第442話

紋章官は王宮の玉座の間で針の筵の気分を味わっていた。


事の経緯は衛兵から預かった徽章が原因だ。


竜徽章は滅多なことでは発行されることはない。


それを必要であったとは言え所持者から奪い取るような形になってしまった。


王宮の面々がそれを良しとするわけがなかったのである。


「つまり衛兵が所持者を拘束していると」


「子供で竜徽章を保持しているのは一人だけです。そしてこちらの貴族証も決定的でしょう」


ゲルマン王国の貴族証も非常に見覚えのあるものである。


「経緯はどうあれこのままはまずいわね」


「陛下。私が直接向かおうと思います」


「そうね。一番親交のある貴方が適任ね」


そういってミューヘンは紋章官と共に玉座の間を後にした。




ミューヘンが胃の痛い思いをしつつ衛兵の屯所に到着するとクロードとその同行者は応接室でくつろいでいるところだった。


「やはりクロード卿でしたか」


「ミューヘン卿。お久しぶりです」


「大変失礼しました。まずはこちらをお返しします」


竜徽章と貴族証をクロードに返却する。


「ありがとうございます」


クロードが返却された竜徽章と貴族証を懐にしまうのを確認する。


「どうしてこのようなことになったかお伺いしても」


「市場で買い物をしていたら襲われまして」


「そうでしたか。我が国の恥を晒すようで申し訳ありませんでした」


「いえ、実害はありませんでしたから」


「そう言っていただけると助かります。それで捕縛された者はどうした」


「はっ。何が何やらわからないうちに気絶したとのことで簡単な聞き取りをした後、釈放いたしました」


「最近、貴族の子弟や裕福な商人を狙った犯罪組織があったはずだな」


「確かにそういった輩はおりますが捜査の方は進んでおりません」


「クロード卿達を襲った連中がその犯罪組織の可能性はないか」


「流石にそれは暴論ではありませんか。白昼堂々と人攫いなど考えにくいのですが」


「可能性の問題だ。クロード卿の強さは王宮の認めるところだが、これがもし力のない者だったら攫われていてもおかしくない」


「そこまで言われるのでしたらわかりました。王都中の衛兵を総動員して足取りを追ってみます」


「クロード卿はこれからどうされますか」


「お忍びで旅行に来ただけですのでお暇しようと思います」


「わかりました。次に来られる時には王宮の方へ声をかけていただけると助かります」


「善処します」


そう言ってクロードとその同行者は転移魔法で去っていった。


「失礼ですが彼は何者なんですか」


「先のジュネシス王国との戦争で我が国を救ってくれた英雄だ」


「英雄ですか。見た目からはそうは見えませんでしたが」


「見た目で人を判断すると痛い目をみるぞ」


ミューヘンはそう言うのに留めたのであった。

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