第32話 王女に身の程を教えよう!

 王城を探索する俺の前に現れたのは、純白の長髪が特徴的な美少女。

 ゲーム『アルテナ・ファンタジア』にも登場する、王女ソフィア・フォン・ソルスティアだった。


 動きやすそうな服装と、腰元には剣が携えられていることから察するに修練後なのだろう。



「貴方、ここは王族の関係者しか立ち入ってはならない区画と知っての狼藉ろうぜきですか!? 名前と所属を答えなさい!」



 ソフィアはそう叫びながら、ビシッと俺に指を突き付けてきた。


(……さて、どうするか)


 まだゲーム内ヒロインと出くわす予定はなかったのだが、考えようによってはいい機会かもしれない。

 ここで俺が名乗れば、ソフィアは俺に対して悪感情を抱くことだろう。


 よって悩みに悩んだ末、俺は素直に素性を明かすことにした。


「俺はクラウス。レンフォード家当主、クラウス・レンフォードだ」


 せっかくなので、少しマンガっぽい言い回しも意識してみた。

 しかし、


「そうですか、クラウス……クラウス・レンフォード……?」


 残念ながら、その名乗り方にソフィアは反応してくれなかった。

 かっこつけた手前、ちょっとだけ恥ずかしい。


 そんな俺の前で、ソフィアは何かを思い出したかのようにバッと顔を上げる。


「貴方……もしかして、魔王軍幹部を単独で捕獲したという、あのクラウスですか?」


 どうやらその噂は王女のもとにまで届いてしまっていたらしい。

 必死に否定してやりたいところだが、今さらもう手遅れだろう。

 俺はこくりと頷いて返した。


「ああ、そういうことになっている」


「ふ~ん。そうですか、貴方があの……」


 そう言いながら、ソフィアはジロジロと俺の身体を眺めてくる。

 そして数秒後、何を思ったのかザッと長い髪をかき上げた。



「ふん! 貴方のような者が単独で倒せるということは、魔王軍幹部もそう大したことはないのですね! 私が同じ立場でも同じ成果を挙げていたことでしょう!」


「ふふっ」


「ちょ、ちょっと貴方、いま私を鼻で笑いませんでしたか!? 不敬、不敬ですよ!」


 

