第37話 平民の希望
王都の冒険者ギルドでマスターを務めるハロルドは、とある問題に頭を抱えていた。
冒険者ギルドは自分たちの稼ぎの他、一部の貴族や商人による出資によって成り立っている。
そして今回、そんなパトロンのうちの一人であるミューリィ男爵からある依頼が送られてきた。
その内容は『ミューリィ領に出現したレッドドラゴンの討伐依頼』というもの。
今後、出資を打ち切られないためにも一刻も早く、この依頼は達成しなくてはならない。
レッドドラゴンはAランクと非常に強力だ。
だが、上位冒険者は魔物討伐において、時には騎士団を超えるほどの実力を発揮するエキスパート。
ギルドの精鋭が出れば、決して倒せない相手ではない。
と、初めはそんな風に考えていたハロルドだったのだが――
「なに!? うちの精鋭たちが、レッドドラゴンに負けて戻ってきただと!?」
この通り、現実は非情だった。
何度か冒険者パーティーを向かわせるも、ことごとく敗走。
やむを得ず報酬金額を通常の倍に引き上げるも、噂が流れてもはや依頼を受ける者すら現れない始末だった。
絶望に打ちひしがれるハロルド。
しかしそんな中、救世主が現れた。
魔王軍幹部を単独で倒したという噂のクラウスが、突如としてギルドにやってきたのだ。
彼は掲示板から、レッドドラゴンの討伐依頼を破り取る。
「あの、クラウス様、いったい何を……?」
「ふむ。せっかくの機会だし、この依頼を受けようと思ってな」
「なっ!
「ああ。それとも貴族の俺が受けるのには何か問題があるか?」
「い、いいえ、決してそのようなことは! ありがとうございます、ありがとうございます!」
聞いた話によれば、クラウスは自分の領地にいる冒険者がピンチになった際、血塗れになりながら助けに行ったことすらあったのだとか。
とても貴族とは思えない勇気ある行動。
そんな正義感と勇敢さを持ち合わせた彼になら、この依頼も任せられると確信するハロルドだった。
◇◇◇
クラウスやローラの他、依頼人のミューリィと合流したのち、ハロルドたちはレッドドラゴンのもとに向かった。
何度も依頼を失敗したことでミューリィは苛立った様子だったが、それもすぐに解消されることだろう。
現場にたどり着いたハロルドの前には、巨大な赤竜が鎮座していた。
まだ距離があるにもかかわらず、思わず膝が崩れ落ちてしまいそうなほどのオーラを発している。
「とりあえず、気付かれていないうちに一発入れるか」
しかしクラウスは恐れることなく、まるで散歩に出かけるがごとき気軽さでレッドドラゴンに向かい合う。
ハロルドが勝利を確信するすぐ隣にて。
なぜかローラは、神妙な面持ちを浮かべていた。
「……やっぱりおかしい。あの大きさといい色といい、通常のレッドドラゴンとは違う気が――はっ、まさか!」
そこでローラはある答えにたどり着いた。
(間違いない! アレは
いや、それよりも重要な問題が存在する。
クリムゾンドラゴンには厄介な特徴があった。
レッドドラゴンが水魔術を弱点とする中、クリムゾンドラゴンはその特殊な鱗で水魔術を魔力に変換して吸収するという特性を持っている。
そのためレッドドラゴンと間違えてひとたび水魔術を放ってしまえば、それによって逆に敵を強化することに繋がってしまい――
「お待ちください、主様! アレをただのレッドドラゴンだと思えばとんでもない目に――」
「【
だからこそ、ローラは何とかクラウスを止めようとした。
しかしその努力もむなしく、クラウスはクリムゾンドラゴンめがけて水魔術を放ってしまった。
自体が悪化することを恐れるローラ。
しかし、現実は彼女の想像をはるかに上回る結果を迎えた。
クラウスの水魔術が強力すぎたあまり、なんとクリムゾンドラゴンは魔力を吸収しきれなかったのだ。
水流はその勢いのまま鱗を貫き、内部にまで到達した。
クリムゾンドラゴンの内部には血液とともに灼熱の炎が流れており、超高温を保っている。
その熱と水流が触れた結果、なんとクリムゾンドラゴンの内部を起点とし、盛大な水蒸気爆発を引き起こした。
数十秒後、そこにクリムゾンドラゴンの死体は一欠片すら残っていなかった。
その結末を見届け、ローラは自分の間違いを悟る。
(何を勘違いしていたんだ私は! 主様がアレをクリムゾンドラゴンだと見抜けないわけがない! それを分かったうえであえて、水魔術で倒してみせたのだ!)
