現実から異世界に飛ばされたのですが、今まで通りに謎を解きます。

青冬夏

現実から異世界に飛ばされたのですが、今まで通りに謎を解きます。

 「待てー‼」


 昼下がりの住宅街の中、私はある犯人を捕まえる為に必死に走っていた。

 その犯人とは私が以前から追っていた、連続で発生していた事件の犯人であり、やっとのことで今日捕まえられると思ったのだった。


 しかし。現実はそう甘くはない。


 探偵業を営んで、かつ色々な依頼を熟してきたことから分かることだが、そう簡単に犯人を捕まえることは不可能だ。ドラマみたいに捕まえることもあれば、あっさりと捕まえることもある。


 私の場合、前者の方が多い。

 住宅街を逃走している犯人の背中を追うため、必死に私は走る。


 (いつも走るときに思うことなのだが……胸が小さくて本当に良かったと心から思ってる。もし胸が大きかったら、ドスンドスンと大きく揺らしながら犯人を追うことになるし、体力を数倍は消耗する。効率の悪い走り方にもなるし、それだったら尚更胸の小さい方が良いのだ)


 独り言を呟きながら犯人を追っていると、気づいたらどこかの交差点に辿り着いていた。

 「はぁ……はぁ。はぁ……」

 私は膝に手を突いて息を整える。周辺を見回しながら、さっきまで追っていた犯人の位置を確認する。


 しかし……。


 「……いない?」

 向こう岸の歩道にもおらず、まるで忽然と姿を消しているように思えた。


 どこにいるんだろうか。


 歩行者用信号が青信号になったのを見て、私は再び地面を蹴った。

 「どこだ……」

 はぁ……はぁ……と言いながら走っていると、どこからか急ブレーキ音が聞こえた。すぐ傍からその音が鳴ったと思い、パッと隣を振り返ったら──。

 

 




 

 「……う……うぅ……」


 気づいたら私は見知らぬ場所で眠っていた。地面は舗装されておらず、デコボコしていた。その地面に私は軽く目眩を起こしながらも、その場に立った。


 ──何だここ。


 私の網膜に映し出された光景──それは、中世に出てきそうな穏やかな街中の風景だった。牛や豚が街中を歩いており、町の人の服装もまるでファンタジーの世界にありそうな見た目で、現代とはとても思えなかった。


 少し歩くと、後ろからパカッ、パカッと馬の蹄が地面を蹴る音が聞こえる。私は後ろを振り向くと、正面から馬が迫ってきていた。


 「うわっ」

 馬が目の前を通り過ぎ、思わずその場に尻餅をついてしまう。

 「いてて……」

 腰をさすっていると、「大丈夫ですか?」と優しい男の声が私の鼓膜に入ってくる。差し伸べてきた掌に私は持ち立ち上がる。目線を見上げると、そこには端麗な顔つきをした男性がいた。ちょび髭が印象に残った。


 「……大丈夫です?」

 男性は私の顔を覗くように言う。

 ──やべっ……イケメンだと思いながら、つい魅入っちゃったよ。

 そう思いつつ、私は「ええ……大丈夫です」と応えた。

 「ところでなんですけど……」

 「ん?」


 男性は首を捻った。

 ここの地面に横たわっていた時から思っていたことを、私は目の前の一人の男性に──いやこの世界に向かって。

 「ここはどこなんです?」




   ◇




 ある日の真夜中。街中が闇の中に溶け込んでいる中、ある家の住人が言い争っていた。その言い争いは外に漏れていたのか、通行人たちが足を止めて耳を澄ましていた。


 「何を! あなたが悪いじゃない!」


 女性が甲高い声を出しながら、目の前の男性に向かって物を投げる。男性は飛んできた物を避けると、「は? 何すんだよ」と女性との距離を詰め寄った。


 「ひっ」

 襟元を掴まれ、女性は小さく悲鳴をあげた。

 「そもそも、なんで俺の物を勝手に触るんだよ」

 男は低い声で女性を脅しつけると、次の瞬間、男の頭上から何かが落ちる。男はその衝撃に頭を押さえ、その場に倒れ込んだ。


 「いった……。おいだれ……」

 男性は何者かに胸を短刀で刺され、その場で息絶える。男の命が奪われるまでの一部始終を見ていた女性は、命を奪った張本人に目線を合わせる。その人物とは、肌色が黒く、着ていた服がはだけて汚らしい印象を受けた。


