一家に一台聖女の世界でイケおじと暮らそう

安身 ミント

第1話「聖女向け企業説明会」

――助けて!!!


 そんな声が聞こえたような気がして目を覚ます。久しぶりに変な夢を見た。腕を広げてぐーっと大きく伸びをすると、周囲が私の部屋ではないことに気が付く。寝ぼけているのだろうかと放心していると、横からそっと手が差し伸べられた。


「異世界にようこそいらっしゃいました。聖女のトキワ様」


 そ、そんなバカな。




■◆




「皆様にはこれから、聖女としてこの世界の各家庭で生活していただきたい! 異世界から召喚された聖女には、この世界で生まれ育った我々には不可能な『歯車《ロゴス)』の冷却能力が付与される。どうか、その祝福された能力で、助けを求める人々に寄り添ってくれたまえ!」


(展開はやいな…)


 ひと昔前のイギリス映画のようなヴィンテージスーツを着た男の人たちが、年齢も人種もさまざまな女性たちに向かって演説をしている。人材ビジネスの企業説明会を思い出すようだ。聞き手に寄り添うようで、相手の意向を汲み取ろうとしない雰囲気が、どことなく似ている気がする。


「救いを求めるホストたちが続々とあなたがたを迎えにやって来るだろう! 聖女を必要とする彼らのために、どうか聖女の慈悲ある祈りを頂戴したい! 我々聖者召喚機関スローンズは、この世界での貴女らの活躍と幸福を心から祈っている!」


 そう言うと、聞いている聖女全員に『この世界のしくみ』と書かれた小冊子が配られた。いよいよ企業説明会になってきたな。まさか就職先が聖女だとは。

 それにしても、私の記憶が正しければ、聖女ってもっと希少価値があるVIP待遇のチートだった気がするんだけどなー…。




■□




 聖女説明会後の健康診断の結果、私の声帯が機能しなくなっていることが判明してくれた。診察してくれた産業医によれば、「召喚魔法の不具合によるもの」とのことである。そんなスマホゲームのメンテナンスみたいに言われても納得できませんけど!(というか、異世界にも産業医とかいるんかい。思ってた異世界と違う)

 私だけ他の聖女よりも検診の内容が増えたので、待ち時間に聖女説明会で配られた『この世界について』に目を通す。この世界でたべていくためには、とりあえず聖女としての役割は真っ当せねばなるまい。パンフレットくらいは熟読しておこう。


 まず大前提となるのが、この世界は普段目には見えない歯車によって、時計仕掛けのように精緻に体系化された魔法によって生活が成り立っているということ。(挿絵にスチームパンクアートが載っている。世界観が若干掴めてきたぞ…)科学と魔法が融合したこの世界の暮らしには、「歯車が問題なく機能すること」が不可欠なのだそうだ。(魔法陣のように幾何学的な歯車の図が挿入されているが、まったく理解できない)

 しかし、爆発的な人口増加で酷使された歯車が熱を帯び、周囲の人間や動植物に悪影響をおよぼすそうになったのだそう。(地球温暖化? 違うか)そして肝心な聖女の役割というのは、この熱を持った歯車に対して冷却の効果を発揮すること……と、小冊子には書いてある。

 すなわち、各家庭に聖女がひきとられていく理由は、各家庭で魔法を使うための歯車を正常化してもらうため、ということか。発電所の冷却装置、と今は理解しておこう。


 パンフレットを隅々まで読み終えた。なかなかすんなりと世界観を把握することはできないけど、細かいことはおいおい覚えていけばいいや。――とはいうものの、聖女という宗教的な響きからして、聖女には「縁起」や「ゲン担ぎ」のような側面もあるだろうから、声が出ないいわくつきの私を、果たして引き取ってくれる人などいるのだろうか。

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