その圧倒的な実力を前にし、さすがの主様だと興奮するローラ。
そんなローラに対し、ハロルドは混乱した様子で尋ねる。
「ローラ様、いったい何が起きたのでしょう? レッドドラゴンは倒せたのですか?」
「ええ、ご説明いたしましょう! 我が主様の雄姿を!」
ローラは二人に対して、全てを説明した。
アレが本当はSランクのクリムゾンドラゴンであり、クラウスはそれを見抜いた上で圧倒してみせたと。
それを聞いたミューリィは目を丸くする。
「……そうだったのですね。冒険者が次々と敗北した時は少々失望していましたが、そのような事情があったとは。申し訳ないことをしてしまいましたね」
「いえ、魔物の正体を見極めるのも冒険者の仕事。解決が遅れてしまったのは私たちの責任でもあります。ミューリィ様が気を病まれる必要はございません」
「お気遣い感謝いたしますわ、ギルドマスターさん」
(ふぅ、ひとまず何とかなっただろうか)
ミューリィから冒険者ギルドへの評価が戻ったようで、安堵するハロルド。
だが、まだ大きな問題が一つだけ残されていた。
それは報酬金額についてだ。
Sランク魔物の討伐ともなれば、Aランクの時と比べて最低でも10倍以上になる。通常の2倍に設定していた依頼書の金額ですら、まだまだ足りない。
しかも今回はイレギュラーの遭遇となったため、特別手当として更なる金額が請求されたとしても文句は言えないだろう。
それを冒険者ギルドとミューリィのどちらが負担するかは要相談だが、まずはクラウス本人に確認を取らなければ。
ハロルドは恐る恐る、クラウスに話しかける。
しかし、クラウスの返答は意外なものだった。
「俺への報酬は依頼書に書かれていた通りの額を払ってもらう。これは絶対だ」
「っ、それはつまり……!」
あろうことかクラウスは、Sランク討伐を成し遂げたにもかかわらず、依頼書通りの金額でいいと言ってきたのだ。
あまりにも自分たちにとって都合のいい提案に困惑するハロルドに何も言わせないとばかりに、クラウスはその場から颯爽と去っていく。
その後、残されたハロルドは感動に打ち震えた。
「Sランク魔物を瞬殺する実力だけなく、我々をおもんばかってくれるその懐の深さ。ああ、クラウス様はなんて偉大なお方なのか!」
そんなハロルドの称賛に反応したのは、意外にもミューリィだった。
「お待ちください、いまクラウス様と言いましたか?」
「は、はい、ご存じなのですか?」
「ええ、とある商人から聞いたことがあります」
そう言って、ミューリィは自分の羽織っているコートに視線をやる。
「このコートにはシルキー・ベアという魔物の毛皮が使われているのですが、非常に貴重でして。にもかかわらずクラウス様は、その商人に格安でお譲りしたらしいのです」
「なんとっ! つまりクラウス様は今回だけなく、常日頃から平民のために力を尽くしてくれているということですね」
「ええ、間違いありませんわ。このコートといい、クリムゾンドラゴン討伐といい、きちんとお礼を伝えることができず残念です……
そう呟くと共に、ミューリィは
ミューリィ男爵はもともと大商人から貴族に成り上がった一家だった。
その時の経験から、貴族になった今でも平民のためになるよう、冒険者ギルドを含めて様々な支援を行っている。
周囲の貴族からは、“成り上がり貴族のくせに調子に乗りやがって”と批判されることもあった。
そんな中、クラウスという同じ志を持った存在に出会えたことにミューリィは感動していた。
「ふふっ、そうでしょうそうでしょう。我が主は素晴らしいお方なのです!」
そしてローラは、二人がクラウスを褒め称えるのを聞いて気分が良くなっていた。
その後、さらにクラウスへの称賛は続く。
「レンフォード領で冒険者の扱いが素晴らしいことを知れば、多くの実力者が移住するかもしれません」
「あれだけ偉大なお方が領主をしていると知れば、様々な商人が向かうようにもなるでしょう」
「そうなれば、我が国の領民もより豊かな生活を送れるようになりそうですね!」
そして話し合いはいつの間にか、どうやったらクラウスの素晴らしさを周囲に広められるかについての作戦会議へと変わっていった。
それからしばらく後のこと。
ミューリィが商人に、ハロルドが冒険者にクラウスのことを話したことで、多くの者がレンフォード領を目指すことになる。
その結果またしてもクラウスが知らない間に、レンフォード領の経済が発展し、魔物による被害が減少し、クラウスの評価が爆上がりするのだった!
――――――――――――――――――――
一方、クラウス。
「今ごろ、俺の悪評が冒険者ギルドに広まってる頃だろうな。やっぱり俺が信じられるのはギルドだけだ!」――とのことです。
彼が真実を知るのは、もう少し先の話。
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