 「……誰?」

 女性は首を捻って呟いたものの、その人物は何も言わずその場を去った。

 

 ◇

 

 私は道端で出会った男性──ファルに連れられ、町の診療所に来ていた。

 今まで診療所のベッドで寝込んでいたのか、ここの世界に来るまでの記憶が曖昧になっており、どうして私はこんなところにいるのか分からなかった。


 「もう体調とか大丈夫か?」

 ベッドの傍に座っていたファルが話しかける。私は額を押さえながら「ええ」と頷いた。

 「そう言えば……ファルってどこから来たの?」

 「……ん?」

 ファルは首を捻った。

 「え……えと、私、ほんとは別のところから来て」

 「え?」

 「ほんとなんです。でもなぜか、いきなりこっちの世界に飛ばされて」


 ファルの透明な瞳を覗き込むかのように、私はファルの顔を見つめる。彼の顔は色白で鼻筋が通り、端麗な顔つきをしていた。ただ、若干眉間に皺が寄っていて、あまり若そうには思えなかった。


 「なるほどな……。君、名前は?」

 「一條美香です」

 「い、いちじょう?」

 とファルが首を捻ったので、私は空筆で漢字を書いた。ファルは私の動きを見て何となく「ああ」と頷いてくれた。


 「ここの世界じゃ……ないか」

 確信を持った口調で彼は言い、私はそのことに対して「どうして?」と傾げた。

 「……最近、ここの住人が失踪する事件が相次いでいるんだ。さっきまで姿を見掛けていたはずなのに、パッと振り向いたら姿が忽然と消えている。そんなことが起きているから、実を言うと、君もその事件と関連があるんじゃないかなって」

 「ふむ」

 「ああ、それと僕はこの町の医者をしてるんだ。君がいるこの診療所は僕が営んでいる診療所でね、ここにいると色々な情報が集まってくるんだ」

 「なるほど……」と私は頷いていると、ある考えが突然脳裏に浮かぶ。「まさかと思うけど……ファルって」

 「ああ。探偵だ」

 

 

 「よし、それじゃ行くとするか」

 ファルが診療所の扉を閉めながら言う。


 これからファルが診療所を出て、町のお年寄りたちに回診を行うと言われ、私は彼に一先ずはついていくことにした。


 本当はすぐに元の世界に戻りたいが……どうやったら元の世界に戻れたら良いのか分からないし、そもそもどうして別の世界に私は飛ばされてしまったのか。それを知らなければ、私は元の世界に戻れない。そう思い、私はファルの傍についていくことにした。


 町の趣はまるでゲームのような、中世ヨーロッパにありそうな雰囲気だった。

 私が元々いた世界ではドラクエというゲーム(やったことはないが、名前や内容ぐらいは知っている)が流行っていたが、まさしくその雰囲気に似ているなと街中を私はファルと歩いていた。


 いくつか家々を回り、住人の体調をファルが確認をしていく。

 途中、家々を回っているときに私に声をかける輩がいたものの──彼が全て追い払ってくれたので何事もなく終わった。その後の彼の話で、私という現代服を着た人間は珍しいだとか、そんなことを聞いた。あとは、ファルが今まで回診を一人で熟してきたということとか。


 そんな飛ばされてきた世界でのファルの活躍を彼の口から聞きながら街中を歩いていると、ある騒動が町の広場で起きていた。

 私とファルは互いに顔を見合わせ、小走りで広場に向かった。そこに映った光景とは、涙を流している女の姿だった。その傍には胸から血を流して倒れている男の姿があった。


 「ファル」

 私は彼の名を呼んだ。だが、彼は女の傍に「どうしましたか」と声をかけていた。

 私は彼の後ろで会話を聞く。

 「どうしました?」とファル。女性はゆっくりと目線を彼に向けた。

 「……私が……殺した」

 蚊の鳴くような声で──女性は微かに自分の罪を吐露した。

 