 俺の反応を見たソフィアは、怒りで顔を真っ赤にしながら文句を言ってくる。


 とはいえ、今の笑いは決して彼女を馬鹿にしたわけではなかった。

 ソフィアの文句を聞き流しながら、俺は『アルテナ・ファンタジア』における彼女のことを思い出す。



 原作においても彼女は登場時、プライド満点の典型的な王女様キャラだった。

 しかし物語序盤に行われた主人公との決闘に敗北したことで心機一転し、作中屈指の人格者&実力者へと成長する。


 そして彼女の個別ルートでは過去のことも語られていた。

 もともとソフィアは剣と魔法の才能に恵まれており、王家の歴史を辿っても類を見ない速度で実力を身に着けていた。

 しかしそれだけなら、彼女は自信を持つことはあれど、周囲に傲慢な態度を取ることはなかっただろう。


 だけど時を同じくして、魔王復活の兆しがあることが判明する。

 魔王討伐には王家の血を引く者の力が必要と言われており、ソフィアには周囲からの期待が一身にのしかかった。

 それがソフィアにとっては重圧となり、その重さに負けないよう、気丈に振舞うようになってしまったのだ。



 そういった事情を知っているからこそ、今の強気なソフィアを見て微笑ましくなってしまったというわけである。

 こいつもいずれ現実を知り、そこから這い上がってくることだろう。


 よし、せっかくだしアドバイスしてやろう。



「ソフィアよ、お前はプレッシャーなんて気にせず、自分の思うがままに生きるがよい」


「呼び捨て!? お前呼ばわり!? いきなり意味の分からない助言!? ふ、不敬すぎてよく分からなくなってしまいました。こ、これは現実なんでしょうか……」



 ソフィアは手で頭を抑えながら、くらくらとその場で倒れそうになる。

 変わった奴だなぁと思いながら眺めていると、彼女はなんとかギリギリで踏みとどまった。


 そして腰元の剣に手を当て、キッと俺を睨みつけてきた。



「貴方、ふざけるのもその辺りにしておいた方がよろしいですよ。それともお望みのようなら、私自ら処分いたしましょうか?」


「俺に勝てるつもりか?」


「当然です。私はいずれ魔王を倒す身なのですから、貴方ごときに苦戦もいたしません」


「……ほう」



 自信か虚勢か、堂々と告げるソフィア。

 そんな彼女を見て感心する一方、俺はふとある疑問を抱いた。


 もし今後、原作通りにシナリオが進めば、確かに彼女は魔王に勝てるだけの力を手に入れられるだろう。

 そしてラスボスであるルシエルとも対等に渡り合えるようになるかもしれない。


 だが、ここで一つ大きな問題が発生する。


 そもそもの話、俺がなぜ悪のカリスマを目指しているか?

 そう、それはルシエルを超える実力を持ったラスボスとしてソフィアたちの前に君臨するためである。


 しかしその時、彼女たちは俺とまともに戦うことができるだろうか?


 正直言って、決戦時の勝ち負けに俺は興味がない。

 主人公たちに俺が倒されることになろうと、逆に俺が彼らを撃ち滅ぼすことになったとしても構わない。

 そこに劇的なロマンさえあれば俺は満足できるだろう。


 だが、その内容が一方的な戦いになるとなれば話は別である。


 最高のヒーローが生まれるためには、最凶のヴィランが必要なように。

 最凶のヴィランが君臨するためにも、最高のヒーローが必要なのだ。

 

 そこまでを考え、俺はソフィアをちらりと見る。



「な、何ですか?」


「………………」


「な、何か言ってください!」



 順調にいったとしても、彼女が主人公と出会い意識を改めるのは数か月後になる。

 そこからの成長速度で、果たしてルシエルを超える存在になる予定の俺に渡り合うことはできるだろうか?


 答えは当然、否である。

 その未来を回避するためには、、彼女には現実を知ってもらう必要がある。


 そうと決まれば――



「よし、決めたぞ」


「な、何をですか?」


「そこまで言うのならソフィア、お前にはこれから俺が身の程を教えてやる」


「突然なにを言い出すのですか!? くっ、とうとう本性を現しましたね。それならこちらとしても対抗策があります!」



 ソフィアはそう叫び、腰元から剣を抜こうとする。



「今ここで、私が貴方を倒――」


「【空間凍結フリーズ】」


「――ってええ!? け、剣が抜けません! 卑怯ですよ!」



 ソフィアは透き通るような青色の瞳に涙を溜めながら睨んでくる。



「くっ、こうなったからには仕方ありません、城中の騎士を呼んで――」


「消音魔術も発動してるから、どれだけ叫んでも来ないと思うぞ――【運搬包風キャリー・ウィンド】」


「きゃあっ! 私の体を風が包んで浮かばせてっ! い、いったい私をどこに連れて行くつもりですか!?」


「まあまあ、気にするな」


「気にするに決まっているでしょう!? だけどただで済むとは思わないことです! 私には城から連れ出された瞬間、結界によって城中にその事実が響き渡るような警備魔術がかけられて――」


「それなら今解除させてもらったから大丈夫だ。よし、それじゃ行くぞ!」


「きゃ、きゃぁあああああ!」



 俺はソフィアを風魔術で浮かせたまま、城の窓から外に飛び出した。

 ソフィアは絶叫しているが、それも消音魔術によって周囲には漏れない。


 ギャーギャー騒ぐソフィアとともに空を飛びながら、俺は思考する。



(う~ん、ソフィアに身の程を知らせるのにちょうどいい場所はっと……そうだ! に連れて行こう!)



 こうして俺とソフィアは、一夜のダンジョン攻略デートを行うことになるのだった。



――――――――――――――――――――


悪役とプリンセスによる、一夜限りの逃避行。

う~ん、これは間違いなく純愛ですね!!!(混乱)

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