第三章 冥府の大樹林編

第42話 娘の婚約者候補【アルデン視点】

 四天王ゲートリンクを無事に退けた翌日。

【謁見の間】にて、国王アルデンは頭を抱えていた。


「さて……どうしたものか」


 アルデンが今、何を悩んでいるか。

 それはズバリ、今後のクラウスの扱いについてだった。


 昨日アルデンは数々の功績を称え、クラウスに伯爵の爵位を与えた。

 しかしあれだけの傑物を一領地に留めていいものかという、新たな悩みが生じてしまっていたのである。


 そして、より具体的にどうするべきかを悩んでいるかと言うと――



「国王である我には、レンフォードの才能を十全に発揮させる責任がある。そのためには我が娘……ソフィアと婚約させ、王家に取り入れるべきではないか?」



 ――という、ソフィア本人がこの場にいれば心から喜びそうな内容だった。


 とはいえ、その計画を実現するためには幾つもの障害を乗り越えねばならない。

 まず問題になりそうなのは、クラウスがいなくなった後のレンフォード領であるとアルデンは考えた。

 レンフォード家の前当主夫妻も既に亡くなった今、誰か後を任せられる人物はいるだろうか。


「いや待て、確かレンフォードには。実際に婿入りすることになる数年後であれば、レンフォードが領地からいなくなったとしても問題ないだろう」


 一つ問題が解決したところで、次に移る。

 アルデンにとってはある意味、こちらが本題だった。


「あとはソフィア本人が、この婚約をどう思うかか」


 王女として生まれた以上、政略結婚の可能性があることは本人も自覚しているだろう。

 とはいえ、クラウスの才能を活かしたいだけなら方法は他にもある。

 そのためソフィアが強く反対するようなら、アルデンとしてもこの話を強制するつもりはなかった。


 そこまでを考え、アルデンは姿勢を整える。


(いずれにせよ、まずは本人の気持ちを聞かないことには進められん。ソフィアは昨日の宝剣使用による反動で、今も眠っていると聞いているが……)


 その時だった。

 突如として、部屋の外からある声が飛び込んでいる。


「陛下、ソフィアです。報告したいことがあって参りました」


 それは偶然にも、今アルデンが思い浮かべていたソフィア本人だった。


「入れ」


「失礼いたします」


 そう断りながら、ソフィアが謁見の間に入室してくる。

 一目見たところ、昨日の疲労が残っているようには見えない。



「ソフィアよ、昨日の疲れは残っていないのか?」


「はい。一晩眠ったことで、この通り回復いたしました」


「……そうか」



 宝剣使用時の反動は、並の魔術の比ではない。

 以前までのソフィアなら、間違いなく三日三晩は眠り続けていたことだろう。

 いったいどこでそれだけの力を得たのか、アルデンは疑問に思った。


 いや、今はそれよりも国王として言っておかなければならないことがある。


「ソフィア、宝剣は然るべき時にのみ使われるべき王家の秘宝。それを無断で持ち出したこと、そして危険と知りながら単独で現場に向かったことは、王女としてとても許されん行動だ」


「……はい、まことに申し訳ありません」


 反省したように頭を下げるソフィアを見て、アルデンは深く息を吐く。



「……まあよい。お前の活躍を見た国民たちから、感謝の言葉が幾つも届いている」


「陛下……?」


「国王の立場からは決して褒められんが、父親としては別だ。……よくやったな、ソフィアよ」


「……はい! ありがとうございます、お父様!」



 暖かい空気が場に流れる。

 十分に親子のやり取りを交わしたのち、アルデンは気を引き締め直すように「ごほん」と咳払いした。


「さて、復帰したばかりのお前には申し訳ないのだが、一つだけ訊きたいことがあってな……」


「その前に陛下、私の方からも用件がございます。本当は昨日に報告しようと思っていたのですが……よろしいでしょうか?」


「ん? ああ、構わん」


 ソフィアの申し出にアルデンは迷うことなく頷く。

 どうやらソフィアが謁見の間までやってきたのには、元気になった姿を見せる以外の用件があったらしい。


 リラックスしながら、ソフィアの報告を待つアルデン。 

 しかし直後、彼は驚愕に目を見開くこととなった。


 ソフィアは恐る恐るといった様子で、自分の左手をアルデンに見せる。


「実は、この指輪についてなのですが……」


「なっ、それは!?!?!?」


 ソフィアの左手薬指についた指輪に、アルデンは心当たりがあった。

 王家の紋章が入ったその指輪は間違いなく【王家一族の指輪ロイヤル・リング】。

 数百年前の騒乱時に紛失したとされている、宝剣にも匹敵する王家の秘宝だ。


 なぜそれを今、ソフィアが有しているのか。

 アルデンは震える声で尋ねる。


「ソ、ソフィアよ、いったいどこでその指輪を見つけたのだ?」


「それが、実は……とある殿方からプレゼントしていただいたものでして」


「なんだとっ!?!?!?」


 あまりもの衝撃にアルデンは声を張り上げた。

 結局どこから【王家一族の指輪ロイヤル・リング】を入手したのかは分かっていないが、そんなことはもはやどうでもいい。

 それ以上に重要な情報をソフィアは口にしていた。


王家一族の指輪ロイヤル・リング】は王族にとって婚約指輪の意味を持つ。

 状況を理解したアルデンは、せっかくの計画が早くもついえる予感と共に力強く尋ねた。



「それはつまり、既にその(レンフォード以外の)男から婚約の申し出があったということか!?」



 その問いに対し、ソフィアは真剣な表情でアルデンを見つめながら言った。




「はい、(クラウス様から)プロポーズされました」




 かくして、ここに親子間でのすれ違いが生じるのだった。



――――――――――――――――――――


大変お待たせいたしました。

『第三章 冥府の大樹林編』開幕です。


今のところ大雑把な予定としては、

①第二章直後の各ヒロイン関連のエピソードを数話

②一時的にレンフォード領に戻ったクラウスを待ち受けていたアレコレを数話

③『冥府の大樹林編』本編を数十話

といった流れで進めていく予定です。


次回は『43 私の婚約者(確定)【ソフィア視点】』

ソフィアとアルデンの勘違いがさらに加速するので、どうぞお楽しみに!

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