 

 

 診療所に戻った私たちは女性を連れ、診察室で話を聞いていた。

 女性の名はエレンだという。傍にいた男性はエレンの夫であり、昨夜頃に口喧嘩を交わしていたという。一向に静まらない喧嘩の時、何者かが男性を刺し、その後どこかへ消えていったとのことだった。


 診察室に置いてある白いベッドには男性が横たわっており、虚ろな目をしていた。私は遺体を横目で一瞥した後、女性に視線を向けた。


 「あの……」

 とエレンが言いかける。

 「私、罪に問われますか」


 涙目になりながら女性は私とファルの交互に視線を向けた。助けるような目つきに女性はなっていると感じた時、椅子に座っていたファルが「大丈夫です」と力強く目線を向けた。


 「あなたはただ、力尽きた夫の姿を発見しただけです。何も悪くは無い。悪いのは犯人です」

 諭すような口調でファルは女性に問いかける。その言葉に悟られ、女性は薄ら涙をこぼした。

 「……ありがとうございます」

 「それで、いくつか質問を重ねますが……よろしいですか?」

 ファルが問いかけると、エレンは「……はい」と小さく頷いた。


 「まず一つ目です。昨夜の口論は何がきっかけでした?」

 慇懃にファルが言うと、エレンは姿勢を整えて応えた。

 「きっかけ……確か、私が夫の物に目が入った時、見たことのない物があったんです。それを手に取って見たら、キスマークがあったんです。そのことを夫に言ったら突然怒りだして……。で、逆ギレをした夫は私の首を絞めようとしたんです」


 「なるほど。で、そこに現れたのが犯人だと?」

 ファルがエレンの話を繋いで言うと、彼女は頷いた。


 「では次だけど……」と言いかけ、ファルは隣の私に視線を向けた。私は首を捻ったが、彼が私の耳に「質問して」と囁いたので彼女に質問をすることにした。

 「犯人の姿は……見掛けたのですか?」

 「ええ。確か……」エレンは額を押さえながら応えてくれた。「真夜中だからあまり確かなことは言えないのですが、黒い肌で瞳が──青かったです」


 「青い?」

 ファルが食い気味に言うと、エレンは頷いた。

 「えとそれは……どういうこと?」

 訳が分からず、隣に話を振ると、ファルは「ああ……そう言えば知らないのか」といつもの落ち着いた口振りで言った。


 「こっちの世界──というより、うちの国ではある伝染病が流行っているんだ。何でも、その病気に罹ると真夜中突然叫びだし、瞳が青く、そして肌が黒くなるらしい。昼間は人間の装いをしているが、真夜中になると人間ではない〝何か〟に変貌するから、その伝染病のことを世間ではこう言っているんだ」

 と言い、一度言葉を切ったファルは目をスッとさせた。


 「サンブラ病……ってね」

 

 

 診療所を去ったエレンを見送ると、私は中へと戻り、ファルがいる診察室へと戻る。その時に思ったことなのだが、ファルが営む診療所はどこかこぢんまりとしており、患者が来訪した時には落ち着くような趣を醸し出していた。私が元いた世界では既にアンティークと呼ばれるような古時計など珍しい物が沢山あるものの、中にはファルがいる世界とは思えない──私が元々いた世界でもないような物が置いてあり、少々首を捻った。


 「犯人……見つかると良いですね」

 白いベッドに腰掛けた私はファルにそう話しかけると、彼はこちらを見ずに「ああ」と頷く。彼の背中はたくましく、シャツの上から分かるように普段から肉体を鍛えているのだろうなと窺えた。

 「だよな」

 「……サンブラ病」

 「ん?」

 ファルが私に首を捻る。

 「サンブラ病って、何です?」

 「あまり詳しいことは言えないが、さっきの話でも言った通り──昼間では人間らしい動きをしているのに、真夜中になると突然人間ではない動きをするんだ。その時、瞳が青く、肌が黒くなって、人々を襲うんだ」


