BLITZ!

七つ味

第1話 ススキノと虚構世界

 楕円に広がるスクリーンを通して剛鉄の両腕が見える。その腕からは油圧ホースで編まれた筋肉繊維がむき出しになって、ところどころでを伴った損傷がみられる。かろうじて残るのは、銃器としての機能を失った吊り下げ式ランチャーの砲口。

 機体の首を上げると、燻りながら燃えるタイヤから立ち上った黒い煙が一瞬だけ揺れ動く。崩れたアパートメントの群生地帯、骨組みだけになった車の残骸、無人のマーケット。

 これほど用意された狩場は無い。そのことに気が付いた彼は、虚構現実の中で冷たい汗が頬を流れ落ちる幻を覚えた。スクリーンが一時的なショートから立ち直り、無遠慮に機体の損傷を警告する。

 耳を刺す警告音と共に、彼はこの危機的状況の導入について思い返す。



◆ ◇ ◇


西暦2051年

北寒昴ほっかんぼう特別開発地区


 四半世紀前にさかのぼれば、札幌という名称であったその街はいまや『北寒昴ほっかんぼう』と呼ばれている。

 西に目をやれば、北海当局ほっかいとうきょくの許可を受けずに建てられた違法建築が所狭しと並ぶ。そのカビ臭い穴ぐらには日雇人夫や日陰者やらが住み着き、いつの日かはるか東の夜空を明るく照らす出島、あの楽園へと移り住むという非現実的な妄想を浮かべるなどしているかもしれない。

 南に目をやれば、手を棒にして稼いだ少しばかりの小銭を手放すのに丁度いい歓楽街が広がる。そこは酒と女とドラッグと、なんでも手に入る素晴らしい場所である。そのすべてが粗悪な模造品であることを除けばだが。

 そして近郊の地図の余白は絶え間なく稼働し続ける巨大プラントや、外壁を漂白剤で塗装したかのように無機質な寒鉄さむてつ公司ゴンスーの工場によって塗りつぶされ、かれらは更なる設備増設のために街を囲む山々を切り崩しはじめていた。

 

 月寒通に面したシティホテル。曇ったガラスの、剥げた金メッキで縁取られた安っぽい回転扉から、ひとりの青年が速足で出てくる。

 通りでは故障したすばる社のコンポーザーが蓋を開け閉めしながら悪臭を漂わせる。9月の夜半は未だ猛暑の面影を残し、汗ばむような熱気を蓄えた風がそのえた匂いを拾っていった。

 青年は包装紙で包まれた箱を大事そうに脇に抱えていた。彼はよく見知った道であろう奥まった細道を通って、早足に駅前のコンコースを抜ける。薄暗い通路。そこですれ違うのは汗臭いブルーカラーの集団と、どこで買ったのか分からないコピー品に身を包んだ幼さを残した青年くらいであった。

 そして彼はその先にある、人気のないネットカフェへと入る。

 そこは風適法どころか特電機器取締ビナーズ法さえも平気で違反しているような場所で有名であり、彼のような、頭から指先に埋まったナノマシーンに至るまで正常グリーンに保った人間のくるところではないはずである。


「ウチ、こどもはいらないよ」


 店番に出ていたのは先月から見るようになった中国人風の男だった。その男は青年にそう言い放ったあと、頬杖をついたままフォークで缶詰の中を物色し、どろどろに崩れたミートボールを器用に口に運んだ。

