺境伯について調べ始めることにした。
そこからとんでもない新事実が発覚し、事態が大きく動くことになるのだが――それはまた別の話である。
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