 「……なるほど。でも、その病気が今回の事件と関わりがどうして言えるんです?」

 と私はファルに疑問をぶつけると、彼は咳払いをして応えた。

 「まず、今回の事件は真夜中に起きていること。そして、被害者の身体から特徴的な物が見受けられたこと」

 「特徴的な物?」


 首を傾げると、ファルは「ついてきて」と言って診察室を出る。私も彼の後を追い、診察室を出る。診察室を出て小さな待合室、受付窓口を横切り、突き当たりの壁で彼は止まる。ファルが人差し指で何やら番号を入力していくと、目の前の壁が開く。


 「……ふぇ?」

 目の前に広がった光景──それは近未来的で、かつSFで出てきそうな研究室だった。空中にモニターが現れていたり、ロボットがどこかしら走り回ったりとしていた。中に入ると、広々としていそうだった。

 「ファル」

 「……」

 私は彼の名を呼んだ。だが、彼は隣の私に振り向くことなく、真っ直ぐと目線が向けられていた。

 「あなたは──何者なの?」

 

 ※※※

 

 月光が街中を寂しく照らし、真っ暗に沈んだ空には星が一人寂しく輝いている中。ある男性がその空を見上げていた。

 そして。ゆっくりと口を開け──。


 「わおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお’おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん」


 「わおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん」


 雄叫びの中、男性の瞳は青く光り、肌が黒く変色していく。その異様な光景を目撃していた通行人は足早へと駆け走っていく。

 その姿を見た男性は走り去ろうとしている通行人を捕まえ、地面に押し倒す。

 「ひっ」

 通行人が小さな悲鳴をあげると同時に、男性は腰に携帯していた短刀を使い、通行人の胸に一直線で刺した。

 血飛沫が月光に照らされた。

 

 ※※※

 

 数日後。私はファルと一緒に町の外れに来ていた。


 町の人の情報に寄れば、井戸に誰かが落ちているとの報告がファルの診療所に飛び込み、更にはその犯人はサンブラ病を抱えた人によるものではないかと言われていた。


 そのため私とファルは急ぎ町の外れに行き、女性が井戸に落下したというところへ向かった。噂を聞きつけて野次馬たちが群がっていたが、それを私たちはどけて井戸の中を覗いた。


 「うわっ」

 私は思わず声に出した。

 井戸の中に広がった惨劇──無残にも女性は短刀のようなもので何度か刺されているのが覗いたところで一応確認でき、かつある物が女性の傍に落ちていることが分かった。


 「ファル。あれ」

 隣の男性の名を呼び、女性の傍でキラキラと青く輝く物を指差す。

 「ああ。確認できた」

 「これって……」

 「そうだ。この事件──サンブラ病の患者が犯人だ」

 ファルの低い声が聴衆に響き渡ると、暫くその場で沈黙が降りた。

 

 

 井戸から引き揚げられた女性はエレンだった。

 彼女の遺体は綺麗であったが、何度か短刀のようなもので刺され身体は血塗れとなり、更には首元を抉られていた為に、なかなかにグロテスクな光景が私の脳裏に刻み込まれる。


 「……これ」

 私は彼女の身体に付着していた青いスライム状の液体に触れる。ヌチャヌチャとしていた。それを見たファルは「やめとけ」と私の掌を軽く叩いた。


 「あの時も説明したが、サンブラ病はこの青い液体に触れると感染するんだ。まだ完全なる治癒方法は分かっていないが、予防方法は分かっているからそれをやると良い」

 そう言い、ファルは私に無色透明の液体が入ったスプレーを渡してくる。それを受け取った私は「これは?」と小首を捻った。


 「言わずもがな、消毒液だ」

 「ああ、なるほど」

 と相槌を打ちながら掌に消毒液を擦っていく。以前私の世界で流行った某ウイルスの基本的な感染防止対策の一種だなと思いながら掌を合わせていると、ファルがエレンの傍で何やら作業をし始め、私は彼に焦点を合わせた。


