36話 初めての冒険者活動
「資格がないって……」
「銀級から!? 本当ですか!?」
「そうそう、だから簡単な依頼から達成して、実績を積んで銀級にならないとね」
「ど、どうしてそんな……」
今、異界に挑めないと知ったリヴィアは口を震わせながらモシュに聞いた。
「冒険者が異界に挑むにはある程度の実績が必要なの、異界は魔物と戦う事も当たり前だから、初心者が無謀に挑んで死なないようにそう決まってるんだよ」
「た、たしかに理にかなっているな」
「でしょ?」
「パーティランクは銀級ですよ!」
「個人のランクが銀級じゃないと認められません」
食い下がるリマリアだが、ギルド職員は甘さを見せずにそう言い切られてしまった。
まあ、そうだよな……。
初心者冒険者が挑めないようにしているのなら、それが適応されるわけない。
「な、何か抜け道のようなものは……」
「ないない」
モシュと、ギルド職員も首を横振っている。
「こればっかりは地道にいくしかなさそうだな」
「ううっ……はぁ、そうですね……」
こればっかりはどうにもならい。
それを理解したリヴィアは、深いため息を吐きながら肩を落とす。
そして、少ししてモシュとギルド職員にジトッとした目を向けた。
「いち早くランクアップするにはどうすれば?」
「そうだね、モシュ達スヒレインのランクは銀級だし、金級の依頼も受けられるから……」
「金級の依頼を受ければいいのですね」
確かに、銅級の冒険者が金級の依頼を達成できれば、ギルド側も俺やリヴィアのランクをそのままにはしないだろう。
実力に見合った依頼を受けさせるために、回数をこなせばこなすほど、銀級への道は近くなるはずだ。
「まっ、でも最初は……」
そういいながら、モシュは俺達から離れ、カウンターの横の壁に向かった。
そこには幅5メートル近いサイズの掲示板がある。
あれは、一目見ればすぐわかる。
おそらく冒険者の依頼書が貼られているのだろう。
モシュは掲示板を一通り眺めた後、背伸びをして1枚の紙を掲示板からとって戻ってきた。
「これが妥当かな」
紙をひっくり返し、その依頼内容を見せてくる。
「そうですね」
「へぇ」
「ええぇ……」
モシュが持って来た依頼書を見て、ギルド職員、俺、リヴィアは三者三様の反応を見せたのだった。
◇
冒険者になってから、1時間後。
俺とリヴィアは冒険者になって初めての、そしてモシュはスヒレインとしてパーティを組んでから初めての依頼を受け、ヌボルの外にいた。
「ふ〜んふんふん」
鼻歌を歌いながら
根の部分を傷つけないように、慣れた手つきで薬草を一つ一つ摘んでいる。
「むぅ……」
そして、リヴィアは不機嫌な様子で手こずりながら薬草を摘んでいた。
こう言う作業が苦手なのは昔から変わらないな。
俺は慣れているからな、モシュと同じように根が千切れないように注意しながら薬草を摘んでいた。
「慣れてるね、ラウディオ」
「ちょっと前にはこう言うことをよくしていたからな」
過去の経験が生きるって言うのはこういう事をいうんだろうな。
薬草を摘みながら、互いの事をよく知らないリヴィアと一緒にいた頃を思い出し、勝手に笑みが浮かぶ。
「……楽しそうですね」
「んっ? ああ、冒険者には憧れていたからな」
昔と同じ薬草採集でも、目的が違う。
依頼の達成のため、っていうのが心を躍らせる。
「私は上のランクの依頼をやりたかったです……」
「まあまあ、最初だからな」
今回、モシュが受けた依頼は銀級の依頼だ。
依頼内容は薬草の一つ、“魔力草”の採集。
リヴィアは金級の依頼を受けたかったのだろう。
その方が、早くランクアップできるかな。
「そうそう、それに、こうゆっくりできる依頼を選んだのは、異界について話したかったからなんだけど……」
「それなら仕方ないですね!」
不機嫌から一変。