 ソースの飛沫が、青年の着るカッターシャツの襟に飛ぶ。


「店長に用があんだ。さっさと裏から呼んでこい」


 青年の拳がポルノディスクの散らばるカウンターを叩くと、灰皿に積まれた吸い殻の山が崩れて、埃のような灰が2人の間に舞った。


「しゃちょう!おきゃくきたよ!」


 その男は荒っぽいお客に腹を立てることもなく、青年を値踏みするように一瞥し、バックヤードに向かってへんてこな日本語で呼びかけた。


Whoだれだ?』


 獣が唸るような声が返ってくる。


「俺だよ。アシヤだ。あんたに言われた通り、マーケットで、旧作のディスク捌いてきた」


 その言葉を聞き、奥から現れたのは巨軀の黒人だった。青年はそれを見て、懐から取り出したファスナーの付いたポーチを、カウンターに投げ捨てるように置いた。


「おうおう、ぼっちゃんか」


 彼は力瘤で膨らんだ腕を青年の頭に伸ばし、その大きな手のひらで、子供をあやすようにぽんぽんと叩く。


「お前はいい子だ。キチンとした仕事が出来る日本人はここじゃ珍しい」


 青年はその手を鬱陶しそうに払う。


「俺は純日本人だ。市壁沿いのドヤ街に屯してるやつらと一緒にすんな」


「そりゃあ悪かったよ。ま、こっちとしちゃあ何人なにじんだろうが、くずディスクを高値で売り付けられる売人セールスマンだけが優れた人種さ」


「そうかい」


「それか、金を落とすだけのおしか」


「そんなら、こんな小汚ねぇハコで一日中潜ってる中毒者どもも優れたお客ってか?」


 シミだらけの壁紙と、塗装のはげた仕切り板でブースが区切られ、電灯は艶かしい紫色。清潔さのかけらもない店内を眺めて、青年はため息を吐いた。


「確かに。ここの奴らは時々クソしに起きるだけで、あとは寝たきりだ。こんなに楽な仕事もねぇな」


 店番の男が胸のポケットから紙タバコを取り出して、マッチで火をつける。


「おっさん。俺にも一本くれよ」

「いやよ。お金払うして」

「いくらだよ」

「5でいいよ」

「5ドルだぁ?ぼったくんじゃねぇぞ」

「サイトウ。くれてやれよ」

「ムラカミ!あなたこのマエも一本ぬいてたよ。かえしてからよ」

「おい、社長って呼べっつっただろ」


 その大男はその中国人風の男の頭を平手で叩いた。

「おー、こわいよこわいよ」


 頭を抑えて大袈裟そうに痛がるそぶりをする男を尻目に青年はタバコに火をつけた。口元から煙が漏れて、異音をたてて回るダクトへとそれが吸い込まれていく。


「店長、これを店のに付けられるか?」


 青年が脇に抱えていた包みをカウンターの上に置く。店長と呼ばれる黒人の男は包装紙を破り、中を確認した。


「なんだこりゃあ。2世代は前の外付けハードじゃねぇか」


 その中身は黒い光沢を持った半円の電子機器だった。


「しかも改造品だろ。うちでも正規品として使ってた時期もあったから知ってんだよ。

 はあ、こんなもんウチの設備に混ぜるわけねぇだろ」


「そこを頼むよ。なんだったら古くなったヘッドギアを買い取ったってかまわない」


「買い取るったって。──そういえば製品サービスがとっくに切れちまってるのが一つあったか? だがこんなの、古臭い放棄サーバーにネット接続するくらいしか使い道はねぇぞ」


「いいのか?いくらだ?」


「ちっ。まあ500ドルってとこかな」


「はぁ?高すぎんだろ」


「あァ?じゃあ他を探すか?言っとくけどよ。この街で正規品なんて探してもまともなのは見つかんねぇぞ。別に足元みてるわけじゃねぇ。これが適正な値段ってことだ」


「くそっ。今月の取り分はいくらだ?」


「いつもと変わらず。今なら前借りしてやってもいい。ただし、円やタイワンイェンなんてシケた金はなしだ。ちゃんとドルのロックマネーなら売ってやる」


「分かったよ」


 青年はカウンターの向こう側に手の甲を突き出す。そして店長も手の甲をそれに押し当てる。触れ合った肌が赤い光を放ち、幾何学模様がそれぞれ浮き上がり、2人の間に『→500$』というホログラムが表示された。


「毎度あり」


「けっ、いい買い物だったよ。すぐに使えるか?」


「ブースは好きに使っていい。32番だ」


 そう言って店長はカードキーをカウンターを滑らす。


「相変わらず変なところでアナログだな」


 青年はそれを掴んでブースへ向かう。32番のブースは奥まった場所にあった。どの個室も埋まっているのに、誰かの服が擦り合う音さえ聞こえない。

 通路の両側に並ぶ扉の向こうでは、浮浪者たちが今日もなけなしの金を支払って、肉付きのいいバーチャルガールたちと、寝る間を惜しんで獣のようなセックスに興じる夢を見ている。

 ここにいる人間たちはをかぶってそんな虚構の世界を謳歌していた。

 カードキーを扉に押し当てると、駆動音とともに解錠した。外開きの扉を開いて、中のリクライニングに座る。机の上のヘッドギアの背面を探り、端子の穴にくだんの外付けハードを強引に取り付ける。

 青年は手の汗をシャツで拭い、ヘッドギアを被り、自らもその虚構の世界へと潜っていった。


◇ ◆ ◇


 無人兵器の操縦、遠隔操作を目的として軍事用に開発された没入型運動制御装置と感覚フィードバックシステムは、開発元であるビナー社によって改良され、一般向けにはヘッドマウント型ゲーム機『アーク』の機能の一部として公開された。