 「どうしたの?」

 と私。ファルは私に顔を向けることなく作業をする。

 「……もしかして、同一犯だと思ってるの」

 そう言うと、ファルはこちらに顔を向けてクイッと口角を上げた。

 「そういうこと」

 「確かにエレンさんの夫にも青い液体が付着していたし、今回のエレンさんにも青い液体が付着していた。でもそれって」

 「ああ。青い液体が出るのはサンブラ病患者の特徴だが、実際に液体が出るのは少ない。大体の人は普通の人間より肉体が強靱化して、人々を襲うだけだ」

 「なるほど。青い液体が出ていると何が起こるの?」

 「青い液体が出ていると、普通のサンブラ病患者より二十パーセント肉体が強靱化され、より凶暴化する。そして普通のサンブラ病患者に襲われた人と比較すると、首元を抉った痕が残されているんだ」

 と言い、ファルはエレンの首元を示す。


 「と言うと……エレンは獰猛なサンブラ病患者に襲われた」

 「そうなるな」ファルはその場を立ち上がった。

 「ああだから……」

 私はエレンの夫の醜い姿を思い出しながら呟く。あの時の惨状が私の胸の内を苦い気持ちへ蝕んでいく。苦虫を潰すような表情に私はなる。横目でファルを見ると肩に白い鳩が止まるのを見た。


 「……ん」

 彼は肩に乗っかってきた鳩を持ち、羽にくっついていた紙切れを手に取った。どうやらその鳩は伝令鳩のようだった。

 「なにそれ?」

 首を捻ると、ファルは深刻な表情を紙切れからこちらに向けてきた。

 「……犠牲者がまた、出た」

 

 

 犠牲者は町の広場で出たということだった。

 ファルの言う通りに、私はエレンの遺体を後ほど到着する治安警察に任せ、町の丁度真ん中に位置する広場に向かった。そこには既に人集りが出来ていた。その人集りを退き、治安警察が設置した規制線をファルト共に潜った。


 「どうも」

 ファルが近くの男性に声をかける。その男性は帽子を被り、鼻の下にちょび髭を生やしていた。子犬のような目つきで私たちを見てきた。


 「ああこれは。ファル殿」

 帽子を取って軽く一礼を男性はすると、「そちらは?」と私を指してきた。

 「別の世界から飛んできた……らしいです」

 「なるほどな」

 と言い、男性は私に顔を向けてきた。軽く頭を下げると、彼も同じく頭を下げた。

 「一條美香です」

 「……い、いちじょ?」

 と男性は首を傾げてきたので、ファルに自己紹介した時と同様に空筆で自分の漢字を書いた。その動作を見た男は「……なるほど」と何となく相槌を打った。


 「私の名はエンファだ」

 自分の名前を告げたエンファは私から後ろにある遺体に足を向けた。私もファルの隣に移動して遺体を見た。

 遺体は酷く損傷しており、これまでと同様に何者かにより、何度かナイフが突き刺されたというような感じだった。そして、首元は酷く抉られ、サンブラ病患者特有の青い液体が遺体に付着していた。


 「この事件……いや、一連の事件の犯人はサンブラ病の人で間違いなさそうだな」

 独り言のようにエンファが呟くと、「ああ」とファルが唸った。

 「にしてはだな……」首を捻りながら遺体の傍に座るエンファを見て、私は「どうしたんです?」と疑問を口にする。エンファは遺体の長くて綺麗な脚を指差しながら言う。


 「この遺体の脚……やけに白くねぇか?」

 「白い?」オウム返しにして私は首を捻ると、ファルが私に顔を向けた。

 「まだ公にはなっていないんだけど……サンブラ病患者に襲われた人は大体の確率で肌が黒くなるんだ。そのため巷では〝黒死病〟ならぬ〝黒皮病〟とも呼ばれていてね。気味の悪い話だろ?」

 「……黒皮病。でも、それと何か関係が……ああそういうことか」

 「そう」ファルは私の鼻筋に指を当てた。白くて長い指が魅入った。「もしサンブラ病患者に襲われたとするなら、エレンとその夫、そしてこの遺体の肌は黒くならないといけない。けど現実は異なり、肌は白いまま」

 「つまり……犯人はサンブラ病患者ではない、か」

 立ち上がって、私たちに顔を向けながらエンファが言うと、「そういうことだ」ともファルは言った。

 「そう言えば……」

 「ん?」

 疑問を口にした私にファルが首を捻った。

 「この遺体、一体誰なんですか?」

 目線をファルからエンファに移しながら私は言うと、目の前の背広姿の男性はこう口にした。

 「さっきまで名前が出ていた、エレンの息子だよ」

 

