オーバードーズ

昭島吾朗

2020年、東京都池袋。

少女：「なんで……。」

燃え盛る火の海になった故郷の町を見つめ、少女は呆然と立ち尽くしていた。何が起こっているのか理解できず、震える声が喉から漏れる。

少女：「どうして……同胞同士でこんな……。」

壮年の男性：「君も彼らも悪くない。悪いのは、時代と運命だ。」

後ろを振り返ると、拳銃を持たない方の手で立つよう促す壮年の男性が立っていた。彼の目は厳しさと哀しさを同時に宿している。

若めの男性：「斑目先生！」

もう一人、少し若めの男性が息を切らせながら駆け寄ってきた。

若めの男性：「くそ！奴ら、ルミノヴェルムに取り憑かれたように放火して回っているのか！警察はどうしているんだ！」

壮年の男性：「薬の不法所持と暴力事件として対応しているが、行政は裏で彼らの排除を黙認しているんだろうな。混乱が広がれば、秩序を理由に強権的な処置も正当化される。」

若めの男性：「この子どうします？やはり……。」

壮年の男性：「ああ、この子も奥羽の連中に預けよう。彼らなら民族や出自にかかわらず面倒を見てくれるはずだ。時期に米原会も息の根が止まるだろう。」

若めの男性：「しかし、不思議です。同じ境遇の人間が、ここまで非情に……。」

壮年の男性：「人間は追い詰められると、同じ思想でも分裂していく。特にルミノヴェルムのような強力な薬が絡むと、理性を失った連中は抑えが効かなくなる。パシフィックシンジケートのやり方は、過去の紛争でも稀だ。」

若めの男性：「バブル期に重労働を課せられた『黒孩子（ヘイハイズ）』たちが中心になり結成された秘密結社……。最初は日本への復讐が目的だったはずが、穏健派の彼らまで攻撃しているなんて。」

壮年の男性：「ルミノヴェルムの力だ。強化と依存、その副作用が引き起こす狂気だ。連中が薬で支配される前に止めなければならない。お前は奥羽に指示を出し、新たな組織として元筋者を救う道を作れ。」

若めの男性：「承知しました。」

少女は日本語を理解できたものの、会話の内容は漠然としていた。全てが圧倒的で、自分の運命をただ受け入れるしかなかった。

ルミノヴェルムは、20世紀後半に急成長を遂げたバイオテクノロジー企業「ノヴァジェン・ラボ」によって生み出された。開発の目的は、軍事や医療分野において人間の身体能力を飛躍的に高めることだった。研究は遺伝子編集技術を駆使し、未知の生物から抽出した成分を基にした人体強化薬の開発に焦点を当てた。

当初は合法的な臨床試験が行われていたが、試験段階で深刻な副作用が頻発。被験者は強大な身体能力を得たものの、次第に精神的な制御を失い、凶暴化するケースが多発した。この結果、プロジェクトは急遽中止され、薬の研究データは厳重に保管された。しかし、内部から情報が漏れ、薬の配合データと少量のサンプルが闇市場へ流出。ルミノヴェルムは、限られた者たちの手によって闇の中で拡散し始めた。

やがて、地下組織や犯罪者集団がこの薬を入手し、自らの勢力を拡大するために使用。中でも、パシフィックシンジケートと呼ばれる組織は、この薬を使って社会に混乱をもたらすことを目論み、日本全土で衝突を引き起こした。ルミノヴェルムは単なる薬以上の存在となり、その影響は、個々の運命だけでなく社会全体を飲み込んでいった。