怪奇四話

ハナビシトモエ

第1話 新居

「大阪なんかそこらへんみんな古戦場こせんじょうやから、気にしたら終わり」


 豪快に笑うヒョウ柄の服を着た大家おおやは私が思った大阪人そのままだった。


 なぜそういう問いをしたのか。答えはあまりにも明白だった。マンションばかりの賃貸ちんたいに一つだけアパート、家賃やちん一カ月三万円。

 

 地元の友人にあまりにも安すぎるといわれ、大家に事故物件か確認した。


 大家が言うには日陰で日中が暗いからだという。洗濯物はコインランドリーで乾かすといいと言われたが、その度の出費しゅっぴに悩んだ。


 大家から鍵を渡されて、隣に挨拶あいさつに行こうも品が無かった。近くの百均にティッシュボックスを買いに行ったが、ティッシュボックスだけ百円では無かった。


 気持ちは少し暗くなったが、仕方ない出費かとも思った。


 インターフォンはあらかじめあってないようなものらしいので、隣の部屋の扉を叩いた。人の気配はしなかった。全て同じで人の気配がしない。


 引っ越しの挨拶をどうしたらいいか。昼は仕事に出ているかもしれない。大家に皆さん何時くらいに帰るかと尋ねた。


「昼間はね、お腹いっぱいになってるから、みんなずっと寝ているわよ」

「美味しいお店でもあるんですか」

「そりゃもう皆さん絶品と言うわよ」


 街中の中華料理店と定食屋は美味しい。そう両親から聞いていたので、この街にも同じような文化があることに驚き、楽しみになった。

 早く終わったアルバイト、また十九時だった。ご飯前だと思えたし、隣には人の気配があった。


「ごめんください」

 のしのしとこちらに歩いてくる音がした。

 わずかに開いたドアから、低い声がした。

「隣に引っ越して参りました川藤と申します。引っ越しの挨拶に伺いました」

「早く出ていったほうがいいよ」

 ボソボソとした声と突然言われたことに私は動揺どうようした。

「早く出ていきな。アンタの為に言ってる。もう来なくていい」


 まさかあんな風に言われるとは思っていなかった。この住民の愛想あいそと性格の悪さが安い理由だろう。腹は立ったが、関わらなければいいだけだ。


 夜、ずるずる、ごぉごぉ。眠る頃に天井からそんな音が聞こえ出した。家鳴やなりかな、それとも何か変な動物でも入ったのか。それにしては音が低い。


「何をしたって言うんだい、もう無いんだ」

 お金を持っていなさそうだったので、大方隣人が借金取りに迫られているのか。ざまぁみろ。


「こんにちは、隣に引っ越して来ました。池田と申します」

「あの前に住んでいた人は?」

「この部屋はずっと空いていたと聞いていますが」

 おかしいな。隣人は逆隣だったのかな。

「よろしく。私は大黒大学なんだ」

「僕も大黒です」

 学部や学年まで一緒だった。その日から私の部屋で一緒にご飯を食べたりゲームをしたり、男女の仲になるのはもはや当然だろう。



「川藤さんはこんな話を聞いたことありますか?」


「なに?」


「この辺りはコオズリという怪異がいて、それが人の精力を丸々食べるそうです。マンションで空き部屋が出来るのはコオズリが食べてしまった後に体を丸々奪われて、存在が消えるって」


「何を馬鹿なことを言っているの? 両隣は元々空き部屋だったわよ」


「ちょっと怖くなっただけです。一限いちげんなのでシャワー浴びてから行って来ますね」


 朝、大家に会った。

「アンタは良かったわね。私と同じ女だから、精力なんてあんまり関係ないわ。私はおばさん過ぎるし、あなたは若過ぎる」

「へ、何のことでしょ?」

「両隣の住民は? どうなったんだい」

「嫌だな、両隣は私が越して来た三ヶ月前から空き部屋じゃないですか」

「今度美味しい中華料理店教えてあげるわ」

「楽しみにしてます!」

 大家さんも優しく愉快な人、五万円とってもいいはずなのに、三万円で人がいい。


 そう言えば十個も部屋があるのに三人しか見たことがない。


「大家さん、まだ三人しか会ってないんですけど、皆さん朝からお仕事ですか?」

「今は満腹だから」

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