 ◇

 

 時間が経ち、空が橙色へ染まる中──私はファルの診療所にいた。診察室で彼の仕事ぶりを観察した後、(ファルの後ろに立っていた為か、一部の患者には助手として思われていた)私とファル、そしてエンファの三人が診察室にいた。


 木枠で作られた黒板の横に立ち、エンファがこれまでの一連の流れについて説明をする。これまでの時系列を整理すればこうだった。


 まず一つ目の事件が真夜中のこと。町の広場にある男性の遺体が発見され、その傍にエレンが座り込んでいた。そのエレンの話を──このことはエンファに既にファルが伝えてあった──私とファルが聞き、後に彼女の夫の遺体を調べることにした。


 その翌日ぐらいに、エレンが何者かによって殺害された。エレンは町の外れにある井戸の奥で見つかり、その後引き揚げられた。その同時期に発見された遺体もまたエレンの息子だった。


 この三件で言えることとして、エレン一家が狙われたこと。また青い液体が付着してあるが、どの遺体にも肌の色が黒くなかったことから、犯人はサンブラ病患者に見せかけ事件を起こしたこと。そしてその犯人は──同一人物であること。


 これまでの経緯を説明したエンファがメモ帳から顔を離し、私たちに顔を向けた。


 「というわけで。今こっちで犯人を捜しているわけだが……その候補としては黒板に書かれている通りだ」

 そう言い、エンファは横の黒板に身体を向けた。


 「一人目はエレン一家の近所に住んでいたという、ファンガという男だ」エンファは一人目の写真──金髪の髪型をしており、鋭い目つきでこちらを見てくるような顔つきの男性を指す。


 「ファンガは当初有力候補だったんだ。一連の事件でどの遺体にも青い液体が付着していたことから、サンブラ病患者であったファンガを疑ったんだ。彼は今の今まで独り身だったことでもあり、エレン一家を羨むような発言を周囲に漏らしていたらしい。つまり嫉妬が動機となり、今回の事件を起こした。……だが、エレンの息子が殺された時間にアリバイがあることから、候補から外れた」


 「アリバイ?」ファルが首を捻る。

 「実のところ、この事件については何ら関わってもなかったんだ。周りに羨むような発言を言いふらしてはいたけど、実際のところ嫉妬はしていないとか。彼は街中の路地で違法に営まれていた風俗店に出入りしていたらしいし、そのことは既に裏で確認が取れてる」

 「なるほど……」


 こっちの世界にも違法風俗店とやらがあるんだな、と思いながら彼の話を聞く。「続いて」とエンファは隣に移動して二つ目の写真を指差した。その写真には女性が写っており、黒縁眼鏡を着用していたり目立たない黒髪をしていたりと、陰湿な雰囲気を醸し出していた。


 「二人目はトーラだ。彼女の場合もファンガと同じく、嫉妬が動機となって事件を引き起こしたのではないかと疑われた。ただ、彼女もまたアリバイがあり、それも裏が取れているので候補から外れてる」

 「ふむ」


 私とファルが同時に頷き、右隣の写真へと目線を変える。見た目が日本人っぽい見た目をしているが、瞳の色は黄色と特徴的だった。他にも色白で美人が為に思わず目を惹かれてしまいそうだった。


 「最後はサーだ。彼女はまだ少しアリバイに確認が取れていないが、一応のところはまだ被疑者候補。他の二人とは異なり、サーはエレン一家を敵視していたんだ。その理由は彼女の周辺について聞き込みをしていると分かったことだが……サーは昔、エレンと同じ年齢で仲が良かったらしい。しかし、あるときを境にして二人の仲が急落してしまったんだ」


 声色を落としながらエンファは話す。「どういうこと?」と私は疑問を一言口にした。

 「ある時……サーはいきなりエレンに向かって告白したんだ。自分が同性愛者であることを告白して、その好意を向いていた相手がエレンだってことも。それを聞いたエレンは何も言わず、ただ真っ直ぐと帰路に向かったらしい……。それ以来、彼女らの仲は急落し、時折悪い噂が出てくるようになってしまった」


