正門愛文の愛と暴力と死と夢

はる

第1話 進路の迷い

 正門愛文、という、他ではあまりないような名前が、彼の名前だ。愛文は人見知りで、殻に閉じこもりやすい性格だった。おかげで友達は少ないし、恋人もいない。学校では学科の学友に馴染むことができずに、いつもちょっと困ったような顔をしていた。


「愛文、早いな」

 そう彼の肩を叩いたのは、同じ学科の山本祐司だった。彼は、愛文のことを好いていた。理由は、文学の趣味が共通しているからだった。

「祐司、今日も元気だね」

「そりゃな。なんたって、宮本先生の新刊が発売される日だぜ!」

 上機嫌で祐司は教科書を鞄から取り出した。

「ほんとに文学が好きだよな」

「まぁな。愛文も好きじゃん」

「祐司ほど熱烈な感じじゃないよ」

「そうか?」

 祐司は愛文の顔を覗き込んだ。

「俺は自分の自意識を慰撫するために読んでるけど、祐司はそれ自体が純粋に好きって感じじゃん」

「なるほどなー。どっちもいいと思うがな」

 授業は淡々と終わった。

 祐司は次の授業を受けるために講義室を出ていった。愛文はゆっくりと教科書を鞄に入れて、席を立った。

 帰りながら、愛文はどうして自分は友達が少ないのかと考えていた。きっとそういう性分なのだろうと思った。口下手だし、何を話していいか分からない。自分の意見はないことはないけど、表現するのが下手っぴだった。考えてかは話すと、もう話題は次に移っているし、何も考えずに話してみると、その場にそぐわないか、誰かの地雷を踏み抜く。会話は難しい。みんな楽しそうに、当然できる、といった雰囲気で話しているけど、どういう芸当なんだろう。不思議だ。それに、いいな。羨ましいと思う。

 愛文は将来どんな仕事に就こうかとも考えた。本が好きだから、本にまつわる仕事がいいな。できたらだけど。会話は苦手だから、事務とかがいいな。でも事務も会話はいるか。

 なんというか、自分にぴったりの仕事というのが分からなかった。俺はコミュ障だし、飽き性だし、論理的な思考とは言い難い、どちらかといえば感情で動く人間だし、計画性とかもない。前、そう山本祐司に言うと、「それって思慮深くて、興味の幅が広くて、情が深くて、柔軟ってことだよな!いいじゃん!」と言っていたな。どこまでもポジティブシンキングだ。……でも、そういう考え方も必要なのかもしれない。良く言ったら、俺の性格はそんな感じだ。で、適職はなんなんだろう。とにかく、苦手でもやるしかないんだろうな。俺みたいな人間は。できることなら文学と絵だけに身を捧げて生きていきたいけれど。

 家に帰ると妹がバニラアイスクリームを食べていた。

「よっ。兄貴」

「由紀、帰ってたんだな」

「うん。試験期間中だからね〜」

「……なぁ由紀、お兄ちゃん、なんの仕事が向いてると思う?」

「兄貴は芸術家向きじゃない?あっ、批評家とか」

「もっと現実的な職業を言ってほしい」

「え〜、内向的でその日暮らしみたいな兄貴は昔からスナフキンが適職だと思ってたよ」

「やめてくれよ、絶望させたいのか」

「そんなつもりで言ったんじゃないけど。まぁガチレスすると、若いうちは我慢して向いてないことやりながら、こっそりなんらかの芸術的な能力を磨いて、晩年に花開くとかじゃない?」

「なるほどな〜。アイス一口ちょうだい」

「やだ。この年でおやつ交換とか異常だよ」

 俺はすごすごと自室に引き上げた。

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