 当時、開発が切望されていた仮想空間での感覚共有の役割を担う技術として大々的に取り上げられ、いくつかのVRゲームやサービスが開発、運営された。


 しかし、改造された製品を利用したことによる中枢神経への悪影響が問題視され、その後のカプセル型フルダイブ機器の台頭も重なりVRゲーム機としての役割は減少することとなった。その一方で、痛覚や触感といった一部感覚の再現性が非常に高いといった理由から、主に性産業において活躍し、それ以降『アーク』は開発者たちの想定とは異なる形で人口に膾炙することとなる。


 それから四半世紀が過ぎて、その存在が多くの人々から忘れ去られた現在、一部のゲーマーの間で実《まこと》しやかに囁かれている噂がある。それは『アーク』でしか接続することのできない仮想空間にあるVRゲームが存在しているというものである。

 そしてそのゲームはギリシャ神話に登場する巨神の名を冠するのだという。



『Titan』


〈SYSTEM〉

〈GAME START〉 ◀︎



(随分と古臭いスタート画面だ)

 青年は虚構空間に浮かんでいる手元のウィンドウを操作して、目の前のディスプレイをこの仮想空間に適した視覚情報へと変更する。

 


〈NEW GAME〉      ◀︎


(前の持ち主のデータは。やっぱり残されていないか)

 彼が指でその文字をなぞるように触れると、視界は眩い光に包まれる。


 瞼を開ける感覚はなく、しかし視界が開けた。摩天楼のビル群と、色鮮やかなホログラム広告、そして異形の人々。

 その中に立っている。

 まるで大昔のSF映画に入り込んだようだと、彼はその古臭く、ある意味で古典的なSFの世界を眺める。

 青年の頭上には青く光る魚の群れが、めまぐるしくその隊列を変化させて街を泳いでいた。

 「なんのことはない」

 当時流行ったゲーム内オブジェクトの自動生成アセット。そのひとつだろうという想像が容易にできた。

 


『ミッドガル へよ こそ』


 文字の抜けた看板のタグを調べるとここはセントラルパークという場所であるらしかった。ルーム情報には『ステータス:非武装』とある。


「おわっ」


 彼が初心者用の説明書テキストを読んでいると、まだ慣れない魚眼レンズのような視界の隅に人影が映り込む。


『やあ、はじめまして。僕の名前はクロップ。この世界の案内人さ。君の名前はなんていうの?』


 クロップと名乗ったそれは人ではなく、典型的なゲーム内NPCで、ブリキでできたクマの姿をしたマスコットキャラクターだった。この気味の悪いマスコットに愛着を持てるユーザーがどれほどいるのだろうかと疑問に思いながら、彼はそれを尻目に手足を動かしてゲーム内の挙動を確認する。

 彼の身体は、現実の肉と血でできたそれから大きく異なる、剛鉄とケーブルで構成されたサイボーグに変化していた。

 しかし多くのVRゲームを渡り歩いてきた彼からすれば、人体に近しいその身体ボディは操作しやすい範囲であるようで、ぎこちなさを感じさせない動きを見せる。

 一方で彼はVRゲーム特有の離人感はなく、自らの感覚との時間差ラグも見られないことに感心する。

 ありふれたゲームの作風に反して独特な没入感があり、元の現実世界を大きな壁で囲ったように、この世界にいる限り向こう側の存在を認知しづらい。

 彼はこれはこのゲームによる介入かもしれないと邪推する。彼にはゲーム内に存在しているプレイヤーに対して、システム上ある種の思考の麻痺マスキングが意図的に施されているように思われた。


「アッシュ」


 目の前で名前を問い続けるその不細工なNPCに、自らの使い慣れた愛称を教える。


『アッシュ?いい名前だね。君はここに来るのは初めてかい?よければ僕が案内するよ』


「オーダー、チュートリアルをスキップ」


『了解しました。チュートリアルをスキップします。スキップした情報はホームを開いて、ゲーム内情報の欄で確認できます』


「そりゃどうも」


「ボイスメッセージ、ID*******へ送信」


 彼は声認証によってメニュー画面を開いて、『ヤマダ』というプレイヤー宛に音声を録音する。


「ログインできました。セントラルパークっていうフリーゾーンにいます。近くに来たらルーム内で呼びかけてもらえれば」

 

『その手間は省けたかな』


 彼が振り返った先、広場の前の、車の行き交う通りの向こう側に「やあ」と手を挙げる人影がある。


『アッシュです』


『改めまして、私がヤマダです。思ったよりも早かったね』


 ヤマダと名乗る男は、ゲーム特有のサイバネティクスな『身体ボディ』の性能を遺憾無く発揮した、非現実的な関節の挙動で、20メートル近い距離を跳躍して目の前に着地した。