 「……悪い噂」とファル。

 「まあそんな感じだ」エンファはメモ帳を懐に入れながら話す。私は後ろの窓辺を横目で見ると、満月が窓の端から出ていて空の色が少し暗かった。


 「……うっ」

 どこからか小さな呻き声が聞こえ、私は視線を黒板に戻す。その横で立っていたはずのエンファが倒れ込み、苦しんでいた。


 私は慌てて彼の傍に駆け寄ろうとするが、ファルが「ダメだ!」と大きな声を出す。次の瞬間、ファルの目の前でそびえ立つかのようにエンファがゆっくりと立ち上がる。その瞳はさっきまでの黒色とは異なり、青色の瞳へと変化を遂げていた。


 エンファの指先から鋭利な爪みたいなものが現れると、急に狼みたいな叫び声を出す。私とファルは咄嗟に耳を押さえると、エンファは目の前のファルに襲いかかった。床にドシンという重い音が響いた。


 「エンファ!」


 ファルは必死に襲いかかったエンファの名前を叫びながら言うが、彼は聞こえていないのか、襲う手を止めなかった。

 私はその様子を見て、診察室の隅にあった木製のワゴンをエンファにぶつける。ファルを襲う動作は止まったが、今度は彼の目つきが私に向く。


 一瞬後ずさりを始めた私だったが、足を止めて今にも襲おうとするエンファのことを見た。彼は人としての意識が失っているのか、獰猛な顔つきで私の事を睨んでくる。「うおっ……!」という声と共にエンファは私に向かって掌を見せた。

 私は身構え、咄嗟に目を閉じる。


 ──その時。


 何事もなく、ただ物音が私の鼓膜を大きく揺らす。ゆっくりと瞼を開けると、目の前にいたのは、武器を構えたファルだった。その横には血を流して倒れているエンファの姿があり、赤い液体に混じって青い液体も流れていた。


 「エンファ……まさか、サンブラ病に罹っていたの?」


 微かに呟きながら私は虚ろな目つきをしたエンファを一瞥する。すると、ファルに手を引っ張られ私は診察室のベッドに横たわる。

 「感染する恐れがあるから、そこでじっとしてろ」

 ファルは私のことを見ずに言うと、彼は何も言わずにエンファの死体を片付け始めた。彼によって引き摺られていくエンファの死体を見ながら、私はベッドから起き上がり、床に足を着く。


 「……ん」


 エンファの死体があった場所──窓辺の付近に移動し、しゃがむ。そこにキラキラとした物が光っており、「何だろう」と独り言を呟いて手にとった。

 それは宝石の一部のようで、丸かった。真珠のようだったが、紫色で輝いていた為にきっと真珠ではないんだろうなと思っていた。

 「……エンファ……あなたが、エレン一家を殺したのね」

 私は脳裏に浮かんだ言葉を口に出し、もう一度だけ紫色に輝く宝石を見た。

 

 ※

 

 あの事件から数日後。私はファルの診療所にて寝泊まりを繰り返していた。


 というのも、私は本来ファルのいる世界の住人ではないし、元の世界に戻るためにファルが情報収集の拠点ともしている、診療所で寝泊まりをさせてもらっている。


 ──働いてはいるけど、給料とかは出てないけどね。


 診療所のエントランスから覗く窓で外の景色を見ていると、ファルが診察室から顔を出していて名前を呼んでいた。

 若干呼び名が合ってない気がしていたのだが、そのうち慣れるだろう。そう思って診察室に入った。

 「どうかしたの?」

 私は患者が座る丸椅子に座りながら言うと、深刻な面持ちとなっているファルがこう口を開いた。

 「……サンブラ病に罹ったかも知れない」

 そう言ったファルの片目は──、青く輝いていた。

 

 ──あなたは、サンブラ病にまで罹って何者なの……?

 私は彼の瞳を一瞥しながら呟いた。

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現実から異世界に飛ばされたのですが、今まで通りに謎を解きます。 青冬夏 @lgm_manalar_writer

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