第33話(2) 違和感
翌日、今日は非番なので病院の寮に僕はいた。
1Kの極めて質素な部屋だ。ほとんど使われていないベッドと、その先に軽いソファー、デスク、テレビ、カーキのカーペットぐらいしかない本当に質素な部屋だ。服も家電もほとんどない。というかいつも病院にいるので必要ないのだ。あるのはノートパソコンぐらいだ。料理もしないしな。備え付けのIHコンロはもはや、物置となってしまっている。
僕は「天宮 いつき」が書いた『自分年表』を再度見直した。
彼女のは小学生から始まっている。普通なら朧げにでも幼稚園や保育園の記憶が会ってもいいと思うのだが。
自宅のソファーで横になりながら、彼女の過去を『自分年表』をもとに探っていく。
緊急用の携帯は一応、机の上に置いてある。僕は今回、教授から特別措置を取ってもらっている。
「天宮 いつき」以外の患者のことは考えなくてもいいようにしてもらっていた。
それぐらい『解離性同一性障害』は難しい病気なのだ。
だがこの措置も彼女が保護室から出たらなくなる手筈になっている。それまでに彼女の事をよく知っておかないと。
「んー、なんでこんなにも、違和感が拭えないんだろう」
僕は頭を抱えていた。統合失調症の患者だともっと支離滅裂なことを書くし、『パーソナリティー障害』であればもっと僕の気を引くため悲劇的なことを書くはずだ。
でも彼女にはそれがない。
《綺麗すぎるんじゃないのか?》
「確かに、ね』
頭から響いてくる言葉に僕は答えた。
彼は僕の別人格、名前を『エル』と言う。
彼は僕の中に15年はいる、古参の『人格』だ。
医学部を出たのは確かに僕だが、そのほとんどのテストは彼がやっていた。
彼は精神医療に対してはプロとも言える。そんな彼の分析はこうだ。
《まるで一般の『学生』を植え付けられたかのような年表だ》
この『自分年表』には人間味がない。と彼は付け加えた。
人間はムカついた時のこと、悲しかった時のこと、嫌だった時のことなど『負の気持ち』の方が覚えている事が多い。
しかし、この年表には多少は『負の気持ち』もあるが、基本ポジティブなことしか書かれていない。
マイナスがプラスに比べて圧倒的に少ないのだ。
《これは、もしかしたら、お前の患者、そいつ自体が人格である可能性があるぞ》
「昔の『僕たち』のように?」
《ああ、俺らの時みたいに》
実は僕も人格だったりする。
僕らは『基本人格』が眠りについてしまっていて出てくる事がないのだ。だから、僕も『人格の一部』でしかない。このケースは中々ないらしく、教授も最初は驚いてはいた。
「今回はレアパターンだなあ・・・」
僕は教授に頼まれてよく『解離』の患者を見る事があるが、このパターンは中々いない。と言うか、『僕ら』以外では初めてのパターンだ。
実は僕の病院は密かに『解離』では有名だったりする。なんせ教授があれだからね。
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