異界についての話が出た途端、リヴィアが表情を180度変えた。
「おお、すごい変わり身だね……、うん、じゃあラウディオのおかげでいいペースで集まってるし、一旦休憩にしようか」
「わかった」
「はい!」
俺達はずっと屈んでいた腰を伸ばした後、近くの木陰に腰を下ろした。
「2人は異界についてどれくらい知ってる?」
「そうだな、基本的な知識はある」
「資格がないと異界に挑めない事は知らなかったのに、そういう事は知ってるんだね」
「う、うるさいやい」
王都で記憶の異界に目標を定めた時、異界については
というか、魔国にいたころ、そういうファンタジー要素で調べられるものはあらかた調べていたからな。
冒険者のシステムは魔国になかったから思うように調べられなかったが、異界は世界中にある。
魔国でも十分に調べることができた。
――異界とは、一言で言うと別世界の空間だ。
森林の異界、海上の異界、歪みの異界……。
外とは全く違う環境が広がる空間、それが異界だ。
そして、異界はその特徴にあった名前が付けられる。
今回挑もうとしている“記憶の異界”は、内部の特徴よりも、記憶を失うという特徴のほうが有名になっているため、そう名付けられているのだろう。
「記憶の異界は廊下……ううん、洞窟みたいな造りでね。それに、ちょっとした迷路みたいなってるの」
「洞窟に、迷路……」
洞窟のような作り、それに水晶か。
もしかして、俺が迷宮を想像した時のような造りなのかもしれない。
「あと、記憶の異界は別名“水晶の異界”とも呼べるような場所で、中は水晶の空間が広がっているの」
「へぇ……! なんだか美しそうですね」
「うんうん、結構きれいだよ。異界内部の魔物も水晶みたいな魔物が多くてね、その魔物の部位もいいお金になると思うけど……2人の目的はそれじゃないよね?」
「ああ、俺達が狙っているのは記憶を戻すための魔法道具、あるいはそれに準ずる何かだ」
異界には、その異界の中だけに広がる特殊な魔力によって変質した魔法道具が生成されている。
記憶の異界が人の記憶に影響を与える以上、そういった魔法道具が手に入る確率はかなり高いだろう。
「記憶の異界の由来は調べているんだね、まっ、それを知らないと異界に挑もうとなんてしないか」
そういうと、モシュはニヤッと笑った。
「じゃあ、目指すはやっぱり異界攻略だね」
「ああ」
基本的に、異界の魔力によって変質した魔法道具は、その異界の最深部にある。
最深部が一番異界の魔力を受けるからだろう。
つまり、俺達スヒレインが目指すのは必然的に異界の攻略だ。
「記憶の異界の攻略難易度はどうなんだ?」
「うーん……白金級が妥当かな、やっぱり”記憶を失う”っていうのが厄介だね、戦ってる時に剣を持っている事も忘れちゃう事があるらしいから、異界を進むのがどうしても億劫になるんだよ」
「剣を持っている事すら忘れてしまうのですか……」
リヴィアは腰の鉄剣に手を置きながら緊張したような表情を浮かべた。
「効果はほんとに一瞬なんだけど、戦ってる時はその一瞬が生死を分けるからね」
そこまで強力に異界の力がはたらくのか……。
何かしらの対策は必要だな。
冒険者が戦っている姿を見た経験も少ないため、ハッキリとはわからないが、俺とリヴィアの個人の強さは金級以上はあるはずだ。
リヴィアはかなりムラがあるものの、それでも元の強さで言えば黒鋼級以上は確実だからな。
しかし、個人の強さとは別の強さ。
記憶の異界のように
異界攻略ができると、断言する事はできない。
「――大丈夫、そのための私だから!」
俺が眉根に皺を寄せていると、モシュが俺の心を読んだように励ましてきた。
「実力じゃなくて、冒険者としての経験値を上げるためのサポートをするからね、任せて!」
冒険者のマナー、魔物との戦闘、無闇な行動の回避。
たしかに、冒険者のモシュがいるのといないのでは、かなり差がでるだろう。
