第77話 間接もまたいいよね

 最初に『絆のバトルフィールド』略してキズバトに乗り込んでから30分後、ゲームのゲの字さえ知らなかったアオイはたったワンプレイで操作のコツを掴むと、瞬く間にエースパイロットへと成長した。


 というか、オレがブーストを活用した2段ジャンプのやり方を教えたら一回で習得していたし、近接戦闘におけるコンボや先行入力、キャンセルの概念も一瞬で理解していた。

 くわえて、機体のコントロール、他のゲームで言えばいわゆるキャラコンも尋常じゃなく上手い。本人曰く自分の体を動かすのとは勝手が違うが、それでもどうレバーを操作すればどう動くのか、直感的に理解できるそうだ。


 おそらく天性の才能に加え、アオイが一族にかけられた『鬼神の呪い』を制御しつつあることにより、神託めいた直感をも獲得しつつあるのだろう。

 ……どんどん原作アオイルートGOODEND後の最強状態に近づいている。頼もしい限りだが、鬼神の呪いを完全に克服したわけではないから、オレの方でも注意しておくとしよう。


 しかし、まずはこのグロッキーから回復しないといけない。筐体の側に置かれたベンチで買ってきた炭酸飲料を飲んでいると少し気分がマシになってくる。


「次は対戦ですね。道孝、相手をしてください」


 そうして、プレイ終了後、筐体から出てきたアオイがシャドーボクシングしながら言った。

 すごく楽しそうだ。どうやら、巨大ロボットを縦横無尽に操って戦うのはアオイの琴線に触れていたらしい。


「確かに、そっちの筐体も空いているから対戦はできるけど……本当にやるのか?」


「当然です。夫婦と言えども勝負は勝負。前々から貴方の浮気性を治すためにも、一度ギャフンと言わせてやろうと思っていたのです」


 ふっふっふと笑うアオイ。なるほど、先ほどのワンプレイでだいぶ自信を付けたらしい。

 気持ちは理解できる。初めて動かしたのにもう自由自体に機体を操れているわけだしな、気分はロボットアニメ第一話の主人公といったところだろう。


「……まあ、いいけど。あとで後悔するなよ?」


 にやりと笑ってそう返す。

 こちとら前世ではプレイ時間1000時間超のヘビーユーザーだ。どれだけ操作がうまくても初心者狩りの方法はいくらでも知っている。


 …………あれだな、こうして箇条書きにするとすごいかませ犬っぽいなオレ。だが、勝負事、それもゲームとなれば手を抜かないのがオレの信条だ。手を抜いたら絶対アオイにバレるしな。


「ふ、そちらこそ負けた時の言い訳を考えておくことですね。そうですね、罰ゲームは、互いにキス、というところでどうでしょう?」


「……それ、罰ゲームになってなくないか?」


「そうですか? 気のせいでは?」


 なんだか狐につままれたような感じだが、筐体に乗り込んで硬貨を投入する。

 画面が起動すると、対戦モードを選択する。隣の筐体とはヘッドセットでの通信が繋がっているので、同じ操作をするようにアオイに伝えた。


 機体選択フェイズでオレは右手から電撃のムチを繰り出す蒼いロボットを選ぶ。前世でもこの機体は接近戦に強いことで知られていた。


 対して、アオイが選んだのは主人公機である『ガンダマイザー』。遠近中と満遍なく対応できる主人公機らしい性能をしている。

 予想通りだ。そもそもデフォルトの操作機体だしな。アオイの性格上、主人公機を選ぶのは目に見えていた。


 さて、ここまでは計算通りだ。プレイスキルではどうしようもない機体の性能差を見せてやるとしよう。



 それから一時間後、対戦を終えたオレたちはモール内にあるフードコートに移動した。

 フードコートはやはり混んでいたが、幸運にも二人分の席は確保できた。そうして、それぞれ昼食を食べた後のことだ。


「…………ジトー」


「……口に出すのか……だから、ごめんて。つい楽しくなっちゃったんだよ」


 椅子に座って、ジト目でこちらを見てくるアオイにそう謝る。毎度のことではあるが、勝負ごとになるとやりすぎるのはオレの悪い癖だ。


 さて、肝心のキズバトにおける対戦でオレが何をしたかだが、オレがやったのはシンプルな電撃ハメだ。


 オレの使った機体には『海クラゲ』というあだ名のついた電撃を発する鞭が装備されていた。

 この武器は至近距離でしか使えない代わり、ヒットすると相手を約一秒スタンさせる効果がある。そんな『海クラゲ』使ってのスタン攻撃による拘束のループ、それが電撃ハメだ。


 もちろん、ゲームである以上はバランスを考慮して抜け出す方法は用意されているが、その知識はアオイにはない。機体がダウンした後にあえてすぐには立ち上がらずにしばらく待ってから立ち上がらないといけないのだが、アオイはすぐに立ち上がるので綺麗にループにはまっていた。


