第38話 ヒロイン大集合!



「なぜだ……なぜ私が、次々と不幸な目に遭わねばならない!」



 王都の貴族街の、とある館にて。

 ブラゼク伯爵は自室で、頭を抱えながら恨みの言葉を発していた。


 一昨日は自分に対して失礼な口を聞いていた若造を処分するはずが、逆に剣でコテンパンにされた。

 昨日はその若造――クラウスに仕返しとして毒と爆弾をお見舞いしたはずが、なぜか通用せず、それどころか自分が同じ被害を受けることになった。


 当然、偉大なる自分は類稀なる生命力で九死に一生を得たが――

 ※クラウスのかけた【高速再生ハイリカバー】のおかげである。


「この憎悪だけは、決して癒すことはできん! なんとしてでも奴への復讐を成し遂げなければ!」


 怒りのままに、そんな言葉を口にするブラゼク。

 その直後のことだった。



「ほう、なかなかいい憎しみの色ではないか」


「っ、誰だ!?」



 自分一人しかいないはずの部屋に響き渡る、重々しい声。

 咄嗟に振り返ったブラゼクの先には、額から生える角と、赤く染まった瞳が特徴的な男が立っていた。

 その特徴から、男が魔族であるとブラゼクは悟る。



「貴様、魔族だな! 何のつもりで私の館に踏み入った!?」


「そんな些細なことはどうでもよかろう。それより、復讐したい相手がいるんじゃなかったか? 我ならその手助けをしてやれるが」


「なに? 手助けだと?」


「ああ、そうだ。復讐を成し遂げられるだけの力を、我が貴様に与えてやる」


「力……」



 魔族からの申し出など、普段なら迷うことなく断る。

 しかし今のブラゼクはクラウスに復讐することしか考えておらず、手段を選べるほどの余裕はなかった。


「いいだろう、その提案に乗ってやる! さっさと力を寄こせ!」


「賢明な判断だ……ほれ、くれてやる」


 魔族が伸ばした手から、漆黒の魔力がブラゼクに流れ込んでいく。

 その魔力を手に入れたブラゼクは、確かに自分の力が増していることに気付いた。


「ふはは、いいぞ! 確かにこれだけの力があれば、奴を殺せるはずだ!」


「よい心意気だ。そのための場は我が整えよう。準備はいいな?」


「当然だ!」


 ブラゼクは力強く頷くと、館の外にへと飛び出していった。

 それを見届け、魔族は小さく呟く。



「王都に運ばれたと噂の【絶対不滅の祝福剣イモータル・ブレス】を探しに来たものの、無駄足に終わって退屈を覚えていたところが……最後に面白い余興を行えそうでよかったよ」



