第99話 二世の再会

 オレとゴールデンひまわりさんとの出会いは、『BABEL』のファンサイトの掲示板上でのことだった。


 その掲示板で行われていたのは『BABEL』全体の設定に関する考察や議論。当時はもう公式から設定資料集が発売されていたが、それでも設定には余白部分が多く、当時の掲示板では盛んに交流が行われていた。


 当時のオレはというと、設定資料集を端から端まで読み込み、ありとあらゆる原作者インタビューを読み漁ったことで、オレよりも『BABEL』について詳しいのは原作者だけだと自惚れていた。

 我ながら何を言っているだというか、今でもそこら辺はまだ自負しているが、当時のオレはなんというかその、知識を鼻にかけすぎて、頭でっかちになっていた。


 そんなオレに対して、原作のみならず設定資料集を読み込んだうえでキャラに寄り添った新たな解釈を提示したものがいた。


 それがハンドルネーム、『ゴールデンひまわり』氏。本来、ゴールデンひまわりさんは設定板ではなくキャラ板の住人だったのだが、たまたまオレが他のユーザーと議論をしているのに興味を持ったのがすべての始まりだった。


 当初、ゴールデンひまわりさん、通称ゴマさんの提示した『山縣アオイが原作終盤に鬼神の呪いを克服できたのは呪いを彼女の愛情が凌駕したから』という解釈にオレは反発した。


 対する、オレの言い分はこうだ。

 『アオイが鬼神の呪いを克服できたのは呪いが成就するのは18歳の誕生日。その呪いが成就しなかったのは誕生日にちょうど時間の歪んだ異界の中で過ごしたから』。


 これは本編においても描写されていたことだし、設定資料集にも『鬼神の呪いは源頼光の子孫、中でもその技を継ぐものが成人を迎える時に成就する』と書かれていたことを根拠にしている。

 つまり、ゲームのバグのように呪いが成就する瞬間をスキップしてしまったことで、呪いの成就そのものがなかったことになった、というのがオレの考えだ。


 もちろん、オレとて『BABEL』を愛するものだ。キャラの描写や心情を無視するような過ちを犯したりはしない。ただ確かに当時のオレは頭でっかちだったので、設定にこだわるあまりそちらばかりに目が言っていたのは事実だ。

 

 というわけで、オレとゴマさんは掲示板を舞台に喧々諤々互いの意見をぶつけ合った。『君の考察は感情に寄りすぎていて理屈を無視している』とか『あなたのその推論は設定から飛躍している』とかとか、そんな感じで互いの意見を受け入れたり、受け入れなかったりした。


 そんな感じで3スレにも及んで激闘を繰り広げたオレとゴマさんの間には友情のようなものが芽生え始めた。互いに相手に対して、『こいつやるな?』的なリスペクトを抱き始めたのだ。


 一方、議論は一向に決着しなかったが、答えは意外なところからもたらされた。

 7月発売の某ゲーム雑誌に載った原作者のインタビュー記事。そこで、原作者はオレたちの熱戦を知ってか知らずか、こう言った。


 『アオイが呪いを克服できた要因は2つ。1つは時間の歪んだ異界にいたこと、もう1つは主人公との関係性によるものです』というのが原作者からの回答だった。

 

 つまり、オレとゴマさん、その両方が正解であり、間違

いでもあったわけだ。

 

 それを知った時、オレとゴマさんは一層仲良くなった。互いの健闘を認め合って、そのうち、一緒にゲームをして遊ぶようにさえなった。


 ゲームをしながら『BABEL』の話はもちろんのこと、その週の週刊連載についての感想を述べあったり、アニメを見たりもした。

 そうなると今度は、ネット上のオタクとして以外の互いについても知るようになってくる。楽しいことを共有して、時には悩みも分かち合った。


 そうだ、オレとゴマさんは間違いなく同志で、戦友で、だった。


 でも、前世でのことだ。もう会うことも、話すこともない、そう思っていたのに――、


「――オレのハンドルネームを知ってる? ゴマさん? 本当にゴマさんなのか?」


 オレの問いに、朽上さんは言葉を失っている。両目に涙をためて、オレの顔をまっすぐに見ていた。


……? 本当に……?」


 彼女もまた半信半疑だ。自分を守るように一歩後ずさると、改めてオレの顔をまじまじと観察していた。

 

