第47話 目の前に幼女が現れた!

 不幸にも伯爵の爵位を与えられてしまってから、早一週間。

 俺――クラウス・レンフォードは一時的に自領へ帰るべく馬車に乗っていた。


 何でも国王のアルデンいわく、実際に褒美をやれるまでもう少し時間が欲しいとのこと。

 その準備が終わるまで、一時的にレンフォード領へ戻るように言われたのだ。


 俺が望んだのは王家が持つ領土。

 そのまま王都に残った方がいいんじゃないかとも思い尋ねてみたが、『問題ない』とだけ返ってきた。

 もしかしたらレンフォード領付近にある、王家の直轄領をもらえるのかもしれない。


「けど、この付近に直轄領なんてあったか?」


「どうかされましたか、ご主人様?」


 俺の呟きに対し、隣にいた黒髪が特徴的な少女――マリーが反応する。

 彼女は俺の専属メイドであると同時に、俺の暗殺を目論んでいる優秀な人材でもある。


「いや、何でもない。それより、領都まではもう少しか」


「はい。数週間ぶりの領都ですが、何だかすごく久しぶりな気がします」


「……ああ、そうだな」


 王都に滞在した期間はほんの数日だったが、様々な出来事に遭遇した。

 ゲームヒロインの一人であるソフィアとの遭遇は、その最たるものと言えるだろう。


 ……いや、それ以上の衝撃的な事件があったか。


「まさか俺が伯爵になるとはな……」


 偶然にも四天王ゲートリンクを討伐してしまったことによって、なんと俺は伯爵にされてしまった。

 この恨みを盛大に晴らしたいところだが、その張本人であるゲートリンクは既に死んだあと。

 現実の非情さに、思わず絶望してしまう。


 心の中で涙を流しながら嘆いていると、見慣れた城壁が近づいてきた。

 ようやく領都についたみたいだ。


 あとは領民に帰還を悟られないよう、館に戻れればいいのだが――




 ――そんな俺の願望を受け入れてくれるほど、この世界は優しくなかった。




「領主様が戻られたぞぉぉぉぉぉ!」


「伯爵になられたんですよね!? さすがは私たちの領主様です!」


「伯爵! 伯爵! 伯爵!」



 門を潜るや否や、馬車を取り囲み領民たちが盛大に歓声を上げる。

 その様子を見た俺は、護衛として一緒に帰ってきたレンフォード騎士団・団長のローラに話しかけた。


「おい、なぜこんな状況になっている」


「はっ! 私が先んじて、伝達魔術により主様の帰還をお伝えしておいたのです! 主様の伯爵就任を祝いたい領民が多いと思いまして!」


「……そうか」


 ローラには後で何か罰を与えるとして、俺は深くため息をはいた。


 とはいえ、だ。

 数千人の領民に囲まれるのは気に食わないが、正直に言えばこの程度の状況は覚悟していた。

 この世界の神は俺が心底嫌いなようで、どう努力しても周囲の評価を上げてしまうからだ。


 だが決してこのままでは許さない。

 近いうちに必ず、この称賛を悲鳴に変えてみせる。

 悪のカリスマを目指す者として、そこだけは絶対に譲れない!


 改めてそう覚悟を決めながら、俺は館へと帰還するのだった。



 ◇◇◇



「おかえりなさいませ、クラウス様。このオリヴァー、クラウス様の帰還を心よりお待ちしておりました」


「ああ」


 館に戻った俺を迎えてくれたのは、俺の執事兼・領主代行のオリヴァーだった。


「伯爵に就任したことは既に聞き及んでおります。王都でも多大なる成果を上げられたようで、その場に居合わせることができなかったことは痛恨の極みでございます」


 そんなに俺が苦しむところが見たかったんだろうか?

 俺はオリヴァーへの評価を下げつつ、隣にいる金髪のイケメンに視線をやる。

 その顔には見覚えがあった。町の警備兵だ。


「お前は確か……レインだったか」


「はっ、領主様」


「オリヴァーはいいとして、どうしてお前がここにいる?」


 領主の暮らす館は、騎士でもない兵士が足を踏み入れていい場所じゃない。

 そう思っての問いだったのだが、レインより先にオリヴァーが反応した。



「実はとある事情がありまして。クラウス様にお伝えしなければならないことがあるのです」


「それにコイツが必要だと?」


「ええ、正確にはもう一人重要な参考人がいるのですが……ひとまず、客間に移動してもよろしいでしょうか?」


「ああ」



 そのもう一人とやらは今、客間にいるのだろう。

 俺はマリーに人数分の紅茶を淹れるよう命じた後、オリヴァー、レインと共に客間へと向かった。


「クラウス様、どうぞ」


 オリヴァーの案内を受け客間に入る。

 するとそこには予想外な人物が待っていた。




「んんんぅぅぅぅぅ! やはり良い、良いぞ! この『どーなつ』?とやらを発明した人類は偉大じゃあ! あと100個持ってこい!!!」




 いや、予想外どころか全く知らない

 身長ほどある長い赤髪が特徴的なその幼女は、テーブルの上に両足を置き、ソファーにもたれながらドーナツを幾つも頬張っていた。

 誰だコイツ。


 見覚えはない。

 ないのだが、どこかで出会ったような気もする。

 姿形というよりは、彼女の纏う魔力を知っているような感覚が近いが……


 ……まあ、細かいことはいいか。


「おい、ここは俺の城だぞ」


「ああっ! どーなつを返すんじゃ!」


 館の中で騒がれていることにイラッとした俺は、幼女からドーナツを取り上げる。

 幼女はキッと俺を睨んだ後、何かに気付いたように目を見開いた。


「き、貴様は! ようやく帰って来おったのか!」


「? 初対面だろ?」


「なぁっ! 貴様、このわらわを忘れたというのか!? いや、そういえばあの時はのか……ならば! ここで今一度名乗ろうではないか!」

 

 納得がいかないとばかりに叫び、幼女はドンッ! とテーブルの上に乗る。

 そして平らな胸に手を当てながら、堂々と叫んだ。



「よーく聞くがよい! わらわの名はミリカトル! 邪神界において序列9位の座に君臨する【賢帝邪神けんていじゃしん】ミリカトルじゃ!」



 邪神ミリカトルと名乗る幼女。

 それを聞いた俺は、数か月前の忌々しい記憶を思い出すと同時に告げた。




「【地獄のインフェルノ業火・フレイム】」



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