「プレイヤーが非人間のゲームは初めて?慣れれば歩いたり走ったりするよりも楽だと思うよ」


「そういうわけではないですけど。かなり挙動が滑らかで驚きました」


「ははっ、聞いていた通り若いんだね。我々からすれば、君のやり込んでいたゲームとの違いを感じられるほどの若さ《センシビリティ》はすっかり衰えてしまっているよ」


「──アバターの外見はランダムに設定されているんでしたよね」


「そうだね。

 この『タイタン』の世界では機械仕掛けの肉体、いわゆる『サイボーグ』が普及しているって設定らしい。君のも4つのロボット会社の計16種類のボディのどれか、たぶん『パシフィックインダストリー』かな。

 見ての通り旧日本圏の会社だよ」


 言われてみれば、肩に日の丸に似た刻印が入っている。パシフィックか、第三次世界大戦後のススキノに住む人間からすれば皮肉な社名である。


「ヤマダさんは随分とこのゲームに入れ込んでいるんですね。その格好」


「これかい?これは、ハッタリも多分に含んでいるけれど」


 彼のアバターは体格に不釣り合いな金のネックレスや、シルバーアクセサリーを身につけている。


「勧誘が僕の、クランでの役割りだからね。顔役は少しくらい金持ちそうに見えた方がスムーズに事が運ぶかもと。

 そんなに悪趣味に見えるなら変えようかな」


「そういうわけではないですけど。

 それよりもこのゲームのシステムについて聞きたいです」


「おお、心強いね。

 じゃあ、観光ついでにフリーゾーンにある設備を見てまわりながら、このゲーム、『タイタン』のバトルシステムと『報酬』について話していこうかな」


 ヤマダと名乗る彼のアバターは、種類の多くないエモートを使って、無機質な笑顔をつくってみせた。


◇ ◇ ◆


『この街は、というか、このエリアはミッドガルドと呼ばれていてね。というのも、このゲームにおけるエリアの区別は、重なったいくつもの層ごとにされていて、ここは12のうちの上から6層目の位置にあるんだ』


 アッシュはヤマダの操縦するモーターバイクに同乗し、月明かりのない夜の街並みをハイウェイから眺めながら説明を聞いている。


『上から二つが、ナンバーズエリア。その下にクランのレンタルスペースがあって、4層と5層は娯楽関連のエリア。

 今から向かうのは3層。アッシュくんを僕らのクランに招待する手続きをしなきゃいけないからね』


『ナンバーズエリアってのはなんですか?』


『ナンバーズってのは、その名の通り数字を持っているプレイヤーが利用できるスイートルームみたいなもので。あ、数字ってのはゲーム内のランク制度のことね。クラン戦は100位まで、個人戦は50位以内になると各エリアの特別な設備が使用できるって感じかな』


『ヤマダさんのクランは何位ぐらいなんですか?』


『うちは、平均して300位前後。シーズンごとに戦闘のシステムが変わるから、多少の上下はあるけど、全体で言えばちょうど上位10パーセントだね』


『それって、こんなこと聞くのもなんですけど。収益はどのくらいなんですか?』


『ずばりだね。そうだなぁ。もうすぐ最初の目的地に着くから、それを見てから話をしよう』


 緩やかなカーブのトンネルを抜けると、天を衝く、いや正確には頭上は鉛色の天井が広がっているのだから、天井を衝くタワーと呼ぶべきだろう。とにかく見上げるような巨大な建造物が2人の目の前に現れた。


『アレがヘリクスタワー。階層を移動したり、あとはナンバーズが張り出されていたり、セレモニーが催されたりって感じ。このゲームのシンボルだね』


 捻れた塔は幾何学的な造形で無機質な印象を与える一方、その根本にはリゾートのような俗っぽい施設が点在していた。そしてそれらは鮮やかな光で眩しいほどにライトアップされていて、昔日の華々しい興隆期を思わせた。


