37話 冒険者活動その1
「――
モシュの声とともに、短い四肢を動かして3メートル近い魔物が突っ込んでくる。
血のような赤に染った鰐の魔物。
レッドアリゲーターは体を覆う鱗は血のように赤く染まり、揃ったのこぎりのような牙を剝き出している。
俺達スヒレインは、今まさにそのレッドアリゲーターの討伐依頼を受け、戦っていた。
「私が前に出ます、援護をお願いします!」
「俺が前に出る! リヴィアは後ろで魔法を!」
「リヴィアにやらせなよ! そんなに苦労する相手じゃないでしょ!」
リヴィアを制するが、モシュに否定される。
そして、当のリヴィアも俺の言葉を無視して前へと駆け出していく。
俺が魔力を手に集め、リヴィアが剣を構え、モシュがそのリヴィアの近くで短剣を構え、それぞれがレッドアリゲーターに向かっていく。
これじゃあ全員前衛の近接戦闘だ。
今の俺達を他の冒険者が見れば“前衛後衛”の役割分担すら知らない初心者冒険者だと思われるだろう。
モシュはリヴィアの援護に回っているが、それもあくまでリヴィアの隙をカバーするための前衛でのサポートだ。
結果、俺達のパーティとしての連携は完全に崩壊していた。
聖王流で戦うリヴィアの攻撃はシンプルだ。
身体能力にものをいわせた素早く力強い一撃。
それを四足が短く動きが鈍いレッドアリゲーターに避けられるはずもない。
鉄剣はレッドアリゲーターの鱗を容易に斬り裂き、さらには腹部の肉を容易に断ち切った。
「あっ! ととっと……!」
だが、剣を振る勢いが強すぎだ。
剣はそのまま地面を斬り、突き刺さってしまった。
リヴィアは自分の力に引っ張られるように前のめりになって倒れそうになり、バランスを崩している。
また力の入れ加減を間違えたな⁉
だから危ないんだよ……!
もう一匹のレッドアリゲーターが、バランスを崩したリヴィアに襲い掛かっている。
このままだと、リヴィアの体には厚い噛み痕がいくつも出来てしまう。
魔弾で……、
「任せて!」
俺の心配をよそに、モシュがリヴィアとレッドアリゲーターの間に体を滑り込ませた。
1メートルと半分もないモシュ。
そして、その倍以上はあるレッドアリゲーター。
両者の体格の差は歴然だ。
モシュの両手の短剣が爪楊枝に見えてしまう。
だが、スヒレインとしてパーティを組んでいこう、俺はモシュの技術を
だから、俺はリヴィアにレッドアリゲーターの攻撃はとどかない、とほっとした。
「やあっ!」
気合と共にモシュは逆手に持った短剣を振り上げた。
短剣はレッドアリゲーターの牙とぶつかる。
そして、モシュよりも力が強いレッドアリゲーターの口が弾かれ、後ろへ仰け反った。
魔法でも使ったのかと思えるような光景。
だが、これは魔法ではなく技術によるものだ。
パーティを組んだ当初は偶然かと思ったが、モシュは何度も力の差を無視して敵に隙を作り出している。
はっきり言って、達人級だ。
この世界で生きてきて、俺はモシュ以上に敵の攻撃を華麗にいなす人間を見た事がない。
「リヴィア!」
「はい!」
そのモシュの後ろから、リヴィアが剣を振り下ろす。
しかし、今度はさっきのような勢いが乗っていない。
あれじゃあレッドアリゲーターは斬れないだろう。
今度は力を抑えすぎだ……!
「あらっ……!?」
俺の予想通り、リヴィアの攻撃はレッドアリゲーターの鱗に弾かれてしまった。
リヴィアは自分の力の感覚がつかみきれていない。
かなりの速度で良くはなっているが、戦闘中になると特に難しいらしい。
だからこそ、戦いながらその感覚を覚えようとしているみたいだが……その結果がこれだ。
命をかけた戦いでそんな事をしていれば、こう危ない目に合うのは当然だろう。
レッドアリゲーターは尻尾を振り、剣を振り下ろし隙だらけになったリヴィアを弾き飛ばそうとしている。
「だから安全な時にやれって言ったんだ!」
舌打ちをしつつ、俺はためていた魔力の弾丸をレッドアリゲーターに放って尻尾を弾く。
「モシュ! やれ!」
「ほいっ!」
モシュは尻尾を弾かれたレッドアリゲーターの体に4度斬撃を与える。
モシュの攻撃は鱗と鱗の隙間を縫って肉の部位を攻撃し、レッドアリゲーターの鱗の隙間から血が溢れ出す。
威力は高くないが、確実なダメージになっている。
1匹目のレッドアリゲーターが倒され、さらには深手を負ったレッドアリゲーターは後方へ走り出した。
逃げるつもりだろうが、レッドアリゲーターは鈍足だ。
背を向けるレッドアリゲーターに向かってリヴィアが再度剣を振りあげた。
「これで、終わりです!」
3度目、今度はレッドアリゲーターの体を斬ったリヴィアは、バランスも崩さなかった。
「よし、うまくいきました!」
リヴィアは嬉しそうにガッツポーズを決めている。
だが、俺はレッドアリゲーターを倒した瞬間から、リヴィアに荒く足音を立てながら迫った。
「リヴィア! 安全に戦える時だけ前衛にするって言っただろ!
「れ、レッドアリゲーターは問題なく戦える相手です」
「危なかっただろ! まずは魔法でだな!」
「それは、えーと……」
だが、リヴィアは少し申し訳なさそうに視線をそらしながらも、自分の行動を謝ろうとはしない。
「いいじゃんいいじゃん、うまくいったんだから」
「うまくいったからってな、同じ事を言わせる気か?」
「私も何度も言ってるよね、リヴィアはもっと前で戦わせるべきだって」
俺とモシュは互いに睨みあう。
無言の空気の中、剣吞とした空気が流れ始めた。
「だから――!」
「そこまでにしてレッドアリゲーターの死体を処理しましょう、血の臭いにつられて他の魔物がやってきてしまいます」
俺が言葉を荒げかけると、リヴィアから声がかかる。
声を吸ったタイミングで止まった俺をニヤッと見た後、モシュはレッドアリゲーターの死体へ向かう。
こいつっ……!
「…………はぁ」
……まあ、リヴィアの言う事は間違っていない。
魔物の死体は、放置すると他の魔物が食料にしてしまう。
さらには死体がアンデット系の魔物として復活してしまう可能性もある。
魔物を殺した後はできるだけ早くその死体を処理するのが冒険者のマナーだ。
そして、討伐系の依頼の場合、依頼達成の証拠として討伐した魔物の体の一部――今回は尻尾を剥ぎ取り冒険者ギルドに提示する必要がある。
依頼達成のためにも、死体の処理は必要だ。
……だが、言うべき事は後でしっかりと言わせてもらおう。
リヴィアの安全のために必要な事だからな。
その後、俺達は依頼達成の証になる尻尾と、レッドアリゲーターの高く売れる素材を手早く解体し、不要な素材はリヴィアの火魔法で燃やしてヌボルに戻った。
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