「ああ、頼りにしているよ」
「ちなみに、目安でどれくらいかかる予定ですか?」
そう聞いたリヴィアの目には不安が宿っている。
記憶を戻すための時間は有限だ。
銀級になるのに1年もかかるようなら、そもそもの前提から崩れるからな。
「まあ……1ヶ月は必要かな」
「1ヶ月……ですか」
短い、とは言えないな。
だが、不可能だと判断するほどの期間でもない。
目の前にリヴィアの記憶を戻せるかもしれない手がかりがある今、記憶の異界を見過ごす事もできない。
まあ、こればっかりは我慢するしかないか……。
「リヴィア、時間はかかるが一歩ずつやるしかないな」
「ラウディオ……」
不安な表情を見せるリヴィア。
だが、フッと息を吐くと、引き締まった顔で頷いた。
「はい、一歩ずつ確実に」
「この魔力草採集の依頼もな」
「はい!」
気合のこもった返事だ。
とりあえず、大丈夫そうだな。
ずっと不満や不安気だったリヴィアのそれも解消されたか。
「あっ、魔力草……」
リヴィアの近くに魔力草があったのか、リヴィアの腰のすぐ後ろで魔力草を摘もうとした。
俺とモシュはのぞくようにそれを見ようとして――、
今、まさに魔力草を摘もうとしていたリヴィアの手元を見た瞬間、モシュの顔がさっと青ざめた。
「あっ!」
「っ――待って⁉ リヴィア!」
「えっ?」
だが、リヴィアの手は止まらなかった。
リヴィアの手にはたった今引き抜いた魔力草――いやマンドラゴラに吸い寄せられる。
まるで小さな人のようにも見えるその特徴的な形。
一部の地域では魔物とさえ言われているその植物。
このマンドラゴラと魔力草の葉はよく似ている。
だが、根の部分はかなり違うため、注意すれば間違う事はないが、もし間違ってしまえば――。
瞬間、俺の脳内にはリヴィアが笑顔で手榴弾のピンを抜いた光景が映った。
「リヴィ――」
「ギギギュュアァァァァァァァァァァァ!」
「ギャッ!」
俺は咄嗟にリヴィアの耳を塞ぐ。
だが、俺はもちろんモシュはギリギリ自分の手が間に合わず、マンドラゴラの叫びをモロに受けてしまう。
視界の端では、モシュが泡を吹いて倒れていた。
「モシュ……!」
モシュを倒してなおマンドラゴラの叫びは轟く。
俺は、自分の耳を塞いでいない。
耳だけではなく頭にも激痛が走り、さらには見えてはいけないような景色が見え始めた。
あっ、これ俺もダメかも……。
モシュと同じように意識が飛かける。
「う、
目の前の景色が歪みかけた瞬間、リヴィアが風魔法でマンドラゴラを切り裂いた。
切り裂かれたマンドラゴラは停止ボタンを押したかのように狂声を止め、そのまま叫び声が止まった。
「くっ、モシュ! だいじょう――じゃないな!? 泡吹いてるぞ、ヤバくないか!?」
「ラウ――血――出て――!」
「え、なんだって!?」
「モシ――気――!」
「だからなんだって!? まあいい! とりあえず冒険者ギルドに戻るぞ、そうすれば何とかなるだろ!」
「は、はい! すい――」
「悪い! 聞こえない!」
俺がモシュを背負い、町の方へ走り出す。
隣のリヴィアが何か言っているように聞こえるが、どうやらマンドラゴラの叫び声のせいで耳が壊れたか?
微かに聞こえるだけで何を言っているのかわからない。
「ああもう! まさか薬草採集すら失敗するなんてな!」
「すみ――ん――ませ――せん!」
何も言っているのかはわからない。
だが、リヴィアが必死に誤っているのだけはわかる。
俺は思わず苦笑いをしがら自己治癒能力を耳に集中させ、町へ駆けた。
こうして俺とリヴィア、そしてスヒレインの冒険者デビューは中級の採集依頼失敗で終了する。
後々、この事はヌボルの町でお笑い草として語り継がれていくのだった。
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