 魔族――その正体は、魔王軍幹部の中でも飛びぬけた存在である四天王の一人。

【異界のゲートリンク】はこれから繰り広げられる悲劇を予想し、くすりと微笑むのだった。



 ◇◆◇



 王城、謁見の間。

 アルデンがいつものように来客に応じていると、騎士が慌てた様子で中に入ってくる。



「陛下、緊急事態です!」


「どうした?」


「王都の中心にて、魔族のものと思われる魔力反応が確認されました!」


「なんだと!?」



 報告を聞き、アルデンは驚きに目を見開いた。


 魔族の襲撃。数こそ分からないが、王都にまで攻めてくるということは幹部クラスが率いている可能性が高い。

 一刻も早く、騎士団の者を対処に当たらせなくては――


「いや、待て。確か今日の午後から、騎士団の大部分は任務で外に出ている! まさかそのタイミングを狙ったのか!?」


 騎士団長を含めた主力がいないことに不安を覚えるが、だからと言って何もしないわけにはいかない。

 アルデンは意識を切り替え、すぐに指示を出す。


「現存する部隊だけでいい、今すぐ対処に当たらせよ!」


「そ、それが、魔力反応を中心に結界が確認され、騎士が侵入できないようになっている模様です!」


「なっ!」


 力のある騎士の侵入を阻む結界など、そう簡単に張れる者ではない。

 それだけで首謀者の実力が測れるというもの。


 これはまずいことになった。

 判断に迷うアルデン。その時、騎士のもとに伝達魔術の青い鳥がやってくる。


『追加報告です。結界には特殊な条件が施されており、18歳以下の者のみ素通りできるとのことです!』


「18歳以下だと……?」


 何のための条件なのか理解できず、首を傾げるアルデン。


 しかしその場には、それ以外の反応をする者がいた。



「18歳以下のみ、素通りできる……」



 謁見の間の入り口前にて。

 ある一件ゆびわについて報告しに来ていた少女はその内容を聞くや否や、一目散に王都へと向かうのだった――



 ◇◆◇



「いったい何が起きている!?」


 青髪のセミロングが特徴的な少女――エレノア・コバルトリーフ。

 彼女は異変に気付き、表情を強張らせた。


 いつものように王都を散策していた彼女の前に、巨大な魔力反応が現れたのだ。


 混乱する人々の間を抜けるようにして現場へ向かうと、多くの建物が壊され、破壊痕のみが残されている。

 その中心には意外な人物が立っていた。


「あなたは、ブラゼク伯爵……なのか?」


 疑問符が浮かんでしまうのには理由があった。

 顔や体形は間違いなくブラゼクなのだが、纏う魔力は非常に邪悪で、人間のものとは思えなかったからだ。

 むしろこれは、魔族のそれに近い気が――


 思考を巡らせるエレノアに対し、ブラゼクは視線を向ける。



「ふむ、ようやく私を止めようとする者が現れたかと思えばエレノア嬢ではないか」


「やはりブラゼク伯爵なんだな。この破壊痕はあなたがやったのか!?」


「ああ、そうだ。町を破壊し続ければ、いずれ正義感に満ちた愚かな存在――クラウスがやってくるだろうからな!」


「クラウスくんだと……!?」



 その名を聞き、エレノアはようやく事態を理解した。

 二日前、エレノアはこの場でクラウスがブラゼクを圧倒する姿を見た。

 ブラゼクはその恨みを晴らすつもりなのだろう。


 もっとも動機は理解できたとはいえ、疑問はまだ幾つもある。

 ブラゼクがなぜこれだけの力を有しているのか。

 そしてそもそも、クラウスの前に騎士団が鎮圧に来るのではないか――


「おい、いいのか? この私の前で考え事など」


「っ、しまっ――」


 少し意識を逸らした隙を狙って、ブラゼクが一瞬で迫ってきた。

 以前から知っているブラゼクを大きく上回る速度だったため、エレノアは反応が遅れてしまう。


 しかし、その瞬間だった。



「【影沼シャドウ・スワンプ】」


「【加速する矢グンっと伸びろ】!」


「っ、なにぃ!?」



 突如として地面に漆黒の沼が生じ、ブラゼクの足が吞み込まれる。

 同時にどこかから飛んできた矢が、ブラゼクの横腹に命中した。


 その隙にバックステップで距離を取るエレノアの横に、二人の少女がバッと姿を現す。

 エレノアは驚きながら、二人に問いかける。


「君たちは……」


「マリーと申します。完全には状況を理解しきれていませんが、手伝わせてください……どうやら昨日の罰では足りていなかったようですね(ボソッ)」