 …………改めて考えると、絶対初心者に対してやることではない。でも、あの機動と正面からやり合っては絶対勝てないし……オレもやるからには勝ちたいし…………まあ、その後の再戦で、結構ボコボコにされてしまったのだが。


 というか、普段のオレならあんなことはしなかったはずだ。ついテンションが上がりすぎていたというかなんというか……あれか、このデートに浮かれているのはアオイだけじゃないってことか……、


「…………まあ、許してあげましょう。私は優しいので。それに、楽しめたのは楽しめましたし」


「ならよかった」


 そう言って、手元にある紫芋フラペチーノに口を付けるアオイ。一口分、ストローで吸うと、少しだけ頬を緩めた。

 かわいい。こういうドリンクを飲むの初めてと言っていたが、この顔を見られただけで買ってきた甲斐があるというものだ。


 それに、少し紫色のついた唇が妙に艶めかしい。ハンカチでそれをぬぐう姿にも色気があった。


「どうだ? 味は」


「甘い、ですね。あとは香りが良いです。癖になりそうな感じというか」


「……なるほど」


 ……むぅ、自分の分も買っておくべきだったか。新発売ということだったが、味が気になる。


「…………熱視線ですね。改めて見惚れられると照れます」


「……まあ、そんな感じだ」


「一口、飲みますか? 私の飲みさしですが」


 そう言って、アオイは自分のフラペチーノをオレの方に差し出す。


 か、間接キス……? ま、まじ……オレとアオイが……?


 い、いや、アオイとは何度もキスしている、というか、されてるわけだし、今更気にするようなことじゃないのは分かっているんだが、それとこれとは話がまた違うというか、なんというか……、


 ともかく緊張する。こう、青春って感じがする瞬間は今も苦手だ。


「どうしたのです? ほら、早く」


「お、おう。で、でも、いいのか?」


「? 何を気にしているのです?」


 そんなオレとは対称的にアオイにはそんなことを気にする様子はない。固まったオレを見つめて、不思議そうな顔をしていた。


 なんてことだ、めちゃくちゃかわいい。ただでさえ完璧美少女なのに、今日のおしゃれも加わって破壊力がやばい。今の表情には普段は見せない小動物的な可愛さがあって、オレの理性は見事に吹き飛んだ。


「じゃ、じゃあ、遠慮なく」


 そうして、ストローを加えて一口分吸い込む。しかし、緊張やら照れやら萌えやらで味はさっぱりわからなかった。


 飲んでから、アオイにドリンクを返す。彼女はそれを受け取ると、ストローに見つめて、突然停止フリーズした。


「……思い出しました。こういうのを間接キスというのでしたね。では、私も」

 

 一瞬、覚悟を決めるような顔をしてから、アオイはストローに口を付ける。そのまま一口だけ中身を吸って、熱い息を吐いた。

 ……やはり、色気がすごい。もしかしたら下手に直接迫られるよりも、こっちのほうがごりごりオレの理性を削ってるかもしれない。


「…………凜から聞いた時は何をまどろっこしいことを想っていましたが、なるほど。これはこれで、昂揚しますね。恋というのは不思議なものです」


「…………そうか」


「ふ、貴方が気にしていたのもこれですか。しかも、夫婦そろって同じことを感じてるようで。嬉しいものですね、なかなか」


 すこしはにかみながらドヤ顔をするアオイ。その絶妙な表情は原作でも描かれていなかったもので、とてもきれいで、愛らしい。


 ああ、なんて幸福なのだろう。アオイのこんな顔を見られるだけで、オレのこの世界に転生してよかった、と心の底からそう思える。


「で、次はどうしましょうか? 私としては貴方の好きなところで構いませんが。それとも、もう一度、キズバトでもいいですよ。あの海クラゲなるもの今度こそ攻略してみせましょう」


「……そうだな。次は――」


 オレの好きなところと言われて、思考を巡らせる。

 オレとしては模型店や本屋を散策するだけでも十分すぎるほどに楽しいが、せっかくのデートだしもっと刺激的な方がいい。


 かといって、スポーツ系のアクティビティだとアオイが強すぎるし、オレも嫌いじゃないが、好きでもない。


 となると……ああ、これがいい。やっぱりこういう時は定番が一番だ。


「次は映画にしよう。きっと楽しい」


 このセレニアンモールの中には映画館が併設されている。四辻商店街のものとは違って、普通の映画を流す普通の映画館だ。

 ……実は女の子と一緒に映画を見るのにはオレも人並に憧れがある。それも相手があの山縣アオイなんて、オレはもしかしたら宇宙で一番の幸せ者なのかもしれない。


―――――――――――――――――――――――


あとがき

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