第31話 暗殺者マリーとメインヒロイン

 ブラゼクが気を失ったのを見て、謎の暗殺者――マリーは静かにフードを外した。


「ご主人様が召し上がられた分だけ威力が軽減していたためか、亡くなってはいないようですね」

 

 そのことを確認し、マリーは自らの主人に思いをはせる。



「これで、ご主人様の期待に応えることはできたでしょうか……」



 ◇◇◇



 時は、マリーがクラウスの部屋にやってきたタイミングまでさかのぼる。


 マリーはクラウスの部屋で紅茶とパウンドケーキを見た際、すぐに毒と火薬が含まれていることを理解した。

 さらにクラウスに確認したところ、既に召し上がられた後だという。


 それを聞いたとき、マリーは衝撃に気を失いそうになった。



(ご主人様が毒と爆発物を摂取した!? いえ、こうして会話をできている以上は無事に済んだのでしょうが、どうして……)



 クラウス程の賢者であれば、自分マリーごときが気付いた毒や火薬に気付かないはずがない。

 ということは、そこには何か大きな意味が込められていることになる。


 必死に考え、マリーはようやく答えにたどり着いた。


(これはもしかして、私に対する勧告なのでしょうか?)


 マリーは以前、クラウスに連れられて様々な魔物を討伐した経験があった。

 その際、マリーは理解したのだ。

 クラウスが自分に求めているのは、ただの従者としての役割ではない。

 どんな不届き物からもクラウスを守れるような、戦う力を持った究極のメイドであると。


 にもかかわらず今回、マリーはクラウスの危機的状況の場に居合わせることができなかった。

 謁見の際に離れ離れにされたという事情はあるにせよ、そんなことは言い訳にすらならない。


 だからこそクラウスはそれをたしなめるためにあえて、毒が入っていることを知ったうえで紅茶とケーキを召し上がられたのではないだろうか?



『お前が油断したことにより毒を盛られた。この状況を生み出したお前はメイドとして失格だ』


 ――そう伝えるために。



(そんな……私では、ご主人様のメイドにはふさわしくなかったのでしょうか?)


 自分の失態に落ち込んでしまうマリー。


 しかしそんなマリーの前で、クラウスはいきなり空中を握りしめた。

 開かれた手の中には、何やら魔道具の残骸のようなものが残っている。


「なんだ、ただの虫か」


「虫……? はっ、まさか!」


 その魔道具を指して虫と呼んだクラウスの意図を、マリーは遅れて理解した。

 虫――すなわちその魔道具は、クラウスを傷つけようとした何者かによって用意されたもの。

 その事実をクラウスは、婉曲的にマリーへと伝えていた。


 ここに含まれる意図はたった一つしかない。

 つまり『この主犯の正体をお前なら見つけられるか?』というクラウスからの試練だ。


(せっかくいただいた挽回の機会、決して逃すわけにはいけません!)


 マリーは覚悟を決め、すぐに行動を開始した。


 とはいえ、それから先の行動自体はあっという間に済んだ。


 というのも、だ。

 先日の魔物討伐の際、マリーはクラウスから勧められた魔術の数々を習得していた。

 魔術の内容は気配遮断・魔糸操作・影魔術など。

 並びから分かるように、クラウスの手によって半強制的に暗殺者用のスキルツリーを伸ばされていた。


 そして極めつきの点として、なんとマリーは既に固有魔術に目覚めていた。


 その内容はクラウスすら把握しておらず(マリーは固有魔術の存在自体を知らないため、なんかいきなり便利な魔術を覚えちゃった程度の認識で報告していない)、しかし最強クラスの効果を秘めていた。



 名を【追跡転移マーキング・ジャンプ】。

 指定した魔力が存在するところまで、瞬時に転移が可能となる魔術だ。

 いついかなる時でもクラウスご主人様のもとにせ参じたいというマリーの強い想いによって覚醒した力であった。


 

 奇しくもマリーは、既に暗殺者として最高峰の技量スキルを手に入れていた。

 もっとも主人の期待とは違い、マリーはその力をクラウス以外にしか使うつもりはないのだが。


 マリーは今回、苦渋の判断で指定先マーキングをクラウスから虫に切り替える。

 そして、転移を発動した。



「【追跡転移マーキング・ジャンプ】」



 その後の流れは、特に語る必要はないだろう。

 ブラゼクの自室に転移したマリーは、気配遮断を使いテーブルに紅茶と菓子を置く。

 そして、それをブラゼクが食べて気絶するところまでを眺めていた。



(昨日、待ち合わせ時間になってもいらっしゃらないご主人様のもとに転移ジャンプした時にも見かけた方ですね。なるほど、愚かにもあの時の恨みを晴らそうとしたわけですか……罰として貴方は同じだけの痛みを味わわなければなりません)



 ブラゼクが気絶したことを確認したマリーは、再びマーキング先をクラウスに代え、部屋の前に転移する。

 そして部屋に入った後、真剣な表情ででクラウスに告げた。



「ご主人様のご期待に応えるべく、諸々(紅茶や虫など)を処分してまいりました」


「期待……? まあ、うん、よくやった」



 対するクラウスは、紅茶とパウンドケーキを独り占めしただけで処分だなんて大げさだなと思いながらも、とりあえずマリーの言葉に深く頷くのだった。



 ◇◆◇



 謁見の間でのやり取り以降、特に問題の起きない平和な時間を過ごした後の夜。

 あまり眠る気分にならなかった俺は、部屋を出て王城の中を散策していた。


「王城自体は当然ゲームにも出てきてたけど、細かい部分まで見れるわけじゃなかったからな。これは新鮮だ」


 バレたら怒られそうだが、ワクワクを抑えられない。

 そもそもその程度で決意が揺らぐ俺ではない。


 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、どこか見覚えのある光景が視界に入っていた。


「ここは何かで見たことあるぞ? そうだ、ゲームのイベントスチルに登場していたんだ」


 同時に、そのイベントスチルの内容も思い出す。

 この場所で登場したのは確か『アルテナ・ファンタジア』におけるヒロインの一人である――



「ちょっと、そこの貴方! いったいここで何をしているのです!」



 ――その時、甲高くも芯の通った、前世で何度も聞いたことのある声が鼓膜を震わせた。


 まさかと思いながらも、俺は声のした方に視線を向ける。

 するとそこには一人の少女が立っていた。


「お前は……」


 貴族らしい豪奢な服装に身を包み、新雪のような純白の長髪が特徴的な美しい少女。

 俺は彼女のことを知っていた。


 それもそのはず。

 何せ彼女こそ『アルテナ・ファンタジア』のパッケージ中心に立つ、ヒロインの中でも特別な扱いをされていた攻略対象キャラクター。


 ソルスティア王国の第一王女兼メインヒロイン。

 ソフィア・フォン・ソルスティアその人だったのだから。



――――――――――――――――――――


というわけで謎の暗殺者の正体は、既に暗殺者としての才能に目覚めていたマリーさんでした(知ってた)。

ちなみにブラゼクが死ななかった理由として、前日にクラウスがかけた高速再生ハイリカバーの効果が少しだけ残っていた影響もあったりします。

通常時に同じことをされたら普通に死にます。

もっと苦しんでほしいから生かしました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る