『今は寂しいけれど、次のシーズンが始まる頃にはプレイヤーで混み合うだろうね』



 2人はそのままモーターバイクでタワーのエントランス前へとやってきた。


「さあ、これが我々プレイヤーの愛してやまないきんの果実さ」


 回転扉を通りタワーのエントランスに入ると、そこは吹き抜けで、2人の頭上には巨大な有機マシンがぶら下がっていた。

 それは垂れ下がった果実のように、周囲の柱に蔦を這わせていて、無機質なロビーには不似合いな代物だった。


「『エルドラドの商人たち』ってゲームを知っているかい?」


「ええ。たしかドイツ産のシュミレーションゲームで、プレイヤー同士が商人に成り切って、ゲーム内のアイテムをリアルマネーで売買するとかなんとか。

 子供の時に、ほんの少しだけやった記憶があります」


「そのゲーム内の富配分システムっていうのがよくできていてね。それをそのままコピーして持ってきたってことらしい」


「パクりじゃないですか」


「まぁ、このゲーム自体、元の『タイタン』ってゲームの機能を拡張して生まれているから今更って感じだけど」


「やっぱりそうなんですね。これが『タイタン』の世界ですか」


 彼は聞き馴染みのあるゲームタイトルを、自らも独り言のように口に出す。


 『タイタン』はゲーマーの間である種の伝説的作品として有名で、それは名作と呼ばれる作品であったからではなく、そのゲームがにも関わらず、誰1人として完成品をプレイできなかったからからである。

 『タイタン』を開発していたのは、アメリカの大手ゲームメーカーで、この『タイタン』は次世代のフラッグシップとなるはずのタイトルであった。しかし、当時ゲームのハードとして活躍していたヘッドマウント型ゲーム機『アーク』の使用が禁止されたことで、そのハードに最適化していた『タイタン』の開発プロジェクトは中止を余儀なくされた。

 その後の顛末については明らかではないが、『タイタン』は日の目を浴びることのなかった名作として、またある種失われた作品というロマンを纏って度々話題にされる。

 それは逃した魚を大きく誤認するような心理を含んでいるかもしれないが、人々が未だに口にするだけの将来性をその作品が持っていたことは事実であった。


「ゲーム内世界の作り込みは、もうすっかり時代遅れかもしれないけど」


「プレイできないからこそ、あれだけ神格化されちゃったみたいなことですかね」


「心配せずとも、このゲームの本質はなかなかに奥深いものだから」


 ヤマダはその妖しく光る果実の下、美しい姿勢で立つコンシェルジュのNPCに話しかける。


「やあ、いい天気だねミランダ」


 それは空など見ることのないこのフロアに備え付けられた彼女への皮肉、と言うわけではなく、単に彼の口癖であるらしい。


『ええ、いい天気ですね、ヤマダ様。本日はどのような用件でしょう』


「新人プレイヤーくんのために、賞金配分システムについて教えてほしいんだけど」


『かしこまりました』

 

 彼女が耳につけた小型のヘッドギア(そもそもここは仮想空間内なのだからおかしなデザインではあるが)に触れると、一般の公的機関で用いられるようなホロアナウンスが流れる。


『この金の果実には成績上位のプレイヤーへ与えられる全ゲーム内通貨が保管されています。

 現在準備されている賞金の総額は200億リラ、現レートのドル換算で約10億ドルです』


『このタイタンの世界では、リアルマネー、ゲーム内通貨、そしてゲームポイントの3種類が「通貨」として使用いただけます。

 まず、ゲームポイントはゲームをプレイするのに必要なコンテンツで、装備の購入から機体の修復、燃料の購入まで様々な用途として用いられます。

 次にゲーム内通貨「リラ」はキャラクターパーツの変更や各種ゲーム内アクティビティに使用できます。

 最後にリアルマネー、現実のバンクに存在するアメリカドルをゲーム内通貨およびゲームポイントに変換できます。

 そしてゲーム内通貨はゲームポイント、ゲームポイントはリアルマネーに、こちらの定めるレートで変換が可能です』


『ゲーム内通貨は各シーズン終了時に、シーズンランキング上位者へ分配されます。シーズンは90日間、その後、ランク上位のチームによるXシーズンが7日間開催されます。

 例えば昨シーズンのトップクランである《ユビキタス》には103億リラが、トッププレイヤーである【雨傘】には27億リラが分配されました』


「おっけー。もういいよ」


 ヤマダは説明の途中でアナウンスを中断させた。


「なんとなくの規模はわかったかい。

 個人でのトップアワードはユビキタスってやつで、昨シーズンの賞金総額は650万ドル。

 さっき君が訊いていたけど、僕たちのクランは昨シーズン2チームが300位以内。賞金の合計は600万ドルだよ」


「そんな大金、ススキノの違法カジノでだって手に入りませんよ」


「これはあくまで賞金だから。えーと、君がもしも金目当てでこのゲームに挑むんだったら、もう少し詳細な説明もしようか?」


「──それよりも先に肝心の戦闘を見ておきたいです。

 ゲーマーとしてやっぱり『タイタン』を拡張して作られた戦闘ってのが気になりますし」


「オーケー。

 ならさっそく、『戦場』へ行こうか」

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