21話 潜入、そして発見


 リヴィアも同じ事を考えているのか、顔色が悪い。


「ラウディオ……」

「まだそうと決まったわけじゃない、ニアを探すぞ」


 ニアがいなくなってから約1日。

 まだ1日しか・・・・・・と考えるか、もう1日も・・・・・と考えるか……。


 “まだ”の方を信じるためにも、培養槽を一つひとつ確認しながらニアを探す。


 すると、突如この地下空間に声が響いた。


「――どうだね! 私の研究ラボは!」


 遊園地に来た時のような、弾んだ声。


 すぐにリヴィアを守るように身構えると、薄い灯りにゆっくりと照らされるように、地下空間の奥から声の主が姿を現した。


 顔の半分が魚の鱗に覆われ、不格好に着ている白衣から覗く右腕は真緑に染まっている。


 そもそも肌の色が焦げた草のような色で塗りたくられ、背中からは羽根の抜け落ちた骨の翼がある。


「異形の怪物……自分自身もって事か」


 こいつの存在にリヴィアが気づかなかったのは……今のリヴィアの様子からは無理か。


「ああ、これも研究の産物、研究の成果だよ」


 ……まったく、狂っているな。


 この怪物は自分の姿を嬉しそうに眺めているのだ。

 まるで至高の芸術品を創り出した美術家のように、自分の体を見つめている。


 あの培養層の並びは意図的だったって事か……。


「お前……」

「アガラハと呼んでくれ、親しみを持ってな」

「……お前が王都を騒がせている失踪事件の犯人だな」

「失踪なんて言わないでくれ、皆自らやってくるんだ、そう……私がやっていることは宗教の勧誘と一緒さ」


 ……ふざけた事を言いやがって。

 何が宗教の勧誘だ。


「リヴィアはニアを探せ、あいつは俺が抑える」

「わ、わかりました」

「何かあれば声をかけろよ」

「はい!」


 失踪事件の犯人が自ら現れてくれたのだ。

 誰も気づかれずにリヴィア連れ戻そうとした最初の予定とは違うが、ここは俺が抑えればいい。


 強引な手段を取ることになっても、ニアを連れ戻せればそれでいい。


 リヴィアは俺とアガラハの横を通って奥へ進む。

 その間、アガラハはリヴィアを視線で見送っていたが、何かしようと動き出す様子はなかった。


 むしろ、俺と対面していることをまるで気にしていないかのように額に手を当て、考え込む始末だ。


「りゔぃあ、リヴィア……そうか、見間違いじゃないか! あいつが持っているのは聖剣――あの娘、勇者か!」


 名前でリヴィアが勇者だと気づいたのか!?

 いや、聖剣を持っていたからそっちか!


「勇者、そうか勇者か! 本当に生きていたとはな!」

「なんだって……!?」

「それなら是非とも研究ラボを見ていってほしいものだ! この研究は勇者を創るための研究だからな!」


 勇者を創る研究……あまりにも無視できない気になることを言っている。


 だが、その言葉よりも俺の耳に響き、心臓を動かしたのはその前の言葉だ。


生きていた・・・・・、だと……!?」


 その言葉は、リヴィアが死んでいる事が普通だと思っている奴から出る言葉だ。


「リヴィアの記憶を消して殺そうとしたのはお前なのか!」

「ん? 俺の悪い癖がでた、喋りすぎたか? ……いや、今回はそんな事はないはずだ、まだまだ喋り足りない。つまり……君、なぜそれを知っているんだ?」


 この男……男でいいんだよな。

 アガラハと名乗った男は魔王の部下、魔族なのか?


 いや、魔族がこんな大掛かりな研究をリマリア王国の王都でできるわけはがない、それにする必要もない。


 魔王の部下なら、魔国の方がよっぽどいいはずだ。


 まさか……リヴィアを殺そうとした黒幕は魔王じゃないのか?


「わかった! お前、ラウディオ=クラウンだな!」


 っ、俺のフルネームまで……。

 名乗りたくないからあまり名乗っていないのに、それまで知っているのか。


「おかしいな、死ぬはずの2人が生きている? それに勇者と戦って生き残っただと? そんな実力はないと聞いていたが……生き残ったにしてもバーレア……あいつが同族のよしみで助けたのか? いや違うな、ベッツがあの様だ、失敗は考慮していたが……なぜ魔族と勇者が一緒にいる? なぜここにくる?」


 ブツブツと話すアガラハの口から疑問が止まらない。

 口ぶりからして俺とリヴィアの関係までは知らないらしい。


 だが、口には出さないだけで俺も同じように頭の中で疑問がこれでもかと湧いて出てくる。

 こんな状況だが、考えを整理する時間が欲しい。


「なんの繋がりがある? 勇者と魔族……まあ、どうでもいいか! 殺すことに反対していた勇者がここにいる! これで俺の研究は更なる飛躍を迎えるぞ!」


 スイッチが切り替わったように、アガラハは思考を止めて心の底から喜んでいることがわかるほどの歓喜の声をあげた。


 殺すことに反対していた?

 つまり、こいつの意見を抑えられる人間がいる?


 魔王でも、アガラハでもない。

 俺の考えが全く及ばない第三者の黒幕が……。


 だが、そんなことを考えている余裕は無くなった。

 アガラハは舞台上の紳士のように両腕を上げる。


「さあ、御笑覧あれ! 王都マリアにおける勇者の創造研究、その集大成! それを今――お披露目だ!」

「お前、まさかもう……!」


 まだ1日しか経っていないんだぞ!


「ら、ラウディオ!」


 奥に行ったリヴィアの声が聞こえてくる。

 俺を呼んだ、つまり何かあったという事だ。


「くそッ!」


 俺はリヴィアの声がした方へ駆け出す。


 薄い灯りの空間を走り、リヴィアの声が聞こえた方へ走ると、リヴィアは1番奥にあった真白の培養槽の前で口を開けたまま立っていた。


 っ……最悪の展開だ……!


 リヴィアの隣まで来た俺の目に映ったのは、真白の培養槽の中で無数のチューブに繋がれたニアだった。


 俺が培養槽の前に瞬間、狙っていたかのようなタイミングで培養槽のガラスが自動ドアのように動く。


 中の水が一気に溢れ出す中、体に繋がれたチューブのせいで、ニアの体が操り人形のように垂れ下がった。


「ニア、ニア……!」


 隣のリヴィアの絶望が声から漏れる。

 足元に流れる水に逆らい、ニアの方へと近づくと、垂れ下がっていたニアの頭がピクッと動いた。


 ゆっくりと、ゆっくりとニアの体が動き出す。

 右腕、左足、腰……と、時間をかけ。


 しかし、ニアの全身に繋がれていたチューブが体の重さに耐えきれずに外れると、ニアは培養槽の中で倒れてしまう。


「ニア――ラウディオ!? 止めないでください!」


 ニアの方へ走ろうとするリヴィアを、俺は腕を掴んで強引に止め、首を横に振った。


 さっきから、俺の警戒心は跳ね上がっている。

 リヴィアを危険な目に合わさないいための警戒心が。


 体に繋がっていたチューブが強引に外れたせいか、ニアの体から血が流れている。


 だが、痛がる様子も苦しむ様子もない。

 まるで痛みを感じていないかのように、倒れた体をゆっくりと起こしている。


「いやぁ、できる事ならもっと時間が欲しかった……」


 背後から、高揚した声が響く。


「だがっ、私の研究はここで一度完成した! 見るがいい! これが私の創り出した……勇者だ!」


 そして、培養槽の中で立ち上がったニアは、感情を失ったように虚な目をしていた。

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