 最初に応えたのは、大きめなコートに身を包んだ黒髪の少女――マリーだった。

 最後の方は声が小さくて何を言っているのか分からなかったが、確かな実力者のようで力を貸してくれるらしい。


 そして、残るはもう一人。


「アタシはクロエよ。アイツはアタシにとっても因縁の相手なの。せっかくやり返せる機会だっていうのなら逃す手はないし、助太刀させてもらうわ」


 黒髪のポニーテールが特徴的な少女――クロエ・ローズミストは手に弓を持ったままそう告げる。

 彼女は宣言後、後ろに視線を向けた。


「アンナ! アナタは皆と一緒に逃げて! 守りながらだと厳しそう!」


「分かったわ! 無茶だけはしないでね、クロエ!」


 そこには先日、ブラゼクに声をかけられた亜麻色の長髪が特徴的な少女――アリアンナがいた。

 それを見てエレノアは、クロエのいう因縁とやらを理解する。


 その後、改めて目の前にいるブラゼクを見据えた。



「私はエレノアだ。二人とも、力を貸してくれて感謝する。とはいえ奴の実力は本物、無理はせず騎士団の助けが来るまで時間を稼いで――」


「いいえ。それは難しいと思いますよ、エレノア」


「――っ、君は!」



 ここに来てさらに一人の声が加わる。

 その人物を見て、エレノアは驚愕に目を見開いた。


 そこにいたのは、純白な長髪が特徴的な少女――ソフィア・フォン・ソルスティア。

 国王と騎士団長の娘ということで、二人は旧知の仲だった。

 そしてソフィアの手にはなんと、王国の宝とも言われる宝剣が握られている。



「ソフィア、なぜ君がここにいる!?」


「もちろん、この異変を収めるためにです。それからこの周辺には結界が張られており、18歳以下の者しか通れないようになっているようです」


「何っ!? なぜわざわざ、そのような限定的な条件を……」


「はあっ? そんなの決まってるでしょ!」



 疑問に思うエレノアの前で、クロエがビシッとブラゼクを指さす。



「アイツが、とんでもないロリコン野郎だからよ!」


「「「………………」」」



 突拍子もない発言によって、場が沈黙に包まれる。

 しかしほんの数日前、ブラゼクがアリアンナに手を出そうとしていた手前、あながち間違いとも言い切れないのが厄介だった。


(いや、今はそれよりも気になることがある)


 エレノアはソフィアに視線を向ける。

 彼女が現れた時から、ずっと気になっていたことがあったから。



「ソフィア、君のその手にあるのは……」


「この宝剣でしょうか? 状況が状況だったため、無断で拝借させていただきました。あとで叱られるとは思いますが、今はそんなことを気にしていられる余裕は――」


「いや、そっちじゃない。その “左 手 薬 指 に つ け ら れ た 指 輪” は何だ!?」



 未婚の女性、それもまだ婚約者も決まっていない王女が何をつけているのか。

 そんな疑問とともに出た言葉だったのだが、ソフィアはなぜかポッと顔を赤らめる。


「これはその……エレノア相手でも、まだお伝えできません」


「そ、そうか……それから君、マリーくんだったか。いきなりソフィアの指輪に近づいて、いったい何を……」


「この気配、まさか……いえいえ、そんな訳ありませんよね。がそのようなことをする訳がありませんもの。ふふふ……」


 マリーのただならぬ気配に圧倒されるエレノア。

 三者三様に騒ぐ中、クロエが呆れたように「はあ」とため息を吐く。


「アンタたち、いいの? そろそろ向こうのロリコン野郎が限界みたいだけど」


「「「……あっ」」」


 3人がようやくそのことを思い出すと同時に、ブラゼクは怒りに打ち震えながら力強い声で叫ぶ。



「貴様らぁ! この私を無視するんじゃなぁぁぁい!」



 ドン! っと漆黒の魔力を体に纏わせたブラゼクが、恐るべき勢いでエレノアたちに襲い掛かってくる。

 その威圧感は間違いなく、この場にいる誰よりも強力なものだった。


 エレノアは意識を切り替え、目の前の敵に集中する。



「話は後だ。今は協力して奴を倒すぞ!」


「ええ」「はい」「わかったわ!」



 かくして、ブラゼクVSエレノア、ソフィア、マリー、クロエの4人――

 通称ヒロインズによる戦いが幕を開けるのだった。

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