 気持ちはよくわかる。実のところ、オレだってそうだ。

 だって、そうだろ。1人の人間が死んでその記憶を保持したまま別の世界に転生して、その転生した後の世界で同じく転生してきた転生前の知り合いと再会する可能性になんて、一体なん分の一だ?

 億か? 兆か? いや、数字で表せるのか? それこそ、運命のいたずらとしか言いようがない事態だ。


 ……あるいは、罠か? 怪異の中には獲物の記憶や感情を読み取り、それを再現したり、擬態したりするものも珍しくない。

 目の前の少女が朽上理沙であり、その魂があの『ゴールデンひまわり』である確証はまだ一つしかないのだ。


 一方、目の前の相手がいつの間にか、怪異に乗り移られたり、入れ替わっているのだとしたら、オレが気付かないはずがない。いや、オレが気付かないとしても、常に張っている防護結界や待機している式神が反応しているはずだ。

 だから、今目の前にいるのは――いや、それとも、そうであってほしいとオレが望んでいるだけなのか?


「……あたしの再推しカップリングは?」


「理沙しお、と見せかけて、しお理沙」


「正解」


 …………なるほど。オレよりよっぽど冷静だ。記憶までコピーされることもあるが、一応の確認にはなるし、会話を通して互いに違和感を探ることもできる。


「オレが原作『BABEL』で一番好きな異能は?」


「『神の見えざる手』、特に『輪』が幸福な未来を捨てる時に使ったやつ。シーンタイトルは『最も愚かで、最も間違った選択』」


「……正解だ」


 シーンタイトルまで完璧だ。どんどん疑う余地がなくなっていく。

 だが、起きるのか? そんな都合のいい奇跡が、このオレに、このかませ犬の『蘆屋道孝』に?


「…………もう一つ質問、あたしたちがオフ会した時、あたしが来ていた服は?」


 そうして、おそらく最後となる確認を、彼女が口にした。

  

 答えは分かっている。質問の意図もわかっている。やはり、彼女はオレの知っている彼女だ。


「……オレたちは会ったことはない。会おうって話はしてたけど、具体的な話をする前に、オレが、ゲッコウが死んだ」


 オレの答えを噛みしめるように、朽上さん、いや、ゴマさんは息をのむ。

 潤んだ瞳に、驚き、疑い、怒り、喜び、それらの感情が入れ代わり立ち代わり浮かび、彼女は突き動かされるようにオレの方へと一歩だけ近づいた。


 互いに手を延ばせば、届く距離。ゴマさんの右手がゆっくりと持ち上がり――、


「――っ」


 次の瞬間、オレは抱きしめられていた。強く、しっかりと、ここにいることを確かめるような、そんな抱擁だった。


「ゴマさん、オレは…………」


「言わないで。今は、何も言わないで…………!」


 抱き返す勇気が持てずに、彼女の肩にそっと触れる。そこから伝わる微かな震えと胸元に感じる暖かな感触が、オレの心の無防備な部分に焼き付くようだった。


 ……オレは、ずっと前世に未練はないと思っていた。そりゃ早死にだったし、苦労もあったけど、幸福もあった。『BABEL』に出会えたし、家族もみんな死んだ後だったから、誰も悲しませずにすんだ。そう思っていた。


 でも、違った。ここに一人だけ、一人だけでも、かつてのオレを想ってくれていた。

 オレにはそれが震えるほどに申し訳なくて、涙がこぼれるほどに嬉しい。こうして再会できた奇跡がただただ今は、愛おしかった。


―